BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

興味がないことでもやらなくちゃいけないときどうするかについて

きのうまでに来るはずの書類が けっきょくこなかったなあ。
心配だ。 あした1日待ってみてもしもこなければ
担当窓口に確認の電話をいれてみよう。

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個人的にぜんぜん関心のない
分野についての 本の製作に
たずさわらなくちゃいけないことも もちろんある。

たとえばわたしは韓流スターとかアイドル、
芸能界情報にあんまり関心がないんだけども
某二人組のK-POPアイドルが兵役を終えて
ふたりそろっての活動を再開すれば
彼らのファンブックを手がけることもありえるし
某韓国HIP-HOPアイドルグループや
某坂の名前がつく超絶かわいいガールズアイドルグループの
ファンブックとかを作る可能性ももちろんある。
ぜんぜん関心がなくてもその場合
メンバーの顔と名前とプロフィールと人物像
グループの活動履歴はおぼえる必要が生じる
アルバムもシングルもライブDVDも
すべて聴き 目をとおし
彼らについての なんらかの思いを自分が持たないことには
どうしようもない。仕事以前のもんだいだ。
そこへきて わるいことに
芸能界だけじゃなく わたしはけっこういろんなことに
関心がない。
現状に満足しがちな性格で 関心の幅がひろがりにくい
ところがある。
批判精神うんぬんとかではない。
好奇心 探究心があまり強くないだけだ。
ついでに
好きなもののことをむしろ
「あまり詳しく知りたくない」という
おかしな考えの持ち主でもある。
(こういうこと みなさんはないですかねー?)

ちょっとずれたところでは
某 ブロックをすきなように積み上げて
家を作ったり街を作ったり冒険したりできる
3Dのゲームのガイドブックとか作った日には
ゲームを実際にやって 作業画面をキャプチャする
必要があったために つくづくまいらされた。

そもそも自分が
テレビゲームのコントローラを握ったこともない
ところへもってきて(というか そのせいもあるのか、)、
「3D酔い」する体質だということが発覚。
これでも本を作らなくてはいけなかったのだ。
わたしも大変だが
プロジェクトのリーダーは このわたしというお荷物メンバーを
かかえて さぞかし困ったにちがいない。

毎日 4時間に1回くらい嘔吐したり寝込んだりしながら
本の製作にのぞんだものだ。
このゲームはたいへんに息が長く人気があるので
これからも同種の本を手がける可能性があるということで
すこしでも次はらくにできるようにと
無料の3Dモデリングソフトを導入して
ひまさえあれば(ひまとかないけど)そいつをこねくりまわして
なにかを作る、ということに取り組むようになった。荒療治だ。
(このソフトは今年の春くらいにサービスを終了しちゃった
みたいなんだけど 日本語版もあるし なんといっても
ユーザーインターフェースがシンプルかつ親切設計で
素人にもわかりやすくて よかった。発見できて幸運だった。
有名なソフトらしく、 使用方法を詳しく解説している
日本語のブログやサイトもたくさんありおおいに参考になった。
ちなみにサービスは終わったみたいだが まだ使えてる。)
まあ、3D酔いはびた一文 治ってないが・・。
マウスのムダな動きが酔いを誘発してる、と
職場の人に指摘されたので
もっとスマートにちいさくマウスを動かすことを心がけ
さらに キーボードショートカットを覚えまくることで
「くらっ」とくる瞬間は多少減らせたかとおもう。
また、
当該ゲームをひまさえあれば(ひまとかないけど)プレイして
たとえば自分が実際に住んでいる家のミニチュア版を
作ってみたりしてトレーニングしている。
※でも最初にこのゲームの本を作ったとき わたしの状態が
あまりにひどかったもんで こいつはダメだとみなされたらしく
プレイ画面をキャプチャする必要があるような
ページは ほとんど任されなくなっちゃった 
正直助かるけど(涙)


そんなこんなで
仕事のときに 仕事以前のところで
いろいろ越えなくちゃならない壁が
いつもある。それがわたしだ
ここまで なにかあるたびにいちいちつまずいている人材は
めずらしいかもしれないが、
だれしも程度の差こそあれ 
やらなくちゃいけない、でもやるためにいろいろ足りてない
なぜならその分野の門外漢だから、関心がないから、
知らないから
ということは あるんじゃないだろか。
仕事は教育じゃない。職場は学校ではない。
自分の現時点での習熟度やレベルにぴったりの
仕事がくる、なんてことはありえんのだ。
自分が仕事にあわせてレベルを上げるしかないことになる。
その仕事を、したければ。

さて、話をもどして、
そんなふうに ぜんぜん自分が関心がない分野についての
本を作ることになったときの話だ。

大前提として
その分野について知る必要がある。
そのために本を読むことが求められる。

すくなくとも わが職場では
方針として、まず仕事にとりかかるまえに
最低でも35~50作冊ぶんくらいは
関連資料や図書を読むよう きつく申し渡されてる。
作業に入る前にそれらの本を(電子書籍の形式がおおい)
どっさりわたされ、読んでおくことを要求される。
しっかり基本的な知識を
(本を作る期間が過ぎれば忘れてしまう、
一時的な記憶にすぎないことがおおいが)
頭にたたきこんだうえで 作業に入る。
何ページのだいたい何行目にこんなこと書いてあった気がするとか
右下のところにこんな写真があったかもとか
そういうのも頭にたたきこんでおくと
いざ作業をするとき すごく便利だから
それももちろん たたきこむ。

やらなくてはならないことだ。
必須事項として、要求されることだ。
関心がないとか 理解できないとか
そういうもんだいではない。
そういうもんだいではなく要求される。
最初は そんなことできるわけがないと
わたしはおもってたけど
(本を読むのが遅く 400ページの文庫本を
1冊読むのに4日とか すごくかかってた。)
でも 要求されることだから
できなくてもなんでも 必死でトライしたところ
約1年半で ふつうに可能になった。
半年だったか9ヶ月だったかもしんない。
途中で病気になりほとんど機能してなかった時期があり
そのときを入れたら まちがいなく約1年半。
人間の能力はけっこうスゴイものなのだ。
ここまでになるまで そりゃわたしもしんどかったが
仕事が遅いわたしをフォローする職場の人たちも
さぞかししんどかったろうとおもう。
だが乗り越えた。
人間追い詰められるとなにをやらかすか
わかったもんじゃない。


大量の本読みは
要求される、必要なことだ。
「ほんとにそんなことしなくちゃいけないの? 必要な
情報なんてネットで調べればすぐ出てくるじゃん」
て おおもいになるかたもいらっしゃることだろう。
だが、
じっさいに、最低でもこのくらいの量の本は読んでおかないと、
本を作ることなんて できないのだ。
やってみればわかる。

頭になにも入れてないと 
ふしぎなことだが、文が書けない。
これはほんとにふしぎなのだが、
頭のなかになにか入ってないと 1文字も書けない。
入れておくものは、当該分野と無関係のものでも
なんでもよかったりするのだが。
しかもすぐに枯渇する。
ものすごい勢いで頭のなかのものを消費しながら書くのだ。
なにも入ってないか、入れてる量が減ってくると
すぐ書けなくなる。
だから絶えずなにか入れてないと、
なにかを思ってないと、考えてないとだめだ。
そうしないと おもしろいくらい迅速に書けなくなる。
そういうものなんだということを
この仕事を始めてから知った。
だから読んでなくちゃいけないのだ。

同業者のかたがたが
みんなこういうことやっているのかは知らない。
でも、やっているはずだ。
頭になにも入ってないとどっちみち書けないんだから。
みんなそれは おなじはずなのだ。

ただよくかんがえると
職場の人たちが この 
仕事ひとつにつき35〜50の参考資料読破 を
どのていどまで真剣にとらえてちゃんとやっているか は
わからない。
わたし自身は おそらくものすごく真に受けて
きちんとやっているほうではないかとおもう。
職場の人たちはみんなもっともっと
要領よく よき意味で手をぬいてやってることだろう。
わたしよりもみんなもっと 本を読むの速いし。
頭の構造がもう違うってかんじするね。

かくして
最低限 われわれはいつも本を読んでる。
マンガも読まなくちゃいけない。
本だけじゃない。音楽とか映画とか
アニメーションとか写真とか
きれいな絵とか 景色とか
あと、人といっぱい関わって話をするとか
そういうのも なんでもやって、
頭にどんどん入れていって
いろんなことを 思わないといけない。
何度も言うがそういうもんなのだ。


オプション的なことだが、
本を1冊作るために こうやっていっぱい
その分野の関連図書を読み漁っておくと、
いいことがたくさんある。
その分野について あらまし 一般教養程度でも
けっこう知識が身につく。
本を作り終えると細かいことは忘れてしまうが
基本的なことや外枠などは残るからだ。
何度も同じような分野の本を作ると、
もっと覚えられる。
そうすると これは無駄にはならない。
たとえば 初めて会う人とでも
その人がどんなご職業のどんなことをやっている人だとしても
会話がけっこうもつ、とか。
人と仲良くなりたければ、本を作ればいい。
ということだ。
イヤイヤ そんなバカな(^^)


だがしかし、知っておかなくちゃいけないことがある
関心がなかったり、難しくて自分にはわかんないだろうななどと
おもいこんだ状態で 
こういう事前作業(本読み)をするのは
不可能にちかい。
いくら読んでもとにかく頭にはいってこないし 
同じところを何度も読んでても気づかないくらい上の空だし
すぐ眠くなっちゃうし 
なんとか全部読んでも なーんにも覚えちゃいない。
時間がかかるばっかりで なんの成果もあがらないことになる。
「自分にはできない」と考えることほど
作業を非効率化するのに効果的なことはない。
一瞬でも「できない」とか考えれば
頭に「できない」というタガがはまってしまい
頭がはたらきにくくなるようなかんじだ。

そんなこと やっている場合じゃない!

だいたい
本読みに純粋に使える時間は
多くて4日、実働で18時間とか20時間とか
あっても そんなものだ。
ほとんどの場合 もっと短いしこまぎれだ。
それだけのために時間を使えることなんて
めったになく、いつも別の仕事と並行して
よゆうがないなかでやっている。
体調がいつもいいともかぎらない。
頭が痛かったり疲れてたり コンディションてものがある。
わたしだけじゃなく職場のみんながそうだ。
条件がなにもかも完璧にそろった状況で
本が読めるなんてことは ない。
それで35冊~50冊を平気で読まなくちゃいけない。
1冊の文字数ページ数にもよるが 
すごく難しいことだ。
ほとんどの人は 冗談でしょ、というだろう。
難しくてもやっている。
いつも戦ってる。
それはわたしだけじゃなくみんなそうだ。

だから、せめて、
この作業を完遂するのに必要なことがある。
「関心がない」と、できるだけ考えないようにするのだ。
虚心で読むように努める。
虚心どころかむしろ真逆だ
自分はいままではこの分野のことなにも知らなかったけど
ぜったいに好きになるはずだ、興味がわくはずだという
一種の自己暗示をかけてから 本読みにかかる。
自己暗示とかいうと難しいかんじがするが、
わたしの場合は簡単で、
単純に 声に出して言ってから資料読みと研究に入る。
すなわち
「ぜったいに好きになる。興味がわく。」
とか そんなようなことを 声に出して唱えるのだ。
魔法(暗示)が解け始めたことを感じたら
そのつど もう一度呪文を唱え直す。
そうやって作業をすると、かなりちがう。
ウソみたいだがほんとの話だ。
そんなことでいいのだ。
ダメな人もいるかもしれないが。


興味がなくても関心がなくても仕事はくる。
あきらめてはいけない。
その仕事をしたいとおもうかぎりにおいては。
できないと考えることを自分に許すのをまずやめることだ。
そしてできると思い込むこと
演技でよい。
それでだいぶちがう。


そうやって 今回の仕事ものりきった。
ぶっちゃけつらかった(涙)
やはり 関心がないと
おもしろいように仕事のスピードが落ちるもんだよ。
自己暗示にも限界があるもんだ。知ってるよそんなこと!
職場専属の催眠術師さんとか
いてくれたらな。