BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

ビッグイシューのカバーが真木よう子さん/「宝石の国」を観始めた-180621。

2週間に1回の割で 新宿の病院にいく用がある。
小田急新宿駅の出口のところにいる販売員さんから
ビッグイシュー」の最新号をいつも購入している。
前号の、カバーがリリー・フランキーさんのは
買いそびれたが 
販売員さんはバックナンバーも持っている。
次行ったとき 出してもらって買おうとおもう。

毎回 ペットボトルのお水を1本 差し入れしている。
けどたまには 塩分のとれる・・・経口補水液的な 
ポカリスエットのようなものを
差し入れして変化をつけてもよいのではあるまいかと
このまえ友人にすすめられたことを 思い出し
今日、1冊購入したときに
レモンスカッシュ的なものを買って さしあげた。
販売員さんがそういうの好きかわからないけど。
いちおうおもてむきは すごくよろこんでくださった。

最新号のカバーは真木よう子さんだった。
元気そうな姿をみることができて うれしかった。
すこしふっくらとしたようで 健康そうに見えて安心した。
元気でいて 自分の演技に集中していてくれれば
それでいいとわたしはおもう。
それにしてもマリオン・コティヤールをおもわせる
まるいお顔と おおきな目、気品のある笑顔。
ほんとにすてきだ。

・・・・・・・・・

このまえ市川春子さんという才能あるマンガ家を知った。
市川春子さんの同名のマンガが原作の
宝石の国」というアニメを観てみている。

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afternoon.moae.jp

 

land-of-the-lustrous.com



映像がすごくきれいだ。
これからなにがおこるのかはぜんぜん予測ができない。
「虫と歌」に、菩薩さまの掛け軸がでてくる場面があったけど
作者は仏教芸術か・・・宗教的なものに 
関心があるのだろうか。
宝石の国」は、すごく宗教的な物語だとおもう。

読めない/市川春子「虫と歌」-180619。

駅のホームで電車をまっていたとき
フラッシュバックに遭い、そのまま調子をくずし
予定はぜんぶとりやめとなった。

自分でもなかなか 体調の波をつかみきれず
きょうはどうかな?みたいなことが 読めない。
読めない。
どうか、大丈夫そうか、と聞かれてもこまる。
わからないとしか答えようがない。
だが わからないではすまされないのが実際のところだ。
大丈夫そうだと答えて大丈夫じゃなかったときには
周囲に迷惑をかけるし、自分もまことにおちこむ。
「『大丈夫そうだ、がんばってみる』と口にだしたからこそ
きょうはなんとかがんばれた」と 振り返ることができる日もある。
わからない。どうしようもない。

でも ずっと内にとじこもって横になっていることもできないのだ。

自宅を出発した時点では、こんなことになるとはおもってなかった。
すごくかなしいきもちになった。
こんなことをまだまだ何度も耐えて
いかなくちゃならないのかとおもうと。

出かけておきながら このような時間にとんぼ帰りしては
家人に見とがめられて こころやすく休むことなどできない。
図書館とか 座って体を休められるところに
行ってみようかなと考えたが 
座るのではなく、横にならなくてはという体感があった。
ちかくに住む友人に連絡してみたところ
仕事がおやすみとのことで
きていい、一日寝ていろといってくれ、
駅まで車でむかえにきてくれた。
家ではすでにベッドが わたしのためにととのえられていた。
夕方目をさましてみると 調子は戻っていた。
まだじっとしてこれでも読んでろ、とわたされたマンガが傑作だった。
市川春子というかたの作品集で、「虫と歌」というものだった。

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kc.kodansha.co.jp

このように魅力的な物語を かく人がいると知らなかった。
めまいをもよおすほど壮大なSF、言葉少なでやや難解だが
妙にしずかで、ゆったりと時間がながれ、
それに、さびしかった。
彼女の描くマンガの世界にいると呼吸が容易であり、
体がラクにうごかせた。

九井諒子さんを知ったとき以来の感動だった。




わたしも友人が外で調子をくずして 助けをもとめてきたときに
自分のベッドをあけわたし、一日ここで寝てていいよと
言ってあげられるような人間になりたい。

「犬ヶ島 Isle of dogs(2018)」-180617。

※ねたばれというほどでもないですが 内容には触れています。※

ストップモーションアニメ映画「犬ヶ島」を観た。
(Isle of dogs、ウェス・アンダーソン監督、2018年、米独合作)

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あと5回くらいふつうに観たい。
ゆうべ なんのきなしに家で観た映画がぜんぜんおもしろくなくて
ほんとうにがっかりしていたところだったから
このようなモノスゴイ作品を スクリーンで楽しむことができて
うれしかった。

かの傑作「グランド・ブダペストホテル」や
「ファンタスティック・ミスター・フォックス」をてがけた
監督だ、ということは 観る直前くらいに知った。

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あの人なら 傑作まちがいなしだろうと期待してかかって
なおそれを上回ってきた。

近未来の日本、「メガ崎市」(!)が舞台の物語。
市の政権を掌握するのは、小林家という旧家。
一族はゆえあって代々「犬」がだいっきらい。
市長は、街から犬を殲滅したい。
ドッグ病なる人獣共通感染症が確認されたのにかこつけ、
街中の犬という犬・・・ペットも含む・・・を
離れ小島「犬ヶ島」に隔離(廃棄)する政策をおしすすめる。
しかし、じつは小林市長も犬を飼育していた。
息子アタリの忠実なボディガード犬、スポッツだ。
にっくき伝染病の媒介動物を殲滅、という政策でヒーローとなり、
次期市長選の再選を盤石なものにしたい市長。
自分が犬を飼っているんじゃしょうがない。
隔離第1号にスポッツが選ばれ、さっそく島に捨てられてしまう。
アタリにとってスポッツは、唯一の親友。
彼は12歳にして単身犬ヶ島にたびだち、スポッツ救出をこころみる。
・・・

登場するパペットたちが
ぜんぜんかわいくない点だけガマンすれば、
これほど夢中にさせてくれる映画って
さいきんあんまりなかった。

一画面 一画面
偏執的なまでに描きこまれた
細密画のようなしあがりで 
まばたきするのがもったいないくらい。

パペットたちの表情の変化・・・
顔が紅潮したり 目に涙がにじんだりを
いったいどうやって実現したんだか 
わたしにはぜんぜんわからないが ほんとにすごかった。

とくにやられたのは
お寿司をにぎる 職人さんの手元を真上から撮ったシーン。
数種類のネタをそれぞれしめる、さばく、握りまでの
ながれるような動きが完璧に再現され
(実写じゃない。ストップモーションアニメ。)
でもよくよく考えるとあれは 最後ににぎるお寿司に
暗殺用の毒入りわさびをつける、というただそれだけのシーンで。
「どう考えても監督がただやってみたかっただけだよね」感が
たまらなくよかった。

また、犬たちの鼻のあたまに薄桃色の花びらがくっついて
ひらひらしているところ、
乱れた髪の毛をなおしてあげるやさしい手つき、
芸のこまかさにいちいち泣けた。

世界観は
60年代日本がベースのレトロフューチャー
といったかんじが近い。
「天国と地獄」や「酔いどれ天使」にでてくる
日本の建物や人びとの服装、表情を参考にしたと
監督は話しているようだけど
黒澤明よりもどっちかというと小津安二郎の影響を見たようなきがする。
ただ 市長のルックスは文句なしに三船敏郎(笑)。

タルコフスキーの「ストーカー」や
キューブリックをおもわせるシーンも。
知ってればたぶんもっといろいろとわかっておもしろい。

心ある科学者たちによってドッグ病の血清が開発され
発病しても完治が可能となったにもかかわらず
市長はその情報を黙殺、隔離政策を断行する。
市長の目的はじつのところ伝染病の根絶でもなんでもないからなのだが。
一部の強者の利権のために 真実がにぎりつぶされ粉飾される。
みんなにとって有益な事実も
情報を受け取る側の眼がくもっていたり
単に「現状をいまさら変えることがめんどくさ」がられたりすれば
だれにも注目されない。
少数派意見の尊重が標榜されながら
その裏で「不穏分子」の抹殺がまかりとおる。

現実世界のいたるところで いままさにおこっていることが
アニメにたくされて うまく描かれていた。

本気で何かを変えなくてはいけないとおもったら
犠牲も覚悟しなくてはならない、
そういう世界が存在したし、いまもあるのだと感じた。
なにも腕力でやりあわなくても話し合いで・・・ というのは
それだけ穏便で平和な世界を 自分が享受していて
そのことのすごさを普段ちっとも考える必要がないくらい
穏便さ 平和さが「続いている」からこそ言えることで
しかし、そうした世界は 
ものすごい量の血と しかばねのうえに 
なりたっているのだとおもう。

また、すべて失っても本人がくさってないかぎり
チャンスはきっとまたある、ということは、
隔離処分となった元飼い犬たちが教えてくれた。

チャーリー・モルデカイおもしろくなかった-180616。

2年くらいまえの映画
チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密」を観てみた。
(Mortdecai、デイヴィッド・コープ監督、2015年、米)

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映画としての「いいところ」は
ひとつも見つけられなかった。
映画みててこんなにたいくつになることってあるか、とおもうくらい
たいくつだった。

この仕事をうけたどころか、製作かなにかまで担当したという
ジョニー・デップの気が知れない。
そのジョニー・デップも 役としてぜんぜんだめだった。
ムリが感じられてしかたなく、しんどかった。

もっとぜんぜん売れてない役者さんばかりで
下品で やすっぽい映画だったにせよ
たとえば「デッドプール」には
野草のように強靭な意思のようなものと
あちらのお国の「らしさ」みたいなもの
そんな 芯のようなものを感じた。

圧倒的に無内容な映画だったにせよ
たとえばトム・クルーズの「ザ・マミー」なんかは
あれで うむをいわさぬ勢いみたいなものがあり
全力かつ積極的にお金をドブに捨てにいってるかんじが
なぜだかけっして悪くなかった。

ダメさにかわいげがないというか。
ダメならせめて愛嬌がほしいみたいなことかもしれない。
それさえないのはもう どうしようもない。

おもしろい映画が恋しいなあ。

児童期の読書-子どもらしい本を読まない子どもだった-180613。

児童向けの本をあんまり読まないで育ったようにおもう。
幼児向け、絵本ともなるとさらに縁が薄かった。
あの「ぐりとぐら」すら未読だ。
え、だって、ぜんぜん興味ないんだけど。あれ。

読んで感じたなにがしかが、心や頭にしみとおり血肉となる、
体はどこにもいけなくても、心は旅にでられる、
読書という行為について そんなような
一種の哲学の種を心に育てるようになったのは、
つまり読書を自分にとって大切な いとなみと
とらえるようになったのは、中学3年あたりから。
(「哲学の種」は育たず、わりとはやめに腐り落ち、
わたしは単なる活字中毒と化したが。)

児童向けの本に、児童のうちに親しんだ記憶があまりに乏しい。

でも、ほんのいくつかは、おぼえている。ほんと、これだけ。
これがすなわちわたしのオールタイムベスト。
このブログを読んでくださるかたと 
思い出がかぶるものはあるかなあ。


寺村輝夫/挿絵・和田誠
「ぼくは王さま」

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5~6歳か。祖父母宅(現・叔父宅)で。
おとまりした朝、起きて階下に顔を出すといつも祖母が
「まだ早いからふとんに戻って、マンガでも読んでいなさい」と。
そのたびに書棚からこれを出して、読んだ。

新・名作の愛蔵版 ぼくは王さま | 株式会社 理論社 | おとながこどもにかえる本、こどもがおとなにそだつ本




工藤直子/挿絵・長新太
「ともだちは海のにおい」

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小学2年。
宿題の読書感想文で
原稿用紙50枚ぶんほど、本作への思いをつづったら
担任の先生にドン引きされた。
くじらがフランス旅行に行く、イルカの趣味が筋トレ・・・ 
わけがわからなくて大好きだ。
大人になって自分で購入し、今でも読む。

ともだちは海のにおい | 株式会社 理論社 | おとながこどもにかえる本、こどもがおとなにそだつ本




カレル・チャペック
「長い長いお医者さんの話」

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小学校高学年。図書館で何度か読んだ。童話集。
表題作は、その名のとおりお医者さんがお話をするお話だ。
性悪の魔法使いが、梅干しかなにかのタネをのどにつまらせる。
かけつけたお医者さんはのん気な人で、
死にかけの患者を尻目に、いろんなお話を披露する。
有名な(有名だっけ?)「ソロモンのおひめさま」、
水辺の妖精の骨折を治してやったときの話・・・、
夢があって、でも風刺がきいて、よかった。

長い長いお医者さんの話 - 岩波書店





◆ウルズラ=ウェルフェル
「火のくつと風のサンダル」

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小学4年か5年?
いじめられっ子の男の子と
お金もうけは苦手だが愛情深いお父さん。
父子は男の子の誕生日を記念して、長期旅行にでる。
旅の場面もたのしいが、むしろなんでもない日常の描写がすきだった。
お母さんが、旅の荷物にケーキを作ってくれるけど
「あしたにならなくちゃ、切ってはいけませんよ。
まだ、できたてですからね」とか。
「市場にでかけていって、物売りのおばさんたちが品物をひろげる
手伝いを」して、お駄賃かせぎをするとか。そういうのが。

火のくつと風のサンダル | こどもの本の童話館グループ





アーシュラ・K・ル=グウィン
ゲド戦記

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小学校高学年か中学1年。
指輪やナルニアもいいが、
本作こそわたしにとって別格。
外伝も含め全巻くりかえし読んでおいてなんだが 
最高傑作は第1巻「影との戦い」。
カラスノエンドウとのわかれの場面や
「いとしいハイタカよ」にはいつも泣かされる。
ハイニッシュサイクルやオルシニアは、
大学生にもなってやっと読んだ。

ゲド戦記 全6冊セット - 岩波書店





◆ルーマー・ゴッデン
「人形の家」

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小学校低学年・・・だったかどうかさだかでない。
お人形遊びがだいすきな姉妹に、ある日
豪華なアンティークのドールハウスと 
これまた年代もののビスクドールが贈られる。
姉妹のもとには先住のお人形一家がいる。
やさしい姉妹のお世話をうけ平和に暮らしてきた彼らだが、
新しいお人形が仲間入りしたのを機に
その生活や人間関係が狂わされて・・・と、
今おもえば生々しいものをはらんだ物語だ。
真実とは何か、心はなぜうつりかわるのか、そんなテーマを 
お人形たちをめぐる事件に託して巧みに描いている。
だが 読んだ当時は
お人形やドールハウスのディテールの描写にただ心をひかれてた。
総花柄の装丁も思い出深い。
ここに掲載したのは現在市販されているものの画像なのだが
わたしが読んでいたのは、これじゃない。
図書館にしかないのだ。個人的には持っていない。
調べたところでは
岩波少年文庫創刊40周年を記念した限定版とのこと。
本作は全30巻セット中の一巻。いまや入手困難だ。
わたしはやはりかつて親しんだ、
あの花柄の表紙のものでなくてはほんとうはイヤだ。
ときどき古書店やオークションサイトで・・・出回るようだが 
どうしたものかね。
図書館にたまに読みに行くけど、もうぼろぼろなんだよ。
わたしくらいしか読んでいないとおもうんだけどな。
お願いしたらゆずってもらえないかな(笑)。

人形の家 - 岩波書店

宮部みゆき「クロスファイア」-180610。

先日、宮部みゆきクロスファイア」を読み返してみた。
宮部みゆきさんの作品は どれも大長編だ。昨今はなかなか手がでない。

クロスファイア[上] 宮部みゆき | 光文社文庫 | 光文社

 

クロスファイア[下] 宮部みゆき | 光文社文庫 | 光文社


読み返すと まあこんなものかというかんじもちょっとあったが
抒情的な表現が 唐突でなくしつこくもない程度にうまくさしはさまれ
(※「母のように。愛のように。」とか。
ラストシーンでも一部 くりかえされた。)
先がどうなるのか、とグイグイ読みすすめるだけでない
読書のたのしみ・・・文章をあじわう楽しみを
おもいださせてくれるところが いいような気がした。
真保裕一さんくらいになると 
ちょっとしつこすぎると感じるうえに
表現それじたいも自分がすきなセンスじゃなかったりして 
ウーン、こういうのはあんまりいらないんだがなとか つい思うのだが。

女性や、少年少女を生き生きと描く作家さんだ。

本作では淳子やちか子、信恵ちゃんがすごくよかった。
「龍は眠る」の少年ふたりや「魔術はささやく」の守、
「レベル7」の母子、「ブレイブストーリー」も少年が主人公だ。

スティーブン・キングの「ファイアスターター」に
すごく似ているところがたくさんあるけど、
超能力それじたいのすごさを描くことに
キングほどには注力していない。

ほとんどの場合、
法律の網目をかいくぐる犯罪者たちに
正義の裁きをくだすための ツールとしてのみ超能力があるので
念力発火能力はこんなことができるんだよ!
こうやって利用されていくんだよ!というのを描くSFではない。

ただ、主人公を女性にしたところと
彼女の能力が炎の力だということにしたのは うまい。
女性にすることで 巫女、シャーマン、呪術、魔性といったような
方面の連想をよぶことができているし、
炎には あしきもの、けがれたものを浄化する力があると
昔から みられてきたところがあったはずだからだ。
彼女の力のすさまじさの描写や
力をふるう淳子の胸のうちの描写にぬかりはなく
淳子にじゅうぶんに心をよせて読んでいける。
個人的にはもうすこし 
彼女が自分の能力にのみこまれていくところを
見たいような気もするし、
あと、浩一が登場してからは、どうもこの物語は
淳子にとってのハッピーエンドにはならないらしい、ということが
はっきりとわかってきてしまうので
それを知りながら読み進めるのにも つらいものがある。
彼女の炎は 彼女自身の手で鎮められつつあったのに、
他人の手で 本人ののぞまないタイミングでもみけされたように見える。
淳子は それをうけいれたが
あの状況ではそうするよりしょうがなかっただけで。

クロスファイアは十字砲火の意らしく
十字、が十字架、をおもわせて
さらに淳子のなすことが 
犯罪者たちのひそかなる制裁であることから
十字架は裁き、淳子はその執行人、で話がすすむのに
とちゅうから執行人が完全にいれかわり
十字架に磔にされる人物が淳子自身となって、いたいたしい。
淳子がたったひとり営々とうちたててきた十字架が 
圧倒的な数の力によってかんたんに叩き折られ
まあたらしい十字架に 淳子の両手両足が磔に。

牧原と一樹のぶつかりあいのシーンはいい。

本作は「燔祭」という中編の続編的位置づけらしい。
読んでいないんだけど
本作を読む限り相当 内容のぎっしりつまった物語だったみたいだ。
よくこれだけの要素を中編規模にまとめたな!と。
「燔祭」のほうもぜひこれから読んでみたい。

接骨院の先生とのやりとり。-180608。

2日まえ、近所の接骨院にいった。
空いていて、患者はわたしだけ。先生といろいろな話をした。

正直なところいうと死にたいと考えていると 話した。

先生は、
その死にたいは 死にたい ではない、と。
何か、違う気持ちの可能性があるから
ほんとうの気持ちをもっとよく考えて
真剣にほりさげろ、という意味のことをいわれた。

「だいたい肩がいたい腰がいたいって
マッサージ受けにきているやつが 死にたいわけねえだろうが」。

たしかに(笑)!!

似たことを考えることが何度もある。
死にたいとかおもうほど 心を追い込むことで
生きている実感をえようとしているのかもしれないと。
気持ちを的確に探りあてる必要があるんだろう。

「何が苦しいんだ。」

「みんなができることができてないこと。この年齢の女の人生の
テンプレートから逸脱していること。なのにどうにもできないこと。
だとおもうが。」

「おまえを『かわいそうな人だなー』とか思ったことはないけどねえ。
好きな仕事をやって楽しそうにしてたじゃないか。
たしかにほかの30代の女の人がやっていることは
なにもしてないっちゃしてないけど
生きがいをもってやっているんだなとおもってたけどね。
それに、結婚とか子どもを産むとか
そういうのをやりたいと本気でおもうのか。」

「おもっていない。」

「おもってないんだろうが。
みんなとおなじにできなくてなんとなく
『自分はこれでいいのかなあ』と考えるきもちはわかるけど
ほんとうにしたいかどうかは別だろうが。
苦しいのはそういうことじゃないとおれはおもう。
つらいことがあって仕事を辞めただろ。
仕事が生きがいだったんだから
ぜんぶなくなって体も壊して何もなくなって
生きがいがなくてつまらないんだろ。
つまらなければつらいのはあたりまえだ。
楽しく生きられなくてつらいんじゃないのか。」

「でももう前と同じように前と同じ仕事をする力は残ってない。」

「生きがいが仕事じゃなきゃだめとはかぎらないし
ほかの仕事が生きがいになるかもしれないだろ。
楽器をまたやるのもいいだろうし。
でもおまえは体が弱い。そこはわきまえろ。
生まれつきだから、あきらめないとだめだよ。
あきらめたうえで、その体で何ができるかを考えろ。
できないのに無理して早死にしようとしている。」

「ずばずば言うなあ。すごい傷ついた。」

「うるせえ。
心をこめてマッサージをして ケガもみてやったのに
死にたいとか考えるやつが悪い。
死なせるために治してるんじゃねえのによ。
考えて、やっぱりほんとうのきもちが
『死にたい』だ、という結論なら、おれに言え。
首の骨を折って死なせてやる。一瞬だ。」

「先生が犯罪者になってしまう。
先生に責任はありませんという遺書を書いておこう。」

「それが悪いとおもうならおれの知らないところで勝手に死んでくれる?」

「めちゃくちゃだ。先生がやってくれるなら安心とおもったのに。」

「それにしても、死んだらそんなにいいのかね。」

「わたしはいまのところそうおもってるんだけどねえ。
まあ死んだことないからほんとはわかんないね。」

「おまえの人格や思想の形成には
両親の離婚とかおふくろさんとの確執とかが
やっぱり からんでいるんだろうな。」

「理想が高すぎるのかもしれない。
家族に完璧な幸福を見すぎて
完璧じゃないなら要らないとおもうのかも。
完璧なことは自分にはむりだ、とか
完璧なものなど自分が手に入れることはできない、とか。」

「ふーん
いままで、何かあっても親に相談したことないんじゃない。」

「おぼえているかぎり1回もない」

「『なによ、あたしのほうがもっとつらいわよ』
という反応がきそうなイメージ。おれがおまえなら話す気なくすな。
おまえが物心つくころには、だんなとのことで大変だった計算だしな。
おまえが中学のときに離婚したとなると。40になるかならないかだろ。
まだこれからの年齢なのに再婚もしなかったということは
そんなこといってられないからって、人生を棄てたんだろ。
子ども3人だからな。だれも援助してくれなかったのかね。」

「叔父が、わたしの兄が成人するまで経済的な援助を。」

「叔父さんの嫁さんも理解のある人だな。おまえのとこ借家か。」

「持ち家だよ。」

「家を手ばなして金作って、とは考えなかったのかね。」

「家の名義は父で、家を担保にいれて借金していたから
売れなかったんだとおもう。
それに祖父が建てた家だから、守りたかったんじゃないか。」

「おやじさんは養育費とちゅうでやめちゃったんだろ」

「やめちゃったらしい。」

「養育費とか慰謝料とかって、大変なんだよ(笑)。
知り合いにも何人も、支払いで苦労してるおやじがいるよ。
ともかく、おふくろさんは子どものためにというんで
人生を棄てたくちだね。
息子を塾に送るくとき、車からおふくろさんをたまに見るけど。
ぜんぜんおまえ似てないよな。おふくろさんは
顔が暗くて 怒ってるのかな?ってかんじだけどね。
でもお前は外で見てものんびりしたよゆうのある表情をしている。
ほんとに血つながってる?とかおもわない(笑)?」

「さすがにそれはない。
母の横顔が、引くほど自分と似ててぞっとしたことがある。
父親似だとおもってたんだけど。
先生はわたしの母が暗くて怒ってるのかなってかんじといったけど、
わたしも人にそう思われていたら、かなしい。
でも人生をなげうって自分のために生きてくれた人を
こんなふうにおもうなんていけないことだ。」

「おまえがおふくろさんに似ているだと。
ぜんっぜん似てねえ。
おまえの人生だ。親は関係ない。
おふくろさんは、関係あるとか言うかもしれないし
おまえがおふくろさんをおいて幸せになることがゆるせないとか
言うかもしれないけど 本気では思ってないよ。
たま~に本気で考えてる親もいるみたいだけどね。
でも おまえの人生がおまえのものであるように
おふくろさんの人生もおふくろさんのものなんだよ。
子どものためにやりたいことがまんしても、
それは本人がそうしたいからしたんで、自分のためだよ。
ほかの方法を選ばなかったのは本人なんだよ。
だからお前のためにやってきたのにと もし言われても気にするな。
親の気に入るように生きられなくても 罪悪感をかんじなくていい。
親が好きじゃなくても 自分を責めなくていいんだよ。
自分が悪いとおもうんだろうけど。子どもってみんなそうだから。
親はそういうものなんだ。
おまえはおまえなりに生きてきて 感じたこととか
作ってきた人間関係があるだろう。それは固有の財産なんだよ。
おまえはおまえで生きろ。だれも関係ない。」

「そう思えるようになればいいとおもう。」

「おれはもう帰りたいんだが それにしても
おまえのローラー機 止まらねえな。
10分なのにもう30分くらい回っている。
それ たまに自動停止しなくなるんだよね。」

「全身ローラーをされまくってふにゃふにゃだ。」

「うるせえ。とっとと帰れ。」

・・・

先生はとっとと帰れといったが
このあと先生の小学生の息子さんが
学校の子にいじめられたときのことなど語ってくれ、
さらに1時間くらい話し込んだ。
いじめっ子は学校のクラブの仲間。
先生の患者さんにクラブの別の子がたまたまおり、
その子をとおして「息子にちょっかいかけたら殺す」と 
いじめっ子に伝えたところ、いじめがぴたりと止まったそうだ。
息子さんは、いじめのことを先生に相談していたようだが
お父さんが積極的にこの件にからむはずはない、とおもっていた。
なぜなら、事態を把握した担任が「学級会議でとりあげる」といいだしたとき、
先生は「学級会議はやめて」と担任にたのみこんだそうなので。
息子さんはいじめがなくなったことの理由がわからず
ふしぎがっていたそうだ。
「いじめられなくなった・・・ なんでだろう」。
それをながめながら先生は
「さあ、どうしてだろうねえ。」
と しらばっくれていたそうな。

「いじめってのは、ほんとうにかわいそうだよな。」
先生はそう話した。
「かわいそう」
という素朴な感想が心に残った。
「息子も、悪口とかいわれたのは1週間もなかったんだけど、
家に帰ってくるたび表情が暗くなっていって、
これはなにかが起こっている、ってわかったからね。」
「いじめは、やられると、すごいスピードで
生きる力を奪われていく。」
と話すと、真剣な表情でうなずいていた。

「しかし、死んだらそんなにいいのかね。」

「わたしはそうおもっているんだけどなあ。」

「おまえが死んだら周りは大変だぜ。」

「大変じゃないとはおもわないけど、
大変なのはほんの一瞬でしょう。」

「でも、なんでなんだ。」

「少なくとも、命がなくなれば、もうかなしいおもいを
しなくてすむだろうなとおもうんだよ。
かなしいおもいをしたくないでしょ。」

「若いのの自殺が増えているだろう。
新聞とかに載ったかわかんないけど、
この前の春に、U町で中学生が自殺したんだよ。
公立高校の入試があった日に、
その子と母親とそろって自殺したんだよ。
合格発表じゃなくて、入試があった日だよ。
たぶん、失敗したとおもって、死んだんだよ。
おやじさんのことをおもうとなあ。
嫁さんと子どもといっぺんに亡くしちゃってさ。」

「そのふたり、死ぬことなんてなかったのに。
でも、受験が世界のすべてみたいになりすぎて、
親子そろって 自分をおいこみすぎたのかな。
かわいそうだね。」

そう答えると、先生は困ったような顔でだまって笑った。
「おまえもいろいろ大変なようだな」か
「このバカ野郎が」か
「なにいってんだかさっぱりわかんねえや」か
何の意味の 笑顔だったかは 不明だが(笑)