BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

プロメア再考を検討

プロメアを観て、全然おもしろくなかったんだけど、どうしてこんなに世間で評判がいいのか、すこし考えてみるべきなのかなと思った。

友人に、アニメが大好きで、そのクールに放送されているアニメを、2倍速録画ですべてチェックすることを習慣にしているのがいる。

※わたしには到底理解できないから、友人を変人だと断定してるが、その子いわく、そういうアニメファンはめずらしくないそうだ。アニメだけでなく、海外のサッカーの試合を録画して全部観る人とか。うーん。


ゆうべその子に、プロメアについて、意見を聞いた。

確かにおまえにはプロメアは合わないかもしれないと。プロメアを高く評価する人と、しない人とでは、オタクとしてのレイヤーみたいなものが、ちがうのだという。これについては5分くらいかけて説明を受けた。書くかどうしようか迷ったが、ひとまずここには書かない。

さらに、まず、「キルラキル」というすでに終了しているテレビアニメを観てみるようにと言われた。プロメアはキルラキルの製作陣が手がけた作品だそうだ。

次に、プロメアをまた観返すのもいいが、観るのはあと1回が限度だろうと予言された。まだ公開されて間もないから大丈夫だよと答えたら、鑑賞可能な回数ではなく、開封後賞味期限的な話だという。キルラキルの製作陣のアニメは、ファンでも、3回観る気にはならないものなんだと。1回観ると、ぜひとももう1回観たくなるんだけど、さらにあともう1回、は、さすがにいいやとなるものなんだと。だから観返すチャンスはあと1回きりなので、心していけ。とのご託宣だった。

キルラキルはネットフリックスで公開されているのを見つけた。ゆうべさっそく数話分観てみた。

いまのところノーコメント。

映画の感想-『海獣の子供』『プロメア』-190902。

※ネタバレというほどのことは書いていません。



海獣の子供
英題:Children of the Sea
渡辺歩監督
2019年、日本

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大胆にして緻密、饒舌な映像表現に圧倒された。

言葉によってこの映画を解釈しようとすることに、
はたしてなんの意味があるのかと思ったほど、
映像そのものが、心に直接呼ばわってくる映画だった。
それはとても声高だった。
また、潮の、生き物たちの、なまなましいにおいや、
肌触りの現実味。
しかもひとつところに停滞しているのではなく、
絶えずうごめき、ものすごいスピードで
スクリューのような軌跡を描きながら循環しているような
いや・・・なんかだめだな、正しく言えてる感じがしない。

ともかくわたしの狭量な感受性ひとつでは、
受け止めきれないものを、伝えてきてたように思う。
観てて、何か、強烈な感情が沸き起こり、さかまくのだが、
その感情に、名前を付けることができなかった。
それがわたしにとって一番の問題だった気がする。
かなしいんじゃないし、うれしいんでもない。
感動しているのかもしれないけど、
何への感動かと聞かれたら、答えられない。
観終わったあと、しばらく席を立つことができず、
しまいに、なんだか気分が悪くなってきて、
手洗いに駆け込み、戻してしまった。
映画観るだけで、体に変調をきたすなんて、
3D映画を観たときだって、ここまでのことにはならなかった。

本作を観るときは、心や体のコンディションが
万全なときを選ぶことを、どなたにもおすすめしたい。
ネット予約で席をとってあっても、
当日カゼをひいたとか、寝不足とか、悩みごとがあるとかなら
観るのは他の日にした方が賢明だと思う。
わたしのような者でさえ、この通りであるから。

この映画は、また日を空けて、何回も繰り返し観たい。
一度に全部受け止めようとか、理解したいとかいう考えは捨てて、
ムリをしないように、少しずつ少しずつ、
映画が語りかけてくることに、耳を澄ませてみたい。

・・・

『プロメア』
英題:PROMARE
今石洋之監督
2019年、日本

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この映画、ずいぶん評判がいいようだが、
ダメだろこれは。2時間が苦行でしかない。

全24回の連続アニメシリーズとして発表すれば
もしかしたらおもしろいのかなと思うけど
長編映画でやる話じゃないと思う。

情報をつめこみすぎており、整理もなされておらず、
効果音がやたらとやかましく、
映像は動きがでたらめすぎて何をやってるのかわからず、
キャラクターの誰にも、共感することができない。
ストーリー展開、臨場感を伝えてくる効果音、
躍動感ある美しい映像、魅力的なキャラクター、
どれも、映画を楽しむのに必要な要素のはずなのに、
この映画では、映画を楽しむことを、
これらがむしろ、阻んできた。
音がなー。
うるさいんだよ。
耳障りなだけだった。

よかったのは松山ケンイチの声とSuperflyの主題歌。

完全オリジナル作品っていうことの心意気は買うが。
この映画の何が良くて、みんなそんなにほめるのかな?

映画の感想・抄-『アラジン』『ゴジラ』『クローゼットに~(以下略)』『COLD WAR』-190701。

映画いっぱい観てる。
まだまだ観るぞ。

ここ2日間で観たものについて 
少しずつだけ感想を。

『アラジン』
原題:ALADDIN
ガイ・リッチー監督
2019年、米国

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ミュージカルシーンはゴージャスだし、
衣装はきらびやかで美しいし、
歌や音楽は感動的だし、
ウィル・スミスは生き生きとしていたしで
観ていてとても楽しい映画だった。
ただしストーリーのつじつまがユルすぎて
やや、看過できないレベルだった。


・・・

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』
原題:GODZILLA: KING OF MONSTERS
マイケル・ドハティ監督
2019年、米

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ドラマもへったくれもない映画であることは
前作からちっとも変わってないが
怪獣バトルシーンがモノスゴイ!!
おっかなすぎて、映画館の客席で何度か叫んだ。
すさまじい迫力だった。
ほんとにいて、戦ってるんだとしか思えなかったもんな。
ゴジラがさ。
いないんだよ、あれ!全部CGなんだよ。
スゴイよね!
ところで、マディソンは結局、何者だったのかと思うね。
博士の娘というだけで、なんの技能も持たない女の子を
ことあのような危険な局面に至るまで、
なぜ一緒にいさせたのか。
テロ行為の陰で犠牲になる、非力な人びとの気持ちを
代弁させるポジションにしても・・・
子どもの扱いかたとして、とても現実的とは言えない。
あと、ボストンの放射能汚染 ヤバくないですかね。

・・・

『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』
原題:THE EXTRAORDINARY JOURNEY OF THE FAKIR
ケン・スコット監督
2018年
仏・米・印・シンガポール・ベルギー合作

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ライフ・オブ・パイ』(2012年)で
わたし一度、痛い目?みてるからね(笑)
警戒レベル上げてかかるよ、
フランスとかインドが製作にからむ映画は。
あの人たち、こういう脚本の達人だよほんと。
なにせインドは「千夜一夜物語」にだって
エピソード提供しているんだから。
ストーリーテリングの年季が違うよ。
それ知っているからね、予測していた。この結末を。
けどおもしろかった。
主人公のアジャがすごくいいキャラクターで。大好きだ。
ミュージカルっぽいシーンを楽しめたのも良かった。
「アーティスト」(2012年)の
ベレニス・ベジョが出てたのは驚いた。
彼女とアジャがダンスをするシーンは最高。
ところで、わたしは、アジャは今も独身だと思う。

・・・

『COLD WAR あの歌、2つの心』
原題:ZIMNA WOJNA
パヴェウ・パヴリコフスキ監督
2018年
ポーランド・英・仏合作

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90分もない短い時間のなかに
ムリなくまとめた。そこがスゴイところ。
行間を省けるだけ省いて、観る者に考えさせるように
作られていた。
ぼけっとして、ただ観ていたんじゃ、
何がなんだかわからない。
考えることが絶対に必要だ。
例えば、引き裂かれた恋人同士が
なぜ時を経て何度も、どこでも、再会できたのか。
パソコンもスマホもない時代なのに。
そこを考えたら、
このカップルが、ただ一緒にいたいために
どんなに長い間、どれほどの犠牲を払い、
いかに深く傷ついてきたかがわかった。
とくに女性の方が。
すると、ふたりの最後の選択の意味が理解できた。

下着ブランドの名前-190630。

着物のなにかを、ブランドコンセプトに投影しましたってことを、話せば、多少話が変わってくるんじゃないの。「着物のように、どんな体型にもなじみ、流行りすたりもない、快適な服を目指したブランドです」とかなんとか。本人の口からそれっぽい説明があれば、印象はだいぶ違うだろうよ。何も言わないから「あんたキモノとか言ってるけど結局なんにもわかってねえじゃん。名前だけじゃん」てなるんじゃない。和服は文化であって 責任者とかいないから 名前を守りたいっていうんなら、そう思う人がいやだというしかないわな。でも京都がしゃしゃりでるのもどうなの笑? 小袖が一般化したのは鎌倉からじゃないの しらんけど。 「キモノ」って検索して 下着ブランドのサイトが検索結果の一番うえに上がってくるになったとしても 和服の価値が 変わるわけではないとわたしはおもう。 まあでもそうは言ってもKIMONO はダサいわな。そのままじゃん べつにいーけど。

不眠とラジオと暮らしかた-190628。

不眠が重くなってきたように思う。
ほっといて良くなるもんじゃないんだなあ~。
スマートフォンの画面を、寝る前に長時間ながめるのは
よくないってことを いろんなところで聞くので、
用心して 決してやらないようにしているが
そういうのとは別に
眠れない要因がわたしにはあるようだ。
ほっといて良くなるもんじゃなく 
問題は根深いようにも感じる。
薬に頼らないようにしたいあまり、ムリをした自覚はある。
2ヶ月くらいは、薬を飲まなくても本当に眠れていた。
だから大丈夫だと思ったが、次第に大丈夫じゃなくなってきたのに
薬がもうなかったのもあり・・・つい放置してしまった。
別にハードな運動とかをやるわけじゃないから
眠れてなくても、生活を送るのにそんなに支障はないようだが、
睡眠が足りてないと、がんばりはきかないし、
もともと人並み以下の体力がいっそう落ちたりもしていると思う。
ろくなこと考えられなくなってきたりとか。
デメリットばっかりだな!!!

病院で、眠れる薬をまた出してもらうことを考えている。
対峙しなくちゃならない心の問題を、他にも抱えていることだし
専門家に改めて相談する機会を迎えた、ということかもしれない。

眠れないときはもう、夜通しラジオかけてる。
爆笑問題の深夜の番組で、太田光くんが
ミュージカル映画「グレイレスト・ショーマン」の
メイキング秘話について語っていた。
あの映画に関しては、公式・非公式に関わらず、
撮影エピソードなどを紹介する関連動画のたぐいが
YouTube」とかでたくさん公開されている。
わたしもそれらをみていたので、
太田くんが話していたことも、
すでに知ってる情報ばかりだった。
でも、太田くんが話すとなんか破壊的におもしろくて
真夜中に声出してゲラゲラ笑った。
ハリウッドのオシャレなミュージカル映画
メイキングエピソードが、
太田くんが話すと、江戸小噺みたいになってしまう(笑)

みんなが寝静まっている時間帯に眠れないでいると、
「寝なくちゃいけないのに!」と妙にあせる。
あと、ひとりぼっちだなあ。という、寂しい気持ちも強まる。
眠れないことや、もっと眠りたいのに短時間しか眠れないことは、
わたしにとって日常茶飯事であるが、
心があまり元気でないときに、眠れないことまで重なると
とてもみじめで、つらい。
ラジオはそういうときの強力な味方だ。
寂しくみじめな気持ちが、軽くなる。
無意味な時間を楽しむことができる。

・・・

まえにカウンセラーの先生に
あなたの生活は、精神生活も含めてすべて、
「仕事のためのこと」「書くためのこと」に
意味が集約されてしまっており、
それと全然関係のない趣味とか楽しみがないようだ。
暮らすことそのものをもっと大切にした方がいいようだ。
と言われた。
そのとおりだ(笑)

映画の感想-『アクト・オブ・キリング』-190625。

原題:THE ACT OF KILLING
ジョシュア・オッペンハイマー監督
2014年、英・デンマークノルウェー合作

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www.youtube.com


2時間ちょっとのものと、
未公開映像を加えて再編集したうえでのちに発表された
2時間45分くらいの「オリジナル全長版」とがあって、
わたしが観たのは後者。

わたし自身の感覚からすれば、考えられないようなことが、
カメラの前で、平気で行われる。
衝撃的だった。
例えば華僑への差別感情を隠そうともせず、
彼らの街にくりだして、平然とカツアゲをする。
(「そんなんじゃ全然足りないよ、いつもの額じゃ困るんだ。
どうしたんだ、おれとあんたの仲だろう!」。)
選挙に出るからって、街の人に小銭とかばらまきまくる。
でも、受け取る方も、もらって当然という認識だ。
とにかく基本的に、モチベーションがわかりやすく「金」。
そんなところから始まって・・・
西部劇とか「007」でやってたからというんで、
針金を人の首に巻き付けて、締め上げて殺したときのことを
再現してみせる(「こうするとあんまり血が出ないんだよ」)。
「殺人なんて、人間は今までずっとやってきたじゃないか。
俺たちのしてきたことだけ問題にするのはやめてくれよ。
殺人が罪だというなら、カインとアベルから裁判にかけろ」。

まず 悪とは何か、ってところから・・・
イヤ 
それは、ちょっと、難しすぎる。
それは他のところで じっくりとトライしたい。

だけど ・・・殺人は悪なのか。
なぜ悪なのか。

何が悪かは、それぞれの社会が決めることだと思う。
公共の福祉に反するもの、
社会規範に著しく外れ
社会規範のなかにあるものに、害なすものこそ
悪である、としたならば 
ほんとうにひとつひとつの地域、社会によって
まったく違ってくるのが、悪の基準だろう。
社会を構成するのは人であろうから
人それぞれで違う とも言える。
殺人という項目についての認識さえもおそらくは。

わたしはわたしのいる社会に照らして 
おかしいものを、おかしいと見ただけで・・・
だから 殺人者であるところの本作の登場人物たちを
わたしが糾弾したところで、で?って話だと思う。
そりゃ もう ソフトなとこで例えれば
源氏物語において光源氏が いちどきに
10人も20人もの女性とつきあってるからといって
「とんだ浮気男だ!サイテー!」と言うようなもんで
当時はそれが全然アリの時代だったのだ。言ってもしかたない。
本作の登場人物たちは
1960年代インドネシアの 彼ら自身の 社会規範にのっとって
求められたことを、ただやった。
すくなくともある一面では。
やったのだ。そう要求されたので。

わたしは当時の彼らが ハンナ・アーレントなどの言う
「思考停止」状態であったとは・・・
厳密には・・・思わない。

もう老境にさしかかった あの登場人物たちが
今さら、おのれのしたことが何であったか
とらえ直すことを迫られるなんて、
かわいそうだな。
人殺しなんかにつまらない情けをかけるなとか
殺された人たちの身にもなってみろとか
まあそうなんだけど・・・ 
でも、かわいそうだな。
背負った業が、罪の意識が重すぎて 
心おだやかな老後なんかは、とても望めないと思う。
人を殺したことがなくたって、人生はとても苦しいのに。

「やるしかなかったんだ。俺の良心がそう俺に命じた」
という言葉が 強烈に印象に残った。
わたしは、
人は、自分のしたことについて説明をするときに、
「こういう事情でそうしなくてはならなくて」
「システムがそうだったから」
「あのときはそういう時代だったから」
「上官の命令だったので」
みたいな 理由付けをおのれに許しているあいだは
ずっと、おんなじことを おんなじように
繰り返すんだろうなと思う。
とすれば、
もし、もう60年代のああいうのみたいなことを
くりかえしたくないと思った場合、
それをかなえる方法は
可能性としてひとつしか考えられない。

「自分が今こうであるのは自分のせいである。
他の何ものも、その責任を負うものではない」と
言うことができればいいのだ。
何ものとは、人だけでなく
事情、社会、システム、上官とか上司、人間関係、
自分の外にあるもので、
それが自分にそうさせた、の
「それ」に入れられるもの、全部だ。
責任の所在を他者に求めることを
終わりにしたとき、初めて
これまでとまったく違うことを、始めることができる。

でも、
「俺の良心がそう俺に命じた」
とは。