BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『凶悪』-170108。

白石和彌監督
2013年、日本

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雑誌記者の主人公のもとに、
死刑囚の須藤という男から、手紙が届く。
いわく、彼には警察にも話していない、
殺人の余罪が3つある。その殺人は
「先生」と呼ばれる人物の主導で行ったことで
その「先生」は今も罪を問われることなく
のうのうと暮している。
「先生」の罪を暴いて記事にしてほしい。
・・・
主人公ははじめ半信半疑だが、独自に調べた所、
須藤の告発に信ぴょう性があることがわかってくる。
主人公は、記事にできるかどうかわからないまま、
この事件を本格的に追い始める・・・
というようなストーリー。


死刑囚・須藤を演じたピエール瀧
セリフが棒読みぎみで演技もぎこちなかった。
でも、興ざめするほどひどかったわけでもなく、
大健闘していた。
ああいう人間もいないことはないと思う。
多面的な人物像を懸命に演じていた。
どうみてもカタギじゃない風貌と
じっとりと暗くすわった瞳、
貫禄というにはだらしのないゆるんだ体格が
役柄にすごくマッチしていた。

主人公を演じた山田孝之
終始寡黙で何かもの言いたげなのだが 
結局何を言いたいのかよくわかんない、
というのが個人的にやや不満ではあった。
まあ、こんなもんかなあ?と。
闇に葬られかけていた重大な犯罪の証拠を
握っていると思われるキーパーソンが死ぬ。
死の瞬間を目撃した主人公が
すごい叫び声をあげて嘆くシーンがあった。
あれは 
「ああ!これで犯罪の証拠が
 永遠に失われてしまった!」
そう思って嘆いているんだと さすがにわかった。
だけどそれ以外の部分では
主人公の心の動きが本当にわかりにくかった。
全体的にあの主人公のことがよくわからない。


リリー・フランキーはすごかった。
この映画とどっちが先だったかわからないが、
彼は たしか本作とほぼ同時期に
是枝裕和監督の『そして父になる』で
愛情深く庶民的な父親役を演じていた。
あれとこれを、同一人物がやっている、だと・・・
おそろしい。

主人公の妻を演じた池脇千鶴
主人公の母役の女優さんも、よかった。

「先生」に保険金殺人を依頼する一家を演じた
脇役の役者さんたちも、いい演技をしていた。
彼らは、良くも悪くも、
やったことの重大さに一生耐えられるような
強いメンタルの人間ではなかった。 
ああなって、むしろよかったのでは。

「世の中のいずれ死ぬ年寄りどもの首を
ちょっと早めにくくってやるだけで
ねむっていた金があふれだしてくる。
不景気だなんだって言われているが、
あるところにはある。
栓がつまっているだけだ」
「金は、使ってやらなくちゃ回らない。
それじゃかえって世の中もよくならない。
弱って死んでいくだけの
年よりの金庫のなかで 
金を眠らしておくより
自分たちが使ったほうがいい」
先生が、そんな意味合いのことを言ってた。
そんな風に考えているんじゃあ、
こうした悪さをしようと考えるのもうなずける。
すごい思考だ。
そんなことを思ってしまえる「勇気」というか。
一歩ふみだしてしまえる「勇気」というか。
震えあがるわ。
しかしなんでまた
そんなことを考えるように
なったのだろう、「先生」は。

主人公の妻は、夫がこの事件の取材にかまけて
認知症の義母のケアを任せきりにしてくるので
とてもまいっている。しかし夫は
「事件の真相を明らかにすることで
 犠牲者たちの魂が救われる」。
それを聞いた妻は
「死んでいった人たちの魂なんてどうだっていい。
わたしは生きている。わたしは苦しんでいるの」
と 一蹴した。
妻のこの言葉で、主人公の心が 
どう動くかなあと期待して観ていた。
でもやはり、主人公の心が動いたかどうか
よくわからなかった。それがすごく残念だった。
主人公の心の動きがよくわからなかったことが
本作の一番残念な点だった。

役者さんはおおむね大健闘。脇役も光っていた。
でも映画としてはやや冗長の感があった。
もうすこしスピード感があったらおもしろかった。
なんの説明も前触れもなく
当初 主人公視点だったストーリー展開が
須藤の回想視点にシフトしたのも違和感があった。

ひとつ疑問。
いよいよ これがバレたら
須藤が逮捕されるぞという段で
「先生」が、須藤に告げる。
「おまえの舎弟の五十嵐がね、
『ひとりで逃げたいから助けてくれ』って
 相談してきたよ。
 もちろん断ったけどさ」
須藤は残忍な性格だが情にもろい所もあり、 
舎弟の五十嵐をとてもかわいがっている。
その五十嵐が自分を裏切り、逃げようとした。
そう「先生」に聞かされて真に受けた須藤は、
五十嵐を殺してしまうのだ。
・・・
五十嵐が「先生」に逃走の相談をしていたというのは
本当か?
仮に、そんな事実はないにも関わらず
「あんたの舎弟、逃げようとしてたよ」と
須藤に告げ口をしたところで
「先生」に何かメリットがあるか。
他人の人間関係を、ウソまでついて故意に破壊し、
それを眺めて楽しむなどという趣味は
「先生」にはないように思えたのだが。
五十嵐は本当に逃げようとして「先生」を頼ったのか。
だとしてもなぜ「先生」はそれを須藤に話したのか、
あのタイミングで。
そこがどうもよくわからなかった。

あ。
・・・
いや、わかるわ。今気づいたけど わかる。
五十嵐が裏切ったよと須藤に告げ口しても
「先生」にはメリットがない、と今 述べたが、
メリット、あるね。
須藤が刑務所に入り、五十嵐が死んでくれれば
「先生」の立場は安泰なのだ。
彼ら以外に秘密を知る者はいない状況だったのだから。
五十嵐は須藤ほどには「先生」を信用していなかった。
「先生」はそれを察知していたのではないか。
五十嵐を生かしておくと自分のためにならない。
余計なことを他所でしゃべりだす前に消えて欲しい。
できれば死んで欲しい。でも自分で手を下すのも億劫。
そこで、五十嵐の裏切りをでっちあげ須藤にほのめかす。
須藤が勝手に腹を立て、五十嵐を殺すようにしむけた。
そういうことか。

正真正銘のクズだ・・・

五十嵐の
「小銭持ってないっす!」も
そう考えるとすごくよかったんだな。
あれはよかった。あのあとの舌打ちも。

世のなか悪いやつがいる。
でもその人たちと自分とが無関係とも思わない。
みんな同じ人間だ。みんな同じ人間なのだ。