BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

221217。

とても久しぶりに、大型のフラッシュバック反応があった。
悪夢からそのまま地続きで、覚醒した時にはもう始まっていた。
大型だったけど、自分がどうなっているのかは、理解できている感じだった。
休日で良かった。自宅で良かった。
朝7時すぎごろ、フラッシュバックが起こっていることに気付いて、
体がまともに動かせるようになったのは、午後14時ごろだった。
大量の汗をかいた。死ぬかとおもった笑

いつも激しく泣いている。泣いているのに声が出ない。
叫びたいのに声が出ない。
何かを殴りつけたいのに体に力が入らない。

ゆうべ会社の忘年会があって、前はどんな仕事をしていたの? とか聞かれ、
お正月は実家に帰るんですか? とかも聞かれたので、それが
フラッシュバックが起こるようになったきっかけとなった、職場のできごと
のことや、家族のことを、くわしく思い出す機会になったので、
トリガーになっちゃったかもしれない。
でも、前のことを話すのはぜんぜんイヤだとはおもっていなかったし、
思い出すことも苦しいとは感じていなかった気がする。
みんなと話すことは楽しかった。

家族のことはさておき、仕事のことについては、最近、おもう。
たしかに、以前の編集会社での仕事は、最後のほうは非常にしんどい状況になり
結果的には、あとあとまで、フラッシュバックなど、メンタルに影響が残ってしまった。
でも、それでも、あのなかで、健康とひきかえのようにして身に着けたスキルがなかったら
わたしは今このおだやかな人たちと、平和な環境で仕事することも
できてなかったし、
みんなに信用してもらい仕事を最初から最後まで一任してもらうようなことも
なかったことになる。
つらかったのだが でも勉強は徹底的にしたし、後にも先にもありえないほど圧倒的に本を読んだし、本当に鍛えられた期間だったと思う。

あのころは死にたかった。
辞めてからも毎日、死に方を考えていた。
でも今考えると、あの時、死ななくてやっぱり正解だった。

思い出すと苦しい。
でもあの場所での5年間がなかったら今もなかった。
でも苦しい。
でもあの5年間も、わたしの今をつくっているんだということを認めざるをえない。
つらかった、けど良かったこともあった、

良かったこともあった、でもつらかった、

そんな気持ちをくりかえしてる。
あの苦しいことさえ、なかったらなあ。

編集長の赤入れの一字一句が記憶に残っていて
自分の単語選択や構文のクセに気付くことができ
こういうことを書くと編集長にこう直される、というのを覚えている。

あの人の文章は、冷たくて木で鼻をくくったようではあるが、この上もなく引き締まって、美しかった。

あの人以上に書く人とは、ついぞ出会えてない。
いまでも「こういう時 編集長だったらどう書くかな」って、思うんだよな。