BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

さむくてしょうがない。「凶悪(2013)」。

今季一番の寒さとかそういうのぜんぜん知りたくない。
どの程度さむいかは朝 空気でなんとなくわかる。

こたつにあたりながら
DVDプレイヤーで
映画「凶悪」をみてみた。
白石和彌監督、2013年、日本)

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雑誌記者の主人公のもとに、
死刑囚の須藤という男から手紙がとどく。
須藤がいうには、自分には警察にも話していない、殺人の余罪が3つある。
それらは「先生」とよばれる人物の主導のもと行ったことで
「先生」はいまも罪をとわれることなくのうのうと暮している。
「先生」の罪を暴いて、記事にしてほしい。
主人公ははじめ半信半疑で
上司にも話をとりあってもらえないが
独自に調べてみたところ、須藤の告発に信ぴょう性があることが
わかってくる。
主人公は記事にできるかどうかわからないまま
この事件を本格的に追い始める・・・
というようなストーリーだった。


死刑囚の須藤を演じたピエール瀧
セリフが棒読みぎみで 演技もちょっとぎこちなかった。
でも、興ざめするほどひどかったわけでもなく、
大健闘していた。
ああいう人間も ありっちゃありなのかもしれないし。
だいたい殺人をなんともおもってないヤクザに
わたしはいままでの人生で一回も 会ったことないんだからね。
ピエール
多面的な人物像をいっしょうけんめいに演じていたとおもう。
どう考えてもカタギじゃねえ的な風貌と
じっとりとすわった瞳、
貫禄というにはだらしのなさすぎるゆるんだ体格が
役柄にはすごくマッチしていた。

主人公の雑誌記者を演じた山田孝之
終始おとなしく なにかものいいたげな雰囲気を
だしていたけれど 結局彼がなにをいいたいのか
よくわかんない部分があり、
まあ、こんなもんかなあ?と おもった。
悪い奴がした過去の犯罪の証拠をにぎっているかもしれない
重要人物がとつぜん死んでしまい、
それをみた主人公がすごい叫び声をあげて嘆くシーンがあった。
まああれは 
「ああ!これで犯罪の証拠が永遠に失われてしまった!」と
おもって嘆いているんだなと わからなかったわけじゃないが
しかしなんというか 
全体的にあの主人公のことが よくわからない。


リリー・フランキーはすごかった。
この映画とどっちが先だったかわからないが、
彼は たしか「凶悪」とほぼ同時期に
是枝裕和監督の「そして父になる」で
すっごく愛情深く庶民的なお父さん役を演じていた。
あのお父さんを演じた人と 同一人物だと・・・
まったくおそろしいおじさんだ。

主人公の妻を演じた池脇千鶴ちゃんと
主人公の母役の吉村実子さんもとってもよかった。
すてきだった。

「先生」に保険金殺人を依頼した一家を演じた
脇役の役者さんたちも
とてもいい演技をしていたとおもう。
彼らは自分たちがしたことの重さに
一生耐えられるような人間ではなかっただろうから 
ああなってよかったのではないか。

「先生」が
「世の中のいずれ死ぬ年寄りどもの首を
ちょっと早めにくくってやるだけで
ねむっていた金があふれだしてくる。
ちまたじゃ不景気だなんだっていうけれど、
あるところにはあるので、栓がつまっているだけなんだよ」
「金は使ってやらなくちゃ回らなくて、
それじゃかえって世の中もよくならない。
弱って死んでいくだけの年よりの金庫のなかで 
金を眠らしておくより
自分たちが使ったほうがいいじゃないか」
といった意味合いのことを言ってた。
そんなふうにおもっているんじゃあ、
こうした悪さもそりゃ考えるだろう。
すごい思考だ。
そんなことを思ってしまえる「勇気」というか。
一歩ふみだしてしまえる「勇気」というか。
震えあがるわ。
しかしなんでまたそんなことを考えるようになっちゃったかねこの男は。

池脇千鶴ちゃんは主人公の妻を演じていた。
夫がこの事件の取材にかまけて
認知症の義母の面倒をまかせきりにしてくるので
心身ともにまいっている。
彼女は
「事件の真相をあきらかにすることによって
死んでいった人たちの魂がすくわれる」
という夫の言葉を
「死んでいった人たちの魂なんてどうだっていい。
わたしは生きている。わたしは苦しんでいるの。」
といったことを言って 一蹴した。
これで主人公の心が どう動くかなあとおもった。
でも動いたかどうかよくわからなかった。
それがすごく残念だった。
主人公の心の動きがよくわかんなかったことが
この映画でざんねんだったところかなとおもう。

役者さんたちはおおむね大健闘していた。
脇役も光っていたとおもう。
でも映画としてはやや冗長だった。
もうすこしスピード感があったらおもしろかった。
なんの説明も前触れもなく
当初 主人公視点だったストーリー展開が
須藤の回想視点にきりかわったのも
なんとなくおかしかった。

まあそれもたいしたことではないかもしれない。

ひとつ疑問だったんだけど
いよいよこれがばれたら須藤が逮捕されるぞという段になって
「先生」が
「おまえがかわいがっている舎弟の五十嵐がね、
このまえ『ひとりで逃げたいからいい方法教えてくれ』って
相談してきたよ。ことわったけどさ。」
と 須藤に告げた。
情にもろいところがある須藤は 舎弟の五十嵐を
弟のようにも息子のようにもかわいがっていた。
須藤は「先生」主導の仕事にいつも
五十嵐をつれてきて手伝わせていた。
その五十嵐が自分をうらぎってひとりで
逃げようとしたときかされてショックを受け、
五十嵐を殺害してしまう。
五十嵐は
「先生」に逃走の相談をほんとにしていたんだろうか?
でも五十嵐がほんとはそんなことしていないのに
「あんたの舎弟がこんなこといってきたんよ」と
告げ口をしたところで
「先生」になにかのメリットがあったともおもえないし、
それに 人がやってもないことをやったと誰かに話して
両者の関係をぶちこわしてたのしむというような
趣味は「先生」にはないように感じた。
やっぱり五十嵐は 自分だけ逃げようとして
「先生」を頼ったのかな。
でもそれをなぜ 「先生」は須藤に話したのかね、
あのタイミングで。
そこがどうもよくわからなかった。

あ。
いや、わかるわ。
わかる。
五十嵐が裏切ったよと須藤に告げ口しても
「先生」にはメリットがない、と今書いたけど
メリット、あるな。
須藤が刑務所にはいり 五十嵐も死んでくれれば
「先生」は安泰なのだ。
五十嵐は 「先生」と、「先生」を盲信する須藤のやり口に
疑問を感じ始めていたところがあった。
「先生」はそれを察知していたのではないか。
こいつを生かしておくとのちのち自分のためにならない。
できればいらんことをよそでしゃべりだす前に死んでほしい。
でもみずから手をくだすのもめんどくさい。
そこで須藤に
「五十嵐はあんたを裏切って自分だけ逃げようとしてる」と
ふきこむことで 五十嵐に悪印象をもたせ
殺すようにしむけた ということか。
自分への最後のご奉仕に。
つまり五十嵐はほんとは逃走の相談なんか 
「先生」にしていなかったんだとおもう。
正真正銘のクズじゃないの
「先生」ったら~!

「小銭持ってないっす!」のシーンも
そうかんがえるとすごくよかったんだな。
あれはよかった。
あのあとの舌打ちも。

世のなか悪いやつがいるもんだよ。
でもその人たちと自分とが
まったく関係がないともおもわない。
みんなおなじ人間だ。
脳みそのどこかがちがっているというわけでも
ない。
みんなおなじ人間なのだ。