BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『第三夫人と髪飾り』-200707。

原題:The Third Wife
アッシュ・メイフェア 監督・脚本
2018年、ベトナム

f:id:york8188:20200708224824j:plain

www.youtube.com

19世紀のベトナムを舞台に、
ある大きな家の第三夫人として嫁した
十四歳の少女の日々が描かれる。
第一夫人が産んだ息子は、そろそろ妻をもらう年頃。
第二夫人には幼い娘が二人いるが男子はまだいない。
ヒロインは、二人の夫人に優しく迎えられ、
おだやかな毎日を過ごす。
しかし、すでに男子が一人いるとは言っても、
この家では男子の誕生がまだまだ待ち望まれていた。
男子を産まないうちは「夫人」とさえ呼んでもらえない。
静かな暮らしの影に冷たい現実が見え隠れするなか、
やがてヒロインは身ごもる・・・

隠喩表現の手法の選び方などが、
何と言うか・・・少し幼いというか、若いというか、
まあ、おせじにも技巧的に「手慣れてる」映画、
とは言えないことは確かだと思う。

だけど、作り手の意欲、高い美意識、目的意識が
最初から最後まで、すごく強く伝わった。
心から映画の世界を信頼して浸っていられた。
良い製作チームだったんだろうな・・・。

幼いヒロインの、健康的な無知と
監督が作り上げる物語の世界観のてざわりには
どこか通じるものがあった気がする。

アッシュ・メイフェア監督はベトナム出身だ。
彼女は、自分が生まれ育った国の風景や、
おじいちゃんおばあちゃんのお家で遊んだ思い出や、
寝物語に聞いた「おはなし」の数々が、
本当に、とっても大好きなんだろう。
映画を観ていればわかる。
夢のように美しい映像だから。
こんなに美しく撮れるのは、大好きだからで、
しかも、本当に良く「知っているから」だ。

でも、桃源郷のように可憐な物語の世界を、
ちょっと一枚めくって見てみると
その下に、確かに息づいているのがわかる。
女を男子を産む道具としてしか見ていなかった
父権社会の罪悪、
じっと心を殺して生きていた女たちの涙や傷、
抑えられない、生なましい性が。

ヒロインも、まだ14歳の、ほんの少女で、
いろいろなことをまったく知らない。
時代が19世紀でもあるし今の14歳とは全然
違う感じだと思う。
自分の性さえ、まだよくわかっていない。
異性愛とか同性愛とかいう話でさえなく、
ただ彼女は、
男性と愛し合うことができるなら、
女性とも同じことができるはずだ、
して良いはずだ、と信じている。
母親のように姉のように慕う第一夫人が、
また身ごもったと知ると
「(奥さまでなく)私の所に早く男の子を」
と、罪深い祈りを神に捧げる。
第二夫人のある秘密を知ると、
それで自分を慰める。
幼く、可憐で、無知だ。
罪悪感とかうしろめたさとか、
そういうものはない。

監督とヒロインとこの映画は何か似ている。

「大好き」が詰まったイノセントな映像美と
ドロドロとした人間の愛憎模様とが
こんなにきれいに同居した映画も
なかなかないとわたしは思う。

この触ったら壊れてしまいそうな
奇跡的なバランス感覚こそが
この映画のスゴイ所なんじゃないか。