BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『青いパパイヤの香り』-200704。

原題:Mùi đu đủ xanh/𣛦𣛭青
仏題:'odeur de la papaye verte
英題:The Scent of Green Papaya
トラン・アン・ユン 監督・脚本
1993年
フランス・ベトナム共同製作

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ある大きな家の住み込みの使用人として
働くことになった少女の、
暮らしと仕事と初恋と、成長の物語だ。

息を止めて観入っちゃう緊張感だよ。
緊張感というと、ハラハラドキドキ
・・・みたいなのを連想しそうだが
そうじゃなくて 
とても大切なものだから、壊したくない。
この映画の中で起こることの内、
どんな些細なことでも
自分のせいで乱したくない。
くしゃみとか、まばたきしたせいで
壊してしまうんじゃないかと。
何かそういうような気持ち。

ヒロインの少女時代を演じた女の子が、
とっても可愛い。
はたちになったヒロインを演じた
トラン・ヌー・イエン・ケーも
やせてスラっとして清楚な感じと、
つやつやの黒髪と、
飾り気がないのにどこか色っぽい感じが
とても素敵だ。

小さい子どもが、小さいものを愛でる姿ほど
愛おしいものはないよね。
ヒロインは、虫とかアマガエルとか、
パパイヤを割った中に詰まった種・・・
そんな、小さくて細かいものが好きらしくて、
いつもニコニコしながら、
そういうものを見つめている。

だが、ヒロインが働く家の次男は、
小さいものを心の鬱屈のはけ口にしていて、
ありんこを、熱したロウの中で溺れさせたり
指でつぶしたりして、いじめる。

初恋のお兄さんの家で
働くことになってからのパートは
同じ家の中で生活しているのに 
二人の動線がかぶらないように、
撮影の流れが工夫されていておもしろい。
それは、設定的には、ヒロインができるだけ、
ご主人の音楽の仕事のじゃまになったり、
顔を合わせて気を遣わせることがないように、
うまく立ち回って、働いているからなのだが。
わたしたち鑑賞者は、
彼らが暮らす家の透かし窓やカーテン越しに、
二人のそれぞれの行動を垣間見るよう、
仕組まれている。
ヒロインの仕事ぶりは、
無駄がなく、流れるようで、美しい。
手際が良く、素早いが、ドタバタしていない。
いつも口元に笑みをたたえて
楽しげに働いている。
配膳する時の食器の音とか、
とてもおだやかだ。

お兄さんが、家の中をゆっくり歩きながら
家具調度や窓のへりや床などを検分していく。
あのシーンは良い。
家のすみずみまできちんとして清潔なのは、
そうであるように、使用人がいつも、
気を配ってくれているからだということに
彼は、気付いていくわけだ。

お兄さんの婚約者の女性は 
ヒロインとは対照的なキャラクターだ。
お金持ちの家のお嬢さんらしくて、
髪型も服装も今風でハデだし
この映画に登場する人物の中で
おそらく最もおしゃべりな人物でもある。
行動も感情表現も非常に「にぎやか」だ。
ピアノを弾いているお兄さんの髪の毛を
無遠慮にワシャワシャとかきなでて、
「私とあなたは親密よね」感を
積極的にアピールしたり、
怒ると部屋中のものを壊して暴れたりする。
そんなことをしても、人生が思い通りに
なるわけじゃないのに。

ヒロインは日々の暮らしにとても満足している。
楽しんで働いていることが伝わってくる。
初恋のお兄さんの家で働けることになったけど
お兄さんには婚約者がいて・・・、ということは
恒常的に、失恋の哀しみを味わいながら
仕事をこなしていかなくちゃならないわけだから
なかなか、しんどい状況だと思うのだが、
ヒロインは、そういうことで苦しまない。
暮らしの中に、喜びを見いだしている。

ご主人であるお兄さんの快適な生活のために
心を込めて働くことが彼女の幸福なのだ。