BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

父のこと覚え書き

叔父と会った。また父についての話を聞いた。
(母のこと、両親の夫婦関係のことも含む。)
できごとを言葉に変換すると、できごととは異なるものになる。
でも、書いたものを総合的に観察すれば
イメージがくっきりしてくるかも。
長い年月離れすぎて、父がもうよく見えない。
聞いて、書いたものから、父像が再構築できれば。

・母は病気で小学校を留年した。
 それにより、いじめに遭った可能性が考えられる。
 それに、祖母は療養中の母に自宅学習をさせなかった。
 これでは復学後、授業についていけたはずがない。
 母も勉強をあきらめたらしい。
 ※そのせいもあるのか、母はおもに学歴についての
 コンプレックスがきわめて強い。

・父が都内の紳士服店を客として訪れた際、
 そこに勤務していた母をみそめたと、記憶していたが、
 実際には父もその店で働いていた。職場結婚

・母との結婚を契機に別の仕事を探すことになったが、
 父は結婚当時、運転免許を持っていなかった。
 免許がないと職探しにさしつかえると考えた祖父母が、
 父に免許の取得をすすめ、自動車学校の学費を援助した。
 のちに父は大型ドライバーになった。父の車の運転はじょうずだった。
 わたしは車に酔うが、父の運転で酔ったことはない。

・両親の離婚の直接的な原因は、父の多額の債務。
 父が隠していた借用関係の書類を、母がみつけたことで発覚した。
 母は父が借金を抱えていたことを知り、叔父に相談した。

・叔父は、他にも借りているはずだと踏み、父をといつめた。
 父は、別口の借金が複数あることを認めた。

・どこからいくら借りているか、父は把握していなかった。
 父のだらしなさにしびれをきらした叔父は、父につかみかかった。
 自宅の居間でのことだった。
 叔父と父が争っているところを、帰宅したわたしの弟が偶然目撃。
 叔父はそうした場面を末の甥に見せてしまったことを悔いている。

・弟は現在、近所にお嫁さんと住んでいる。
 叔父が誘っても、弟夫婦はなかなか顔を見せにこない。
 叔父は、かつての失敗により、甥に嫌われたかもと気に病んでいる。
 わたしの印象としては、弟は気にしていないと思われる。
 弟は(兄も)、父から暴力を受けることがあった。
 でも、自分を殴った父にさえ、弟は憎悪や嫌悪の感情をみせない。
 お嫁さんに「父のことを知らない」と語ったこともあるという。
 弟が父のこと(叔父も?)をいったいどのように 
 心に住まわせているのか、わからない。
 しかし、少なくとも憎んではいないように見える。

・父の証言は不得要領で、債務の全体が見えなかった。
 叔父と母は、借用書類の問い合せ先を手がかりに、
 関連会社などをあたり、債権者を探しあて、
 場合によっては即金で返済していった。

・叔父と母は、父の兄姉を訪ね、債務問題の相談をこころみた。
 兄姉たちはみな、われ関せずといった態度。

・返済作業と前後して、父と母は離婚。

・債務に、母を連帯保証人としたものはなかった。
 しかし、自宅家屋を担保としたものがあった。
 自宅の土地は母名義だが、家屋は父名義だ。
 父に返済能力はない。家の差押さえを阻止するには、
 母(と叔父)が返済にあたるほかない。そして返済はなされた。

・父は3人の子どもが成人するまでの養育費の支払いを約束し、
 月々の支払額をみずから提示した。
   払込先が子どもの名前の方が、はりあいもでるとの考えから、
 末子であるわたしの弟の名義で、養育費の払込用の口座を作った。

・父は離婚に際して転居した。
 最初にみつけてきた住まいが自宅から徒歩圏内だったため、叔父が反対。
 父が再度提示した住所は、自宅から車で40分ほどの街だった。
 至近距離に住めば、元家族と顔を合わせる
 おそれがあるのがわからないのか、と叔父がたしなめたが、
 父はそのへんのことは考えなしのよう。
 わたしはこのくだりを聞き、
 父は現実を受け止めるのが好きじゃなかったんだろう、と。
 その性格は、わたしが受け継いでいる。

・引越し作業は、母と叔父のほか、父方の甥がひとり手伝った。

・父は、数千冊の蔵書を残して去った。
 職場のトラックを借りてきており、運搬は可能だった。
 叔父も母も、父が本を置いていくと主張したことを意外に思った。
 父の蔵書はわたしが受け継いだ。

・養育費の払い込みは途絶した。
 母は父の勤務先を訪ね、事情を話した。
 会社は養育費の給与天引きを申し出てくれた。
 しかし叔父が、気分の悪い思いをしてまで、これ以上父と
 関わり合いになることはないと、母に養育費の受け取りを断念させた。
 以後、叔父が母に、経済的援助を行った。
 長男であるわたしの兄の就職が決定するまでそれは続いた。

・父は存命のはずだが、所在など詳しいことは不明。
 何かあれば、父の兄姉が知らせてくるはずだと 叔父は考える。
 わたしは、父が死去しても知らせはないかもしれないと思っている。