BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『マーメイド・イン・パリ』-210301。

マーメイド・イン・パリという映画を観に行った。

原題:Une sirene a Paris
監督・原案 マチアス・マルジウ 
脚本 マチアス・マルジウ、ステファン・ランドスキ
2020年、フランス

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パリの街が舞台だった。
主人公ガスパールは、父が営む老舗のバーのパフォーマーとして働いている。
ある夜、怪我をした美しい人魚が、川岸に横たわっているのを見つけて保護。
この人魚の名前はルラという。
彼女が話したところによれば、彼女の歌を聞いた人間の男は、
たちまち魅了され、やがてルラへの恋心で心臓がはりさけて死ぬのだという。
幼い頃、人間の男に母を殺されたルラは、それ以来たったひとり、
歌を武器に身を守って生きてきた。
ルラは、母の命を奪った人間の男たちを恨んでいて、
ひとりでも多く殺して復習したいと考えている。
ルラはガスパールのこともいつものように殺そうとする。
だが、ガスパールにはルラの歌の魔法が効かないようだ。
たいていの男は歌を聴くとすぐさま死んでしまうのに、
ガスパールはなんともないらしいのだ。
実は彼は失恋したばかりで、恋の感情を封印してしまっており、
ルラの美しさにもその歌声にも、心が動かないらしい。
彼は淡々とルラの怪我の手当てをし、食事を用意し、
思いやり深く接するだけだった。
そんな彼に、ルラも心を許していき、やがてふたりの間に恋が芽生える。
だが、人魚のルラは地上に長時間とどまることができない。
2日後の深夜0時までに海に帰らないと命を落とすことになるという。
一方、ミレナという女性が、新婚の夫をルラに殺されて、
復讐のためにルラの居所を探っていた・・・

 

そんなに良いとは感じなかったが、繊細で、美しい映画だった。

エディット・ピアフの『水に流して』のアレンジ・バージョンとか、
劇中音楽もおしゃれで、なおかつ親しみやすかった。
バーで行われるショーの場面も、力が入っていた。

人魚ルラと、ガスパールを演じた役者さんも、それぞれ良かった。
ルラは可愛かった。
顔がちっっっちゃくて、ピンセットでそーーーっとつまんで
ひとつひとつ丁寧に付けたような瞳や鼻や唇が愛らしかった。
片言の人語が話せる、というのがまた、とってもキュート。

だが、なんか「物語のどこにどのくらい力を入れるか」の
バランス配分(時間の配分も含む)が、かなり特殊で、
観慣れた映画の文法とは全然違った感触の作品に仕上がっていた。
序盤も言いようもなくだらだらしててぎこちない印象。
「何からおはなししていったら良いもんやら」と
語り手側も決めかねている感じというか。
物語の舞台装置とか、基本的な状況を理解するのに
すごく時間がかかった。
進行のしかたがなんとも奇妙。
ちんたらやってたかと思うと後半で怒涛の展開があったり、
たとえるなら、運転が上手じゃないドライバーの車の助手席にのって、
退屈なコースを何時間もぐるぐるドライブしているようで、
気持ちの持っていきどころがなく、めまいがしてきそうだった。

ガスパールのバーでは、パフォーマーのことを
「サプライザー」と呼ぶ慣わしとなっており、
サプライザーは、祖母の代から続く栄誉あるポジションである、とか
サプライザーにはいろいろと大事な心得があって・・・とか、
店に伝わる飛び出す仕掛け絵本みたいな古い冊子が、
ガスパールの宝物なんです、とか、いろんな設定があるのだが、
まあ、そう言われれば「あ、そうなんですか」とは思うにせよ、
でも、だから何なの?・・・というか。
そんなこと説明されても、それが話の本筋にどのくらい関係あるのか
あるいはまったく関係ないのか、何ひとつ手がかりが示されないまま
やたら凝りまくったディテールが展開されていくので、
どこに注目して観ていれば良いのか見失いまくった。
でもまあ、わたしがディテールを見ててもちんぷんかんぷんだったのは、
もしかしたらパリのショーパブ文化の雰囲気や事情を知らないからで、
もし知っていれば、ピンとくることばかりだったのかもしれないが。

ガスパールのアパートの隣人女性ロッシが、
彼の部屋の鍵の隠し場所をなぜか把握していて、
彼がいないときに勝手にカギを開けて部屋に入ってる、
とかいうところは、
コミカルに描いてはいたけど、冷静に考えるとかなり怖い。
ガスパールがロッシを煙たがっていることは明らかだったので、
まさか彼がみずからロッシに鍵の置き場所を教えたとは思えない。
また、ロッシはアパートの管理人というわけでもないようだった。
お隣さんにすぎないロッシがなぜ勝手に部屋に入ったりするのか。
それに、ガスパールとルラの会話を壁越しに盗み聞きしてたし。
もしかしてロッシはガスパールに岡惚れしてるのかな? 
とも思ったけど、そのわりにはガスパールとルラの恋を
誰よりも熱心にサポートするのもロッシなのだ。

2日後の深夜0時がタイムリミットのはずだったが、
どう見てももっと長く、ルラは地上に滞在していた。
どうも、全身を水に浸しておけば、リミットはすこし延びる、
という設定のようだった。
だが、ちゃんとそのへんの説明がなされないので、
「2日間ルール」はいったいどうなったのやら、と、
観ててかなり疑問だった。

ミレナが最愛の夫を失って悲嘆に暮れ、
職場のトイレでひとり泣いている時に、
「夫がやっぱり生きていて、今までのことは幻だった」
という、幻を見る・・・というシーンは、痛切でとても良かった。
夫が死んだ事実には変わりがないのだが、
ミレナの夫は、死後も彼女の心のなかにちゃんといて、
ミレナが暗い復讐心に魂を明け渡さないように見守ってくれていた。

だが、ひっくりかえすと、
どんなにファンタジックにきれいに描いても、
やっぱりルラは大量殺人鬼なのであり、
やっぱり彼女は人魚で、人間じゃないわけで、
ロッシは家宅侵入とか盗み聞きで他人のプライバシーをおかしてるし、
などなど、
いろいろとグロテスクなことが起こりまくる物語なのだ。
あと、ガスパールは、街の商人の乗り物をいつのまにか私物化して、
勝手に乗り回してた。
最初こそ、ケガしたルラを家に運ぶするために、
顔なじみの商人に頼んで乗り物を借りたという経緯が
ちゃんとあったのだが。
それがいつからガスパールの私物になったんだろう。
何か両者のあいだで取り決めがあったのかもしれないが、
すくなくとも理解できるようには描かれていなかった。

見かけより生々しくグロテスク、ってのは、なんとなく、
いかにもフランス製のお話っぽいな、って感じはする。

いろいろと謎な映画だったな。
よくできた作品ですとはおせじにも言えない映画だった。
ストーリーの深みや論理的な整合性を
要求したくなる気持ちはいったんよそに置いて、
絵本をながめる感覚で楽しむべきだったのかも。
でもそうは言っても、絵本だって、
話がしっかりしてておもしろいに越したことはないだろ笑

だけどそもそも今日は、魂を根こそぎ持っていかれるような
衝撃の傑作を観たい! とか思って、
いさんで映画館に行ったわけではなかった。
どちらかといえば、適当な気分転換になる映画を期待していた。
だからまあ、期待通りだったんだとおもう。