BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

230701。

都内の大学で映画の上映会があった。
SNSで誰かがシェアしていたのをみて1か月半くらいまえに申し込みをしておいた。
天気は大荒れだったけど、行ってきた。
上映されたのは『にっぽんむすめ』(1935年、ニープー監督、The Daughter of Japan、ဂျပန့် ရင်သွေ)88年まえに製作された、ミャンマー(当時は英領ビルマ)と日本の合作という、めずらしい映画。
大きな夢をいだいて日本にやってきたビルマ人のパイロット青年と、若き日本人女性の、はかない愛を描く、トーキーのメロドラマものだった。

さすがに古すぎるし、脚本も未熟で稚拙で、そういう意味ではもう、現代の価値観において鑑賞にたえるクオリティとはいえない代物だったが、でも、映像も、撮影手法も、映る事物も、セリフも劇伴も衣装もなにもかも、そのすべてが、当時の時代背景や社会情勢や文化や当時の人々の思考様式や価値観をビシビシつたえてきて、その点はほんとに、観てておもしろかった。おもしろすぎた。

たとえば身近な文化みたいなところでいうと、
物語の序盤で、主人公であるビルマ人の青年が、仕事の相棒でもある弟とともに日本に到着、日本での案内人となる男性がふたりを出迎え、車にのせて宿泊先に案内するのだが、そのとき、後部座席にこしかけた3人が、なんと、手を握り合っていた。
握った手が、クローズアップされた。
わたしはそれがすごく衝撃的におもえて、映画の上映後のミニ講演会の質疑応答のとき、挙手して「知り合って日もあさい大人の男性同士が親愛の情とかをしめすために手を握り合って行動するとかいうことはミャンマーではもしかして一般的ですか」と聞いてみた。
回答者である大学の先生は、「はい、ふつうにありますね。僕も研究でミャンマーにいくことはよくありますが、まえに、案内してくれた男性が、道路をわたるときに、僕と手をつないできました。『交通量が多くて危ないから』と。そういうことはめずらしくないですね」と。

めちゃめちゃおもしろくない?

それから、ヒロインと恋に落ちるパイロットの青年は、いまの価値観にてらしてみたとき、たしかにハンサムではあるのだがすっごく異常にナヨナヨしてて女々しくて、なんかヘラヘラしてて、ものの考え方はあさはかで単純で、頭が悪く、意志も弱く、正直、みててきもちわるい男だった笑(ちなみにこの青年を演じた人は、本作の監督もつとめている。)
彼よりも、脇役である彼の弟の方が、いまの価値観で考えたとき「頼りがいがあって強くてカッコイイ男」ってかんじのキャラクター造形だった。
ヒロインが、なんで弟でなく兄のほうを選んだのか、つくづく疑問だった。
(青年とヒロインがお互いを意識し始めるきっかけとかそういうことは映画のなかでいっさい描かれなかったし。)
なんにせよ、主人公の青年は、とにかくめちゃくちゃナヨナヨキャラだ。
宿泊先をたずねてきてくれたヒロインを、箱根デートに誘うシーンがあるのだが、そのときなんか、ソファーにこしかけているヒロインの肩に、しなだれかかるようにして、体重をあずけていた(いや、ほんとに。)。
ガールフレンドの肩にしなだれかかりながら、デートのさそいをする男性。
世界ひろしといえど、なかなかいないんじゃないかとおもう。
彼にふにゃふにゃ寄り掛かられて言い寄られてるヒロイン(を演じた高尾光子)も、内心「何よ、この男、キモい」と感じてないとおかしいんじゃないかとわたしはおもう笑

けどヒロインは、男が肩によりかかってくるのを拒むことはなく、にこにこして「ええ、一緒にまいりますわ。ぜひ行きたいですわ」と、よろこんで、デートの誘いにおうじていた。

しかも話の流れから察するに、この箱根デートにおいて、ふたりはどうやら、一夜をともにしたっぽかった。

この「肩にしなだれかかりながらデートの約束」シーンをみたときも、
わたしは、ショックを受けまくった。
ストーリーとしては、こののち、青年はヒロインとの恋に夢中になるあまり、仕事がどんどんおろそかになっていく。
ヒロインはそのことに悩んだ末、彼の弟のほうに心変わりしたふりをしてわざと青年を怒らせて身をひく、という決断をするのだが、
そのとき、「あたくし、あなたの弟さんのような、男性的なスポーツマンが好きなんです」と言ったので、
わたしはあやうく、声を出して笑ってしまうところだった笑

この、二枚目ではあるがナヨナヨしたきもちわるーい主人公像についても、アフタートークのときに、先生に質問してみた。
いまの価値観に照らすと、主人公ははっきりいってキモい男だったとおもうけど、当時のミャンマーでは、ああいう男がモテ筋だったということなんでしょうか、と。
回答者の先生によると、たぶんそうではないとおもう、とのことだった。
当時の映画ではサイレントの喜劇ものが人気で、チャップリンとかがトップスターだった。映像技術も録音技術もすすんでなかったので、セリフなしでわかりやすくておおげさな動作や感情表現をしないといけなかったなかで、チャップリンとかは、ああいうコミカルでちょっとナヨナヨしたキャラクターを演じてスターになっていた。
そのため「映画のなかにおける主人公男子キャラの描写の一定型」が、あのような、変な動作をするナヨナヨ系男子になっていたのではないかとおもう、とのことだった。

おもしろすぎる!

パイロット兄弟の仕事は、とちゅうでいろいろあっていったん頓挫し、資金が足りないため、再開が危ぶまれる。
兄弟の仲は、さきにのべたような事情で、ヒロインをめぐって決裂しているのだが、弟は、いまも兄のことを心から心配しており、ひそかに金策にかけずりまわったあげく、オートレース(いまでいうF1みたいなカーレース)に出場して賞金をかちとり、そのお金を兄の仕事のために投じる。
航空機のパイロットがカーレースを荒らしてくれるなよ、ってかんじでめちゃめちゃ支離滅裂でおもろい流れなのだが、まあ、飛行機乗りとしての誇りをかなぐり捨ててでも最愛の兄のためにがんばる弟、みたいなことを描こうとしたエピソードなのかもしれない。(にしてもやっぱり弟の方が兄よりもあきらかに優秀な男だな笑)飛行機の航行シーンにくわえてカーアクションも追加できるので躍動感ある映像作りができるという意味もあったのだろうし。レースに出るための車をどこから調達したのかとか、観てたかぎりではいっさい謎だったんだけど笑 レースのシーンでは、なんか割烹着をつけた40代後半から50代くらいの女の人が登場し「しっかり! しっかりね! しっかり! しっかりね!」と、馬鹿の一つ覚えみたいな声援を100回くらいおくりながら、弟くんの走っていくところを追いかけていく。そもそもあの女性はいったい何者なんだ笑 あとにもさきにも、あのシーンにしか出てこないキャラクターだ笑 彼女、弟くんのこと好きだったのかな笑 息子のように思っていたとか?  古い映画なので映像も音声も不鮮明だし脚本もだいぶでたらめなので観てても理解できないところがあまりにも多い笑

パイロット兄弟は、紆余曲折をへて、ついに仕事を成功させ、帰国していく。
青年とヒロインはこれが今生のわかれとなる。
先にのべたとおり、ヒロインは、恋人の夢を支えたい一心で、心変わりしたふりをして、むりやり青年と別れた。誤解は一応とけるのだが、そのときにはもう、彼の帰国が決まってしまっていた。ヒロインは、恋を泣く泣くあきらめた心の痛みから体調をくずし、青年が無事に帰国したことをラジオのニュースで確認したのち、息を引き取ってしまう(本当にそういうストーリー。)。

ふたりはたぶん箱根に遊びに行った日の夜に結ばれてるわけで、当時の時代のかんじからいって婚前交渉はおそらくタブー。ヒロインはたしかに夜の仕事っぽい仕事をしてた(お酒を出す店の女給さん)けど、だからといって男性経験がすでにあったというのも考えにくいと思う。なにより製作者側がヒロインにそういう裏設定をもたせることを夢にも望まなかったはずだ(じゃあそもそもバーの女給なんて属性を付与するなよって話ではあるが笑)。つまりヒロインにとってはあの青年がはじめての相手だったわけで、時代感覚からいっても、その恋が破れたら、そりゃ死ぬくらい体調崩すよね。
ところで、ヒロインのまわりの人たちは、なぜ、ふたりの恋について「そりゃまずいから止めろ」とならなかったのかとおもう。仕事を終えれば帰国して二度と戻らないであろう外国人の男と、夜の仕事してるけどまだ若くピュアな女の子。謎だ笑 こういうことについての納得のいく説明も、映画のなかにはまったくなかった。

いやー、けど、おもしろい体験だった。
映画はつまんなかった(しょうがない。)けど、この映画を観たことじたいは、すごくいい経験になった。