BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『キーパー ある兵士の奇跡』-201106。

原題:The Keeper
マルクス・H・ローゼンミュラー 監督
マルクス・H・ローゼンミュラー、ニコラス・J・スコフィールド 共同脚本
2019年、英・独合作

f:id:york8188:20201107175957j:plain

www.youtube.com

良作だった。

ナチスドイツ兵でありながら
戦後~50年代にかけて
マンチェスターシティFCのキーパーとして
活躍した実在の人物の物語。

こんな過酷な設定の人生、あるんだなあ。

最初から一番頭がやわらかいのが舅、
というのがおもしろかった。
地元の弱小サッカーチームの
監督なんかでなかったら、
サッカーが好きでなかったら、
彼もあのように寛容にはなれなかったと思う。
でも勝ちたかったから、優秀な選手が欲しかったのだ。
サッカーというスポーツの影響力を
垣間見たような気がした。

それに、チームのレベルが高ければ高いほど
人間的にも優れたメンバーが多くなる、
という描かれ方だったのがおもしろかった。
主人公バートが最初に籍を置いた、
地域の小さなサッカーチームでは、
バートがドイツ人であることで、
彼の加入に拒否反応を示すメンバーが多かった。
(だが彼らも最終的にはバートを受け入れる)
つぎに、そこから引き抜かれる形で入団した
一流チーム・マンチェスターシティFCでは、
バートが出場する初めてのゲームで、
競技場に集結した十万からの観客の
すさまじいブーイングと怒号が、
選手控室まで聞こえる状況でも、
メンバーは最初からバートを受け入れていた。
心中ではいろいろ思うところもあったんだろうが。
あの仲間たちの態度は本当に立派だった。
わたしが当時の英国側の立場だったら
あんな風にできるかどうかわからない。

ユダヤ人コミュニティの指導者的な男性が
地味だけど重要な役割を果たしていて良かった。

話が戻るが、
バートが最初に所属したチームで、
負けがこみ、ここが正念場という時、監督が
「勇気を見せろ! 祖国のために戦え!」と
発破をかけた。
英国人であるメンバーたちは
みんなこれに大いに発奮してゲームにのぞむのだが
ドイツ人であるバートは、コーチがこう言ったのを
どんな気持ちで聞いていたのか、と思った。

マーガレットの部屋を訪ねることを一度はあきらめるも
自分の部屋に戻ってみると、・・・というあの展開は
とても美しく感動的だった。
そこからふたりの結婚までが
驚くほど ひとっとびなのが良かった(笑)

マーガレットの彼氏ビルの
かませ犬感がすさまじくて気の毒なほどだった。
だが、そんなビルを見直した場面がひとつあった。
彼は、一番最高に怒っていた、あの雨の夜でさえ、
絶対に言ってはならない最悪の言葉だけは、
バートに言わなかった。
あの時、ビルのことを立派だと思った。
喉元まで出かかったのだろうと思う。
バートを傷付ける最も効果的な言葉はないかと
本当は探していたはずだ。
バートも、言われたとしてもこの際、この一回だけは
こらえてやっても良いと思っていたかもしれない。
だが、ビルは、言ったら自分がみじめになるだけだと、
これだけは何があっても言ってはいけないのだと、
わかっていたから、すんでの所で耐えたのではないか。
結局ビルは自分が欲しかったものを全部
正攻法でバートに持っていかれてしまった形であり
こんなことをわたしが言っても慰めにもなりはしないが、
偉いと思った。

バートがドイツに送還される前夜、
チームのメンバーや近所の人びとが
彼のためにサプライズパーティを開いたのが泣けた。
一週間かけて練習したというドイツ語の歌にのせて
心づくしのお餞別を贈っていた。
当時あれだけの品物を用意するのは大変なはずだ。
それをよそ者に、かつての敵国の男に贈る。
バートの努力と誠意が、英国の人びとに
ちゃんと伝わっていたことが良くわかるシーンだった。

愛する者の墓に見守られて
遺された者が取っ組み合いのケンカをする場面は切なかった。
本当に憎むべき相手はそこにはいないのだ。
殴り合ったって、愛する者が生き返るわけじゃない。
だが、ああでもしないとやっていられない。
これほど切ないケンカがあるだろうか。

いわゆる天覧試合となったらしい、
マンチェスターシティFCの重要なゲームでは、
テレビ観戦している人たちまでもが


女王陛下が観戦席に着く所が映し出されると
起立・脱帽して胸に手を当てるのが良かった。


冷静に考えると、
やや穏当にすぎ、設定の割に葛藤が少ない物語だった。
バートは、もっと感じの悪い、もっと陰湿な、
もっと手の込んだ、もっとイヤーな目に、
終始見舞われ続けた方が、
話としては面白かったんじゃないかという気がする。
きっとバートがミスをするたび、サポーター間でさえ
過去をあげつらい彼を責める声が上がったのではないか。
バートを平和の使者としてまつりあげようとする力がはたらき
サッカーに集中したい本人を困惑させはしなかったか。
そういうのをまったく描いていなかった。
マーガレットの父親をはじめ家族たちもみんな
口ではいろいろ言いながら見るからに最初から
バートを受け入れる気満々だった。
それを「だって英国人はみんなサッカーが好きだから」
で、まとめるには、そのためのお膳立てが足りなかった。
もろもろ、葛藤が少なすぎた。
また、実際の、バート・トラウトマンこと
ベルンハルト・カール・トラウトマンが
決して聖人君子などではなかったことも
Wikiなどで調べればすぐにわかる所なので
きれいな所だけ見つくろったな(笑) って感じは否めない。
(なんでも全部正直に描けばそれで良いかというと
 もちろんそういうわけでもないのだ)
バートを演じたダフィット・クロスは良かったのだが、
やや笑顔がヘラヘラしているというか、人好きがしすぎた。
また、彼ら夫妻が、ある非常な苦境に立たされる所で
妻のマーガレットが傷付いてげっそり青ざめてる時に
バートはお肌が健康的で血色良くつやつやしてた。
役者のせいというより照明・撮影・演出のせいだろうが
なんか、どーなんだと思った(笑)


だが、良い場面がたくさんあった映画だった。
心に響く所も多かった。
隠れた良作と言えると思う。
観て良かった。