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BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

「ウルフハウンド 天空の門と魔法の鍵 WOLFHOUND(2006)」。

インターネットの映画配信サービスで
「ウルフハウンド  天空の門と魔法の鍵」
(原題:WOLFHOUND ニコライ・レベデフ監督、2007年、ロシア)
という映画を観た。

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ウルフハウンドという青年が主人公の、ダークファンタジー。

彼はグレードッグという戦闘部族の血を引いていて、
優秀な刀鍛冶の息子だったが、
幼いころ、周辺国を牛耳っていた悪いやつらに村を襲われ、
一族郎党皆殺しにされてしまった。
生き残ったウルフハウンドは奴隷にとられ、
きつい労働を強いられ、
屈辱的な日々を過ごすが、
大人になってから運良く自由の身となり、
以後、復讐のために、
故郷の村と家族を奪った悪い奴らを探す旅をしている。

そんなある日、ウルフハウンドは、母を殺した男とニアミスに成功、
追いかけた先で、偶然、なにかの鍵のようなものを手に入れる。

どうもこの鍵が、世界の覇権をにぎるパワーをもつにひとしいツールらしく
ウルフハウンドの母を殺した男も、
この鍵を手に入れたがっているらしい。

でも、そもそもどうして憎い仇がこの鍵の存在を知っているのか
そのあたりの秘密を知る、とある国の美しいお姫様と出会ったり
地下牢に閉じ込められていた老魔術師をたすけたり
なんやかんやで天空の門を開けたり開けなかったり
悪い女神が呪いによる眠りから目覚めたり目覚めなかったりとか
そんなかんじの物語だ(書いててつかれてきた)。


感想を言い表すのがなんだかむずかしいけど

おもしろくはなかった。
おもしろくはなかったのだが、
しかし
捨てがたい強い煌めきが数ヶ所でみられた。
そういうところは血眼で探せばだいたいどんな映画にもある・・
といえばそれまでだが、
ずば抜けて特別な煌めきだったのだ。

だからいいか悪いかでいったら、いい映画だった。
この映画にしかない、良さがあるという意味で、いい映画だった。

ただしおもしろいかおもしろくないかで言えば、おもしろくなかった。

けど おもしろくなかったことに対する残念なきもちと、
数ヶ所見られたあのすばらしいシーンたちへの感動とを、
くらべたら、後者のほうがやっぱり大きかった。


具体的にどこが煌めいていたかというと

たとえば、ウルフハウンドが悪いやつに薬を盛られて寝てしまってる間に、
お姫様をふくむ仲間の陣営が、敵に襲われて壊滅させされてしまうのだが
朝、ようやく目覚めて、仲間たちがみんなやられてしまったのを見て、
途方に暮れるウルフハウンドの姿。

あれにはぐっときた。

それから、
ウルフハウンドが奴隷生活を送っていたころのことが
すごくかっこいい音楽とともに回想シーンとして描かれるのだが
これもよかった。



総じて、
「魔法」とか「呪い」とかがふつうにつかわれている世界にあって
ウルフハウンドをふくむ戦士たちはみんな、ふつうの人間だった。
空を飛んだり魔法をつかって戦ったりはしないので、
どのシーンも完全な肉弾戦であり、とても地味だったのだが、
迫力があったし、悪くなかった。


女の人はみんなとてもきれい。
お姫様は、グウィネス・パルトロウ
ケイト・ブランシェットを足して二で割ったような超絶美人。
はじめのほうでウルフハウンドが助けた女の子は、
フェルメールの絵のモデルにいそうなかんじ。

男の人は、ウルフハウンドですらおせじにも二枚目とはいえなかった。
みんな、獣のようであり、野性的であり、死に物狂いであった。
でもなにか、それがよかったような気がする。


キリスト教的なものの考え方、とらえ方が、
物語の基礎にある気がしたが、
それ以上にあちらのほうの民間信仰、
土俗・自然信仰的な感覚のほうを強く感じた。

そういう大きな力が奇蹟のような現象となって、
ものすごくうまいこと、ウルフハウンドを危機から救ったりするのだ。

アリだよねー。うん。これはアリだろう。と、なんかむやみに納得。




物語としてはわたしはおもしろいとおもわなかったが、
観たことはまちがいじゃなかった。

ロシアさんもけっこうすごい映画作ってるんだなあ。