BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

本の感想『小説 8050』-240409。

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林真理子『小説 8050』

 

いわゆる「8050問題」(80代の親が50代の子どもの生活を支えるために経済的にも精神的にも重い負担をうけおうケースがふえている、という社会問題)をひな形に、7年間にわたってひきこもり生活を送る息子をかかえた一家の苦悩と闘いを描く。

 

でも、「80歳の親と50歳の息子」の設定ではなく、50歳くらいの親と、20歳の息子の設定。

 

総合的には、良かった。おもしろかった。

 

リーガルドラマパートも、解説が丁寧で良い。

 

どーだろな なんか この一家のメンバーの誰一人としてぜんぜん好きになれなかった、その点はすこししんどかった。あくまでわたしの好みの問題だけど。それがいけなかったのか、いまいち、うわーこの人たちどうなるんだろう、息子くん大丈夫かな、って気になって先を読まずにいられない的な感じは持てなかった。家族の問題って、みんなのエゴや、みにくい過去なんかが、むきだしになるから、ほんとに目を背けたくなるようなところがあるから、その意味ではこの作品で描かれる家族の姿が本当に真に迫っていたということなんだろうね。だから全然好きになれなかったのかも。

 

それと、この物語では、息子くんがひきこもったことについて、明確な原因があるんだよな。けど、実際は、これが原因、っていうことなんて、ないことのほうが多くないか?

でも、この小説ではちゃんとあるんだよ、原因が。家族内にも多少やっかいなガンがあるんだけど、おもだった原因は、家族ではなく、外にある。
外に原因をもとめることができるなんて、ある意味、ラクだよな。
家庭に、こんがらがってほどけない「病」があって、子どもが一身に背負ってひきこもりの形で表現し、この家族は病んでいるよ、と訴える、そういうひきこもりが一番キツいよな。だって家族の誰も自分が原因だとは思いたくないから、病が治りにくいじゃん。

だから設定イージーなんだよな この小説は、かなり。

 

ゴリゴリの8050でなく5020(『悪くすれば将来8050になるであろう』)に設定をスライドさせてあったのも、正直なところをいえばちょい不満かも。なんか「マジの8050だと、リサーチの結果、正直そこには希望もへったくれも皆無に等しいということがわかりました」と言われているようで。ひきこもり7年で20歳なら親も本人もまだ若いし早期対応でなんとかなります的な。若い人を登場させた方がいろいろと変化が起こるので華やかになるしきょうだいの結婚問題とかそういうことも描けるので、5020設定が最適解なのはわかる。だが、なんかしんどい。著者に、暗に「8050設定はバッドエンド一択すぎて書けませんでした。」と白旗をあげられた気になった。わたしとしてはゴリゴリの8050設定の物語を読んでみたかった。読んだら、「読まなきゃよかった」って思いそうだけど。

 

この物語の主軸はもちろん、ひきこもり生活の息子くんを「どうにかする」ための闘いと、リーガルドラマだ。

 

けど、わたしとしてはそれよりも、親父さんの生物としての男のプライド、女性観、家族観、そして父子の男の相克がずいぶん生々しく描かれていたことの方が、おもしろく感じた。

 

たとえば、息子くんがいろいろあって裁判を起こす流れとなったとき、彼に有利な証言をしてくれそうな女性の存在があきらかに。彼女はかつて美少女で有名だった。いまは海外在住のところ、一時帰国して息子くんに会いにきてくれることになる。家にやってきた彼女を一目みた親父さんは、彼女のことを、なんか思ったよりも美人じゃない、海外の食生活で太ってちょっと二重アゴだな、でもまあ「きれいなお嬢さん」のレベルを、ぎりキープしてることは間違いないね、とか考えている。なぜそんなことを親父さんが思ってるかといえば、10代前半でひきこもった息子くんの、女性への免疫のなさ、でも体は20歳の大人なので、彼の性の目覚めが急激すぎて乱れることを親として気にしてるというのもあるのだが、それ以前に、親父さん自身の色目。要するに美しく魅力的な女が好き、ってことなのだ。彼の妻も美人で、結婚前はルックス重視の花形OLである重役秘書として働いていたという設定。
なんかそういう、うまくいえないが「そういう女の見かた」を、親父さんがしているのが、随所ににじみでてる。


それに、親父さんは、大きな声でしかりつければ妻子がいうことを聞くとおもっている。俺が力強く家族をひっぱらなくちゃいけないんだ、とおもっている(そういうやりかたしか知らないだけだが)。そんなところも、うまく描写されている。一家の大黒柱と自覚し、よかれとおもってやってきたから、ひきこもりの息子くんが甘ったれなようにみえてイライラし、強く言いさえすれば状況を打開できるとおもってしまうようだった。そういうのがほんとうにいきいきと描かれるので、この本を読んでると、この親父さんのこと、大っ嫌いになれる笑 

 

けど、不器用であいかわらずせっかちで自己中心的ながらも、息子くんと、時間をかけて、心と心で向き合っていく姿は、とても良い。


息子くんが先々のことをあれこれと心配するのを聞いて、親父さんは語りかける。


「お父さんがそんなもん、すべて払ってやる。お父さんは金持ちで力があるんだ。安心しろ」。


このシーンにはぐっときた。なんて強がりで、なんてバカみたいなセリフなんだろう。ナイーブな息子くんに、もっとマシなこと言えないんだろうか。でも、これほど「親父」のきもちのこもった、あったかい言葉ってないね。なんか、お父さんのにおいがするよ。

こんなん、泣いちゃうよね。