BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想「欲望という名の電車 A Streetcar Named Desire(1951)」-180916。

図書館の視聴覚サービスで
欲望という名の電車
を観た。

きのうときょうと2日つづけて観た。
きのう1時間50分くらいのところまで
観て、とちゅうでやめ、
きょう最初から最後まですべて観た。

きのうのことだが
ビデオテープでの鑑賞だった。
巻き戻しては再生、また戻って再生、
早送りして再生と、
こまぎれに何回もやってたら、
花売りのおばあさんが
やってくるところで、
映像がとまった。
職員さんにしらせにいったら
テープがデッキのなかで
からまってしまったから、
もう視聴できないと。
ふるいビデオテープなのに
負担がかかる操作を
わたしが何回もしたので
壊れちゃったんだとおもう・・・。
ところが、その職員さんの
上司とおもわれるかたがやってきて、
からまったところを
きれいに巻き取ることができれば
また観られるかも、
なおしてみるからまたこんど来てと。
「巻き戻したり早送りしたり
すごいやっちゃったんです」
白状してあやまった。
「みんなやっているので、
あなたのせいじゃなくたまたま」
と 笑ってゆるしてくれた。
視聴覚サービス室をでるとき、
職員さんがビデオテープの
あの白いところに
エンピツを差し込んで
テープを巻き取るなつかしい作業に
さっそくトライしてくれているのが
みえた。

ほかの映画だったらいざしらず、
本作はあきらかに傑作であった。
帰宅してからもずっと
物語のさきが観たくて
しょうがなかった。
なにか、もっといえば、あの
ニューオーリンズのアパートの部屋に
もう一度戻りたかったような感じだ。
続きを観ないまま「もういいや」
なんて到底ありえないと思った。
今日 また図書館にいってきた。
ビデオテープは修復に成功していた。
最後まで観ることができた。
花売りのおばあさんがくるところで
すこし映像がくしゃくしゃっとなったが。

欲望という名の電車
(A Streetcar Named Desire エリア・カザン監督、1951年、米)

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https://movie.walkerplus.com/mv9367/

たいへん有名な映画だ。
たしかヴィヴィアン・リー
アカデミー主演女優賞を
もらったとおもう
「風とともに去りぬ」以来2度めだ。

いまさらわたしなどがこの名作の
感想とかもどうなのかなとおもう。
たぶんこれを観た人が
みんなおもったであろうことを
わたしもふつうにおもった。

12人の怒れる男
若者のすべて
「第三の男」
「道」
「サイコ」
七人の侍
「風とともに去りぬ」
市民ケーン
「ウエストサイドストーリー」
なんかを観たときと
おなじくらいの重いショックがあった。


なによりもいちばん
スゴいことだと言っていいと
わたしがおもうのは
本作が原作戯曲と
ぜんぜんちがう、ということ。
変えざるをえなくて
「改悪」されているのだ。
ライブ、舞台はまだいいが、
映画となるとたくさんの人が観るし、
フィルムが残るから、
いろいろ表現上のさしさわりが
あった・・・ということだろうが

戯曲にでてくることのおおくが
映画ではでてこないか、
ソフトな表現にとどめられていた。
同性愛、少年愛、強姦、アルコール依存、性的放埒、精神障害などだ。
いまは映画のなかでこういうことについて言及されることはめずらしくないが
当時はむずかしかったんだろう。
それに、戯曲にはない、
いたずらに緊張感を削ぐ演出が
つけくわえられたりもしている。

この映画の制作にかかわった人は
くやしかったんじゃないかな。
なにせ原作者が脚本に参加しているし、ヴィヴィアン・リー
マーロン・ブランドと、
舞台版のメインキャストが
そのまま でている映画だ。
舞台俳優には、誇りがあったはずだ。
映画スターだと?おれたちを、
ルックスで売って
ちゃらちゃらしてる
ハリウッドセレブと一緒にするな。
舞台が命のほんものの役者だぞ、
という誇りが。
それをどうやらこうやら説きふせて
契約書にサインさせ、
さあ気合をいれて作ろうぜ、と
いうところだったのに
やれあれはできないこれはまずいと
かましく規制、規制で
たまらない思いを
何度もしたにちがいない。
スタンレーのブランチへの
しうちのシーンからは
「ここだけはなにがなんでもやるんだ」
そんな作り手の意地が伝わった。

だが、本作は「それでも」
輝きをうしなってない。
もともとあったものをほとんど削って
ぜんぜん原作とちがったものに
しなくちゃならなかったのに、
原作のもつ凄み、
呪いのようなものの力が、
それでもまだちゃんとのこっている。
この映画の特別なところは
そこなんじゃないかな。

なぜ本作がそうであったかといえば、
役者さんがその演技力でもって
作品を支えたからだろう。

観たあと、すごくつかれた。
しばらく立ち上がる気力が
わかなかったくらい。
2時間のうち一瞬も気が抜けず
血糖値がさがり呼吸があさくなり、
体にも力が入りっぱなし・・・
ようするにそういうことなんだろうが
きもちとしては
「魂削られた」。

役者ってほんとうにすごい。

ヴィヴィアンと
マーロン・ブランド
どうなんだろうか
仕事仲間としてはそれなりに
仲良くやっていたんだろうか。
仲良かったわけないか。
どちらも気むずかしそうだし
最悪に気まぐれでワガママそうだ。
おたがいにおたがいのすることが
むかついてしょうがなくて
ケンカばっかりだったろう。
役なんだし、お芝居なんだけど、
あんなふうに逃げ場もなく
スタンレーにおいつめられるシーンを
何度も撮ってたら神経まいるよ。
ブランチの複雑な役柄を
舞台のときから背負いつづけて
ブランチに呑み込まれないように
するのもたいへんだったろう。
ヴィヴィアンはきつかったろうな。
マーロンはどうかしらないが笑
なんかあの人、大丈夫そう笑
神経をすりへらす撮影の日々に
役が自分なのか
自分が役なのかなんだかわからなくなり
ふたりが険悪になっていったことは
考えられることだとおもう。
でもそのピリピリ感が
ブランチとスタンレーの
関係性に裏付け感をあたえて、
かえってよかったのかも。

あんな苛烈なアンサンブル
これまでどの映画でも
観たことがない。


危険な映画だった。
なんかこういうのを観てしまうと
もうしばらくなんにも
「心に入れたくない」という
気持ちになるなあ。
つかれた。とりあえずものすごく。