BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

「I'M FLASH!」考。

このまえ観た映画
「I'M FLASH!」(豊田利晃監督、2012年、日本)
について

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マンガやドラマの映画化ではなく、
小説などの原作があるわけでもなく、
オリジナル脚本だというところにまえから注目していて
ずっと観たいとおもっていた。


正直いうと わたしには、何が言いたかった映画だったのか
よく理解できなかった(=_=)

が、観るんじゃなかったとはおもわない。
観てよかったなとおもっている。

チャレンジ精神が感じられたから。
オリジナルであることは誰がなんといおうと
それだけで偉大だと思うから。





新興宗教団体「ライフ・イズ・ビューティフル」の
若き教祖ルイ(藤原竜也)。
彼は飲酒運転での自動車事故を起こし、人を死なせてしまったために、
世間からの厳しいバッシングにさらされている。
助手席に乗せていた女の子(水原希子)も植物状態で入院中。
ライフ・イズ・ビューティフル」の教祖はルイだが、
教団の実質的な支配者のポジションには彼の母親が君臨している。
この母親が、ルイを教団施設内に軟禁し、
息子の身の安全のために、
3人のボディガード(松田龍平ほか)を雇う。
ところが、ルイが「自分は教祖を降りる。教団を解散する。」
と言い出したので、
母親は3人のボディガードに、一転して「ルイを殺せ」と指令をだす・・・。


だいぶめちゃくちゃな話だが。


すごく乱暴な考え方かもわからないが
仏教キリスト教などなど
「新興宗教じゃなくてずっとまえからある宗教(伝統的宗教?)」と
「新興宗教」の教えの違いって

ひとつには
まず、「神様」みたいな信仰の対象があるかどうか。

それから
生きている間の幸せや充実を追い求めることをうたうか、
それとも死後の幸せや充実のために、というとこをうたうか
じゃないかとおもう


「神様がいない」か、「生きている誰かを神様っぽく崇める」
のが「新興宗教」。
「神様がいる」のが「昔からある宗教」。

生きている間の幸福の追求に重きをおくのが「新興宗教」。
死んでからのそれを追い求めるのが「昔からある宗教」
と考えていいんじゃなかろうか。

そしてそこからいくと
「ライフイズビューティフル」は
どっちでもなく、あえていうなら中間?みたいな印象だった。

でもほんとは中間でもなく
言ってしまえば
よくわからなかった


「神様」はいないっぽかった。ルイは教祖だが絶対的ではなかった

「死にこそ究極の救いがある」といってたが
「死んでからうんぬん」じゃなく「死」という「点」扱いだった
「死」という点にむかって精一杯生きろみたいなかんじかと思いきや
「おまえという存在なんてどこにもない」とかすごく虚無的なことを言ってたり
「死んだあとにはなにもない」と言ったり
「体が死んでも魂はすぐに還ってくるんだから、死を恐れて生きるな」と言ったり
その場その場で言うことがころころ変わっていて
言う人間の気分次第でこんなに表現が変わってしまったら、
たとえ言いたいことが常にひとつだとしても
意味がものすごく変わって理解されてしまうだろう

こういう、うまいこと言葉をすりかえ・すりかえしてるかんじは
ずっとまえに観た
「DISTANCE」(是枝裕和監督)っていう映画の
登場人物のセリフからも感じた。
あの映画も、新興宗教団体(という名のテロ組織)がでてきてたが
元信者(浅野忠信)が警察から取り調べをうけるときの話し方が
まーほんとポリシーもへったくれもないというか・・・
言ってることがコロッコロ変わって、
なにをいっているんだかよくわからないのだ。
でも当人は
確固たる信念をもって話しているつもりのようなのだ。

あのかんじを思い出させられた。

ルイのいうことはなんだかよくわからなかった。
あんまり深く考えてつくられたかんじの教義ではない
(という設定)ようだった


いろいろとよくわからなくても
丸ごと受け入れて自分を預けるとこから
信心がはじまるとすればそれまでだが、
ここまでよくわからないと
実際に存在する宗教団体なら
ちょっと申し訳ないが入信する気も失せそうだ

ライフ・イズ・ビューティフル」が、
よくわからなくて中身からっぽみたいな団体なのに
人々の信心を集めつつあるらしいのは
なんとなくいろんなことをよくわかってる人っぽく見える
教祖ルイの存在が大きいかららしかった。
カリスマってそういうものだよなー


「ほんとにお金をもうけたいなら、
宗教やるのがいちばん手っ取り早い。
人はみんな自分のなかの扉を開ける鍵を
ほんとうは自分で持っているんだけど、
(それがどこにあるかわからないから)
誰かに扉を開けてほしがってる。
だから、宗教は儲かるんだよ」

というかんじのことをルイが言っていた

なるほどなー
と思わされた

ただ「ライフ・イズ・ビューティフル」はたぶん宗教じゃない。
「カルト」として観てて構わなかったとおもうので
ルイの言う「宗教」は「カルト」におき替えて理解していいんだろう


もっというならカルトというより
ヤクザに、近いありかただった。


「みんな何かにすがりたがっているのよ。
あなたが教団を解散しても、
他の教団が新しく生まれるわ。
そっちにいくくらいなら
みんなうちにいたほうがいいじゃないの。」

こんなかんじのことを、ルイの母が、息子に語ってた。

考え方が完全にヤクザだ(=_=)

社会のどこにおいてもうまくやれない人の受け入れ先として
ヤクザが機能してるというのは
文化学や民俗学のほうではよくでてくる考え方だ

ルイの母が、ルイに言ってたようなこと。
足を洗いたいと言ってきた者に
ヤクザの幹部がいかにも言いそうだ



ルイは自分の教団に懐疑的だったが
ある意味ではすごく宗教的、純粋なものの考え方、
生き方をしてる人だった


どうしてルイがそういう人になったのか
理由や要因のすべてがわかるわけじゃない
ただライフ・イズ・ビューティフルの教義とは
ぜんぜんちがうふうなマインドが彼の中に育っていたにも関わらず
それでもライフ・イズ・ビューティフルの中で育てられ続けたたことが
彼を宗教的な、もしくはすごく純粋な、
人にしたのはまちがいないようだった。

彼はライフ・イズ・ビューティフルじゃない社会にいたほうが
むしろ問題なく楽に生きられたはずだ。
純粋すぎてやっぱり悩んだかもしれないが
彼くらいのかんじの人はわりといっぱいいる

けどもう
どうにも身動きがとれないところまで来てしまっていた。

気の毒だった。

彼の立場で許されるほかの居場所といったら
海の底しかないというのがかなり痛かった。


彼ほど
どうしようもなくがんじがらめにされて苦しい人はいなかったのに
その彼がみんなに魂の救済とか「ライフイズビューティフル!」
とか言っちゃってるとは。


いやまったく切ない。






ルイのお姉さん(すごいヒステリック)が
ルイの側近にむかって
「おまえはまだスタディーが足りないんだよ!!」
と怒鳴り散らすとこがもうしわけないけど笑えた。
スタディーって。


なんかちょっと英語にすると
カルトっぽい雰囲気、でるよね(^_^)
いやわかるわかる







書いてみて思ったんだけど


宗教とか新興宗教とかカルトについて
ものを考えてみるのはほんとうに難しいな。

まだまだスタディーが必要だなこりゃ。