BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

ヴィンランドサガを読むと、ととのう。-191114。

ヴィンランドサガの 
安定しているところ、
どことなく陽性で、健康的なところが好きだ。
作者がそういう人なんだろうと思う。
たぶん、心も体も壮健で、性格は明朗快活で、
笑顔でいることが多い人なんじゃないだろうか。
「ワンピース」と、その作者にも、似たようなことを感じるが。

ヴィンランドサガは、暗く、苛烈で、
残酷な展開が続く物語だ。
でも、作者が決して物語の世界の闇に堕ちていかない。
大作だが、いまも力強く自分を保って描き続けてくれている。
作品がいつでもしっかりと、作者自身のものなのだ。

作者が安定していると
作品も安定し、
それを読む方は 安心できる。

そういうふうに思えないマンガもある。
ベルセルクとか。
わたしは ベルセルクをこよなく愛してるが
ベルセルクとその作者を心配してしまう。
狂ってしまうのではないかと思って。

あきらめるのが早い人。-191114。

今日、友だちとこの記事↓について話した。

york8188.hatenablog.com

かき集めてバッグに入れた物のなかに「楽譜」があったのは、
長年、音楽をやっていたからだと思う。
「自分は音楽をやっている」という意識や、
楽譜が必要だ、という意識が今も強くあるから
先日見た夢のなかにも楽譜が「必要なもの」として出てきて、
持って逃げることを選択したんだろう。

楽譜、必要、大切なもの、といったキーワードに
まつわることで、今もはっきりと覚えていることがある。
わたしの、楽譜というものの取り扱い方、価値観? 
のようなものを、
音楽仲間に激しく非難された思い出だ。
具体的には、わたしが コピー仕損じた楽譜や
演奏会が終了してもう使わなくなった楽譜を
処分していたことと、
使わなくなった楽譜をしばしば裁断して
メモ用紙として使っていたことを、非難された。

音楽をやっていたとき、音楽仲間たちはみんな
楽譜を大切なものと考えていた。
大切、特別、尊重するべきというような。
なぜそのように大切にするのかと、仮に仲間に尋ねれば、
おそらく
「演奏の際にいちいちその曲の作曲者と会って
 一小節 一小節 解説を求めることができない以上
 楽譜は作曲者の意思を知ることができる、
 唯一の物だから」
的な答えが返ってくるのだろうなと予想される。
あとは、仲間と練習に明け暮れた思い出が詰まっているとか。
だが仲間たちの、楽譜という物のとらえ方は
言わば「神聖視」に近かった。わたしはそう感じていた。
米粒ひとつに七人の神さまが宿っているので
残さず食べるんだよ、みたいな感じと似ていた。

別にそれが間違ったことだと言うつもりはない。
気持ちは理解できるように思う。

でも、わたしは、楽譜を神聖視してはいなかった。
今も、していない。
楽譜は印刷物だ。
大事でも何でもないなどと言うつもりは毛頭ないが
聖遺物のようにあがめたてまつる神経は
わたしにはどうも理解しにくい。
これがチャイコフスキーの「白鳥の湖」総譜初版、
熊川哲也の楽譜コレクション・・・だったら
話は別のような気もするのであるが、
もちろんここでは、
熊川哲也のお宝の話をしているのではない。
一般的には、楽譜は紙だ。
市販されているものだ。
ローソンやセブンイレブンコピー機
いつでも複製できるものだ。
昨今はデータ化も進んでいる。
スマートフォンタブレットに入れた楽譜を見ながら
演奏するプレイヤーも少なくない。
世界にひとつしかないものではない。

これ以上長々説明する必要もないような気がするから
そろそろ話を先に進めたいのだが、
もう少しだけ言わせてもらうと、
音楽の学習者として、楽団や吹奏楽部の一団員として
わたしももちろん、楽譜を活用していた。
書き込みをしている場合も多かったから、
楽譜がないと、練習でも発表でも困った。
ただ、そうした意味で楽譜が必要であるという考え以外には、
仮に紛失したり破損したりしても楽譜そのものは替えがきく、
そんな実際的な認識しか、わたしにはなかった。
今もそうだ。
一般的には紙であり、市販されている物であり、
楽団や吹奏楽部の楽譜管理係が原本からコピーしたものを、
受け取って、使っていたのだから。

ピアノを習わされていた小学生時代
吹奏楽をやっていた中学・高校・大学時代
ずっとわたしはそういう認識。

でも 仲間はわりと
楽譜をもっと神のように
大切に考えていた。
わたしにはそう見えていた。

わたしは、楽譜のコピーしそんじたものや、
演奏会が終了してもう使わなくなったものは、
普通に処分していた。
同じ楽団で、同じ曲をもう一度発表する可能性もあるので、
手持ちの楽譜をとっておいた方が良いのでは? と
音楽の現場にいたことがない人は、思うかもしれない。
だが、違う。同じ楽団で同じ曲をやるのでも
その時その時で、曲の解釈はまったく違うものになる。
まったく違うニュアンスの曲に仕上げることになるのだ。
楽譜は、都度新しく、コピーのうえで配布される。
以前演奏したことがあって楽譜をとってあるから、といって
自分だけその古い楽譜を使って練習する
そんなアンサンブルプレイヤーはまずいない。
(説明は省くが、実は独奏でも同じことが言える)
自分用に配布されて、演奏会当日まで
ずっと使ってきた楽譜を、用が済むとわたしは処分した。
時々、裁断して、裏面の白い所をメモ用紙として
使うこともあった。
当時、それを知った音楽仲間が
鬼畜にも等しい神経だ、なんてやつだ。
と ひどい剣幕で非難した。
(「鬼畜にも等しい神経だ、なんてやつだ」
 と、本当に言われた)
正直なところ、いたく傷ついた。
その人は楽譜を非常に特別視していたのだろうから、
わたしを非難したい気持ちになるのは
理解できないこともなかったが、
鬼畜とは。
そこまで言われなきゃいけないことかなあ。

楽譜はコピーができるし、
仮に破ってしまったり失くしたりしても
替えが入手できる。
だが あのように面罵され
人格を否定するに等しいことを言われたこと、
それをわたしははっきりと記憶していて、
つまりわたしの傷ついた気持ちは
その意味では回復していないわけなのだ。
認識の違い、価値観の違い、ただそれだけなのだが。

楽譜は神ではない。紙だ。
と 思っている。わたしは今でも。
音楽をやる時に必要になるものではあるが、
一般的には骨董品ではないし、聖遺物でもない。
骨董品や聖遺物的なものとしての楽譜は
博物館か、熊川哲也の書斎にあるのだ。

だが、わたしは物を大切にしていないわけではないし、
必要な物をゴミのように扱っているわけでもない。

ところで、例えば楽譜の価値?について
そういう認識を備えたわたしと、
失うこと、捨てること、奪われること、棄てられること
そのへんの関係についても、ちょっと考えた。

わたしは「あきらめ」が良い。
自分の持ち物を、自分という存在から、
切り捨てるのが、きわめてうまい。
捨てることに躊躇がない。
どんな物でも、それにまつわるすべての記憶や
執着心や所有欲もろとも、自分から切り離すことができる。
ある物を持っていることが、自分の今後を危なくする、とか、
こういうことはあまりないが(精神的な意味合いを含めて)
わたしの身動きを取りにくくし、歩みを困難にしている原因が、
自分の何らかの「持ち物」にあると判断した時、
わたしはその物が何であろうと切って捨てられる。
肉体の一部分であってもだ。
自分のことがちっとも大事じゃない、などと
自虐的なことを思っているわけでは別にないが、
臓器、顔、声、聴覚や視覚、髪の毛、腕や足の1本や2本、
失って困るような仕事をしているわけじゃないし、
ある程度かまわない。
無論シミュレーションは完璧ではないが、
ひとまず今はそう思う。

ずっとそうしてきた。
たまたま今まで持っていた、
今からはもう持たない
それだけのことなのだ。

去年、ほとんど身一つで実家を飛び出した時
わたしは、実家の部屋に残してきた物・・・
筆記具もパソコンもノートも書類も洋服も写真も
卒業文集も手紙も 楽器も、本でさえも・・・、
全部、もう二度と取りに戻れなくても
かまわないと思っていた。
捨てるのもあきらめるのも簡単だ。

理不尽に、ずっと奪われてきた。
わたしが特別なのではなく、
そういうことは誰にもあるはず。
例えば子ども時代、急に怒り出した親に、
おもちゃやゲームやお絵描き帳を
全部捨てられたことはなかったか。
ある日、学校から帰ってきたら
リビングの一角の遊びスペースや
子ども部屋にあったはずの
大事なおもちゃやゲームがなくなっていて
部屋がサッパリしている。
おそるおそる親に確認すると
「何度言ってもちっとも片づけをしないし
 物を大切にしないから、全部捨てたよ」
冷たく言われたことはなかったか。
そればかりか、捨てたと言っておきながら
子どもの手の届かない、家のどこかに隠していて、
子どもが傷付き、「反省した」のを見計らい
「実はとっておいたのだ、
 お前の、物を大切にしない姿勢が
 改まるのを待っていた」
などと言って、返してきたことはなかったか。
いずれにしても親の思うままで
どうすることもできなかったのではないか。
子ども部屋からおもちゃがすべてなくなる、
これを一度体験したら、
二度目からはもういちいち親に、
おもちゃは?とお伺いを立てることもしなかっただろう。
そういうことなのだ、と涙をのんで耐えたはずだ。
それなのに、折にふれ何かを買ってあげるとか
何が欲しいかなどと聞かれる。
どうせお父さんが/お母さんが捨ててしまうのに? と
腑に落ちない思いをしなかっただろうか。
理不尽に奪われるとは、卑近なところだと
例えばそういうことだ。
例は、もっと他にもいくらでもあるはず。

子どもにとって親とは絶対だ。
絶対とは理不尽で、ある意味での暴力だ。

わたしもそうだった。
物だけでなく、友だちづきあいや機会も捨てられた。
それはもしかしたら、「しかたがなかった」としても、
「何がわたし自身であるのか」を認識する力を 
長い時間をかけてかなりの割で奪われてきた、
そしてわたしがその理不尽に甘んじてきた、
これは大きなことだった。
逆らっても良いことなんかないし
黙っていればいつかは終わると
すがるような思いで、ただ、待っていたのだ。

おかしなことに
「お前は本当に、物を大切にしないね」
と言われてきた。
でも その親はわたしの持ち物を 
わたしの承諾なしに平気で捨てた。
それで何かを教えた気になっていたのだろう。
例えば「物を大切にすること」とかを。
捨てられたくなければもっと大切に扱っているところを
見せろ、みたいな感じだろう。
でも わたしが、持ち物を捨てられることや、
奪われることから、何かを学んだとすれば、
それは、「物を大切にすること」ではない。
元もと、大切にしている。
どんなに大切にしてもある日突然失われる。
大切にしてきたかどうかとはまったく関係なく、失われる。
持っている間は精一杯大切にする。
だが、失うことになったら惜しむまい。
強いて言えば そう割り切ることを学んだのだと思う。

いかに大切にしてきた物でも、
高価だった物や大切な人から贈られた物でも、
失われたら、わたしはあきらめることができるし、
奪われても、奪った人をそれほど恨まずにいることができる。
持っていたら(おもに精神的な意味で)生きることが難しいとか、
余計に傷を負うとかいうことになれば、いつでも捨てられる。
大切にしていたという思いまるごと、
何ごともなかったかのように。
それが「物」である限りは。
「人間関係」とかだとなかなか
難しいものもある気がするが、
わたしはそれも案外他の人よりは上手に
できるんじゃないかと思う。

だが、今、失いたくないものがある。
今の生活だ。
家族と距離を置き 怒鳴り声や罵倒や、はたまた
物に八つ当たりする激しい音を聞かずにいられ、
体調が悪い時にイヤミを言われることなく
静かに横になっていられる、今のこの生活だ。

これは失いたくない。奪われたくない。
だが わたしにはそれを防ぐことができない。
何かあっても自分の力で解決できるから大丈夫と
自分を信じることがまだできないのだ。
もし今、この暮らしが奪われることになったら、
わたしは自殺することをためらわない。
今を手に入れるために全部捨てても良いと思った。
今を失うというのなら、自分の生命を棄てる。
どうせ、今の暮らしを今失うことは、
死ぬことと同じようなものなのだから。

アルスラーン戦記12巻。-191113。

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kc.kodansha.co.jp


荒川弘コミカライズ版「アルスラーン戦記」12巻は、
ファランギースをはじめとする女性陣の活躍がきわだった巻だった。
ファランギース、カッコいい。最高。

エトワールが、ひなぎくのように清く、可憐だ。
彼女がこれからどんな運命をたどることになるか
知っているだけに、いじらしくて、
見ていると涙がでてくる。

クバードアルスラーンの軍勢とようやく合流した。
ラジェンドラギーヴとなかなか会えなくなった今、
クバードみたいなのがいてくれると、
読む方としてはちょっとホッとできる。
戦闘も強いので頼りがいがあるし。

ヒルメスはあいかわらずの「お殿さま」だ。
もっとも、ヒルメスのように視野狭窄ぎみでワガママで、
誰もかれも自分の思い通りになって当然と思っていて
・・・という、いかにも殿さまって感じの殿さまは、
昔の貴人としては、まあごく普通というか、
少なくとも、いても不思議じゃなかったんだろう。
特殊なのはむしろアルスラーンなのだ。
まわりを使っているつもりで、
実は良いように使われているということを
ちっとも理解していないヒルメスは、見ていて痛々しい。
あなたわかってないね、なんて言われたら、
ヒルメスはきっと顔を真っ赤にして怒り狂うんだろうけど。
自分の置かれた状況や立場を知ろうという頭がなく
いくつになってもとんちんかんなことを言っている
彼のような手合いは、現代にもいるんだよなあ。
・・・わたし自身が周りにそう思われてないか心配だけど。
まじめすぎるのも思いつめすぎるのも、考えものだ。
ヒルメスに誠実に仕えているサームやザンデが
ちょっと気の毒だなあ。

ルシタニアの王弟ギスカールは、
頭が良く、アメとムチを使い分けるバランス感覚にすぐれ、
用兵もうまいし、冷静で、視野が広く、
面倒なことが起こったからといって思考停止に陥ることもなく、
酒も色もたしなむのでストレス発散もわりと上手だ。
彼自身の「資質」という点で見ると、
「リーダーに向かなさそうな所」など、
ひとつも見当たらないように思える。
環境や状況的な条件が整えばきわめて優秀な王になるだろう。
資質に問題はないのだ。ただ、王の弟であり王ではない、
そのことが問題なのだ。
王の家族だからってなんでも思いどおりって
わけにもいかないんだなあ。

アルスラーン率いるパルス軍は
もうすぐエクバターナに着くという所まで来たのに、
騎馬民族国家トゥラーンが攻め込んできたために、
ペシャワールにとってかえさなくちゃならなくなった。
エクバターナに行きたかったでしょう、と聞かれて、
アルスラーンは、
「すぐにも行きたかったけど、
 でもこれで良いような気もする」
「ずっと何かしらトラブルがあって、
 うまくいかないのが当然だったのに、
 最近不思議と順調だった。
 順調だとかえって不安になる」
というようなことを言っていた。
現代の感覚で考えると、こんなのは、
高校生の友達どうしの会話なんかにも出てきそうな
本当にごくごく普通っぽい、ものの考え方だ。
だからともするとこのようなセリフは
読み飛ばしてしまいそうになる。
だが、アルスラーンは現代の子じゃないし、普通じゃない。
彼は大国の王太子だ。
つい最近初陣をすませたばかりのほんの15歳やそこら。
父王も母も囚われの身、
自分の出生にはどうやら秘密があり、詳しい事情こそ不明だが
王位継承権を主張するには立場が弱いらしいことが判明。
絶えず、方々の敵に命を狙われている。
侵略者から国を奪還せんとして兵を集め、
今しも決戦にのぞもうとしている。
極限的な状況だ。
現代日本の高校1年生で、こんな状況に放り出されて
まともな精神状態でいられる子など一人もいないだろう。
それをアルスラーンはこんなにものびのびと、
人間的で落ち着いたものの考え方をすることができている。
ナルサスダリューンの献身の賜物であることは確かだろうが
アルスラーンの心のひだの乱れひとつひとつまで、
部下が直してやれるわけじゃない。
アルスラーンの心が、いかに強くすこやかか、ということだろう。
彼が、物語の登場人物の誰よりも
豪胆で強靭な精神の持ち主かもしれないことに
わたしはこの巻で初めて気付いたような気がする。

無題-191112。

わたしがどんな悪いことをしたのだとしても、
死ねばいいのに、とか、バカなの? とかまで
言われる筋合いは ないと思うな、やはり。
どんな悪いこともしてないし。
初めて会って15分も経っていないときだったからな。

むこうももちろん悪気はなく、軽口だったのだろう。
だけど、わたしのほうは不意打ちをまともにくらい、
こっけいなほど傷ついた。
そのことに、またもや、ずっとあとになって気づいた。
取り消してあやまりなさい、とその場で言えば良かった。

会う機会を持つことは、もう二度とない。


 

自分の気持ちを自分で理解するのに
永い永い時間のかかる、わたしのこの 鈍感さは
いったいなんなのか。

なにもかもが苦しい。
へたくそきわまりない。
不具者。
まともな人間とは言えない。

悪夢。-191109。

悪夢をみた。

「お前だけは本当に何もできないし
 人の役に立つことをしない。
 いままでお前を生かすのに、
 遣ったお金をぜんぶ返すまで、
 お前を絶対に自由にはしない。
 裏切り者の、嘘つきの、無能」
と言われた。
わたしは、
「それが自分でも一番気になっていることなんだ
 本当にごめん」
と叫んで、
思いつく限りの必要なものを取って
黒いスポーツバッグにガサっと詰め込み、
ぜんぶ抱えて、その場を走って離れた。
荷物はなぜだか全部 紙製のものだった。
書類とか本とか楽譜とかだ。
外は台風のようなひどい大雨だった。
でも、もう紙が濡れてダメになってしまっても
いいや、という気持ちだった。
ダメになったからといって
そんなに困るわけじゃないものばかりだと
知っていた。
カサを2本さして飛び出してきたのだが
強い風ですぐにカサは壊れた。
本当に何もできないし役に立っていないのだと思った。
わたしのような人間は早くいなくなればいいのに
あたかも生きたいと願っているかのように
なぜ身一つで ここに、いるのかと思った。
濡れてシナシナのぐちゃぐちゃになった
書類や本や楽譜であったはずの紙たちは
気持ちが悪かった。
溶けた糊のにおいがした。
持ち主のわたしでさえ始末に弱った。

Twist&Jams 「カザルスの沈黙 〜El silencio de Casals.〜」を聴いて思ったこと。-191104。

www.youtube.com

Twist&Jamsの演奏を 先日聴いてきた。

twistandjams.wordpress.com


しばらく聴く機会がなかった間に、
新曲が発表されていた。
このCD↓ にも収録されている。
お求めになりたい方は
ライブにおいでになるなどして
メンバーに問い合わせてみていただきたい。

f:id:york8188:20191104230353j:plain

「カザルス」はもちろんパブロ・カザルスだろう。
となると、「沈黙」は多分、
彼にまつわる、有名な逸話を指していると見られる。
第二次世界大戦後のこと、連合諸国が
スペインのフランコ独裁政権を容認したのに抗議して、
フランコを認める国での公開演奏を拒んだ、
というエピソードだ。

ja.wikipedia.org

ひとりの音楽家が「演奏をしない」ことが
文化的、政治的に意味を持った。
そこまでの影響力を持つ音楽家
今の地球上にいるとは わたしには思えない。
これからも、現れないのではないだろうか。

「カザルスの沈黙」を聴いたとき、
まず タイトルに「沈黙」とあるにしては、
手数が多く、速くて、にぎやかな曲だと感じた。

パブロ・カザルスの演奏は、
油が乗っていた若い頃のものでも、
抑制的に聴こえ、
深く成熟した、大人のメンタリティを思わせる。
それに、カザルスの写真や映像で知られたものと言えば、
比較的、晩年のものが多い気がする。
※もっともこれは、わたしが個人的に
 1000年生きている仙人みたいな音楽家の演奏を好むので、
 その写真と言えば老齢~晩年のものばかり覚えている、
 という考え方の方が的確のようにも思える。
 ハイフェッツもコーガンもギトリスも
 ミケランジェリルービンシュタインもみんな、
 バリバリ弾いていた若い頃よりも、
 良い歳になってからの演奏の方が好きだ。

そんな印象があるからか、「カザルスの沈黙」が
あの演奏ストライキに着想を得たものとした時、
このようにアクティブな曲に仕上がっていることを、
意外に思わないわけにはいかなかった。
少なくとも「沈黙」という感じではないし、
平和なき国際社会を静かに憂う老音楽家・・・を
思わせる曲とは言えないからだ。
Twist&Jamsは「カザルスの沈黙」を
なんでまたこのような曲にしたのかな、と思った。

「カザルスの沈黙」が
そうした自分の印象とは まったく別の
さまざまなイメージを呼び起こす
曲だということに気づかされたのは
何度か繰り返し、聴いてみたあとだった。

カザルスが、フランコ政権を容認する国での
演奏活動を拒否するようになったことで、
困らされた人は多かったと聞いている。
彼との共演を熱望する音楽家やイベンターは
世界にごまんといた。
それなのに、カザルスは事実上引退してしまったのだ。
フランコ政権を支持しない国」での演奏は可にせよ、
そういう国は、当時ほとんどなかったのだから。
カザルスの不在には、世界が弱り切ったことだろう。
やがて、
「カザルスが来てくれないなら、
 彼のいる所にこちらから出向こう」
と呼びかけ合う動きが生まれ、
それはプラド音楽祭誕生の呼び水となった。
(カザルスはプラドに亡命していた)

「カザルスの沈黙」の
歯切れ良く疾走感あふれるストロークからは
「足音」が聞こえる気がする。
カザルスに来てもらえないなら
待っていないで、会いに行こう。
会いに行って、そこで一緒に演奏しよう。
集まろう! 会いに行こう、カザルスに!
距離こそ離れていても思いはひとつ、
楽器ケースを小脇に抱え、空港へ港へ急ぐ
楽家たちの、はやる足音が響くように感じる。

その一方で、
カザルスがその胸の裡で燃やし続けた 
怒りの苛烈さもしのばれる。
それはフランコの圧政と暴虐への怒り。
独裁政治を容認する国際社会の愚昧への怒り。
楽家が好きな時に好きな場所で
好きな音楽をやる・・・そんな当たり前のことも
できなくしてしまう、人間の愚かな選択への怒り。

フランコ独裁政権が行っていた、
カタルーニャ地方への弾圧が収束したのは 
フランコの死後のことだった。
カザルスはそれより先に亡くなった。
故郷が解放されたところを
見届けることはできなかったことになる。

腹に据えかねていたのだ。
心で泣いていたのだ。

カザルスの思いにきちんと触れた気がする、
「カザルスの沈黙」を聴いたことで。

メロディーラインは
速く、ドラマチックに彩っているものの、
「鳥の歌」を強く意識していると思う。
カタルーニャの民謡だ。
古い愛唱歌だが、
カザルスがチェロ編曲版を発表したことで
広く親しまれるようになった。
1971年、国連本部でこの曲を弾いた際に
カザルスが
「わたしの故郷の鳥たちは、
『Peace! Peace!  Peace!』と鳴くのです」
とスピーチしたというのは、わりと良く知られた話だ。

www.youtube.com

www7b.biglobe.ne.jp

歌詞を読めばわかるように
「鳥の歌」は本来
エスの聖誕を祝う、シンプルなクリスマスキャロルだ。
神のいます世界は平和に満ちてこともないはずで、
鳥の歌声はとこしえの調和をことほぐためにある。
その鳥たちが、あろうことか
平和をください、平和をくださいと言って鳴く、
その悲哀と異常を、カザルスは訴えたかったのだろう。

国連本部でのカザルスのスピーチの動画を
観たことがある。
彼は当時90代で、亡くなる2年前だった。
老齢で口調もたどたどしいなか、
腕を懸命にふりあげて、
「『Peace! Peace!  Peace!』」
と数回も繰り返していた。

おもしろい本屋さん-191102。

池尻大橋のレインボー倉庫内にある
かわいらしい本屋さんと
下北沢のブックショップトラベラーというところに
連れていってもらった。

rainbowsoko.com

rainbowsoko.com

wakkyhr.wixsite.com

いろんなことをやっている人がいるものだと思った。
つくづくその人たちのことがまぶしかった。
何より、みんな自由で、自分のしていることに
自信があるらしいように見えるのがまぶしかった。

わたしは 自由かもしれないけれど 自信はない。

レインボー倉庫内のカフネブックスには
わりと言語文化、人権問題、国際問題、
社会福祉のトピックスに関する書籍が 
重点的に置かれていた気がする。
谷川俊太郎を主として 詩集も何点かあった。

「テロリストの息子」という
海外の書き手の手になるらしい本があり
立ち読みしてみたら かなりおもしろかった。
ぜひ最後まで読んでみたいと思ったが、
スマートフォンで調べてみたところ、
楽天」とかで、もっと安く入手できることがわかり、
このお店では買うのをやめてしまった。

別に買っても良かったんじゃないかなーと今は思う。
実際 楽天で安く買えることがわかったからといって
では「テロリストの息子」を今 
楽天で買いたいと思っているか、というと
思っていない。

大型書店じゃない こういう・・・
本のセレクトショップみたいな
「変わったスタイルの書店」に初めて来たせいか
どういう風に楽しめば良いのか
このときはなんかよくわからなかったのだろう。

次に行った
ブックショップトラベラーは 楽しかった。
ちょっとだけ、何らかの「勝手」がわかってきたのか
なんだかお店で過ごすことが
とてつもなく おもしろいことに感じられた。

また行きたい。
心ひかれるままに本を4冊も購入した。
すでに読み終えた。
種村季弘は翻訳の腕も超一級か~。
種村季弘好きだー!!

日本の詩集を数多く取り扱っている棚があり
そこにはわたしがすきな黒田三郎
とりあげているアンソロジーもあった。
黒田三郎だけの詩集や日記があれば
買いたかった。

わたしは詩をほとんど解さないほうだと思っている
詩が本当に好きで良く親しんでいる、という人と
もし話をしたとしても 多分ちっとも会話についていけない。
でも 学生時代に授業や教科書の副読本で読んだ
詩の数々は よくよく覚えている。
多分 学校の教材とかっていうのはそれなりに
良く考えて構成されているんだろう。
多感な時期の心に響く傑作が
きちんと集められていたんだと思う。
だからよく覚えているのだ。
黒田三郎、会田綱雄、中原中也高村光太郎
吉本隆明草野心平佐藤春夫なんかは 
好きだったりする。
高村光太郎佐藤春夫の詩を書き写した紙を
徒手帳や財布のポケットに入れて
持ち歩いていたこともあった。
なんだかよくわからないものだ。
詩なんかぜんぜん無案内です、というつもりなのだが、
たまにはちょっと詩でも読んでみるかな~という気分になった時
そのへんの書店に売ってる、有名な詩人の代表作をあつめた 
アンソロジーとかで十分なのか、と言われると・・・
これが正直物足りなかったりして
わからないにしても わかるにしても
中途半端。
中途半端って一番つまらないことだと思う。

高村光太郎黒田三郎くらいは
ちゃんと全部読んでみても良いかなと
今は思っている。

「ZINE(ジン)」という出版形態? を
きょう 初めて知った。
概念としては、一応それなりに理解したつもりだが、
もっと何冊も何種類も手に取ってみて
中身を読んでみて楽しんでみて 
初めて実感できるものだろうと思う。

ZINEを専門に取り扱う書店があるそうだ。

次の機会には そこにつれていってもらうことになった。

hataraku.vivivit.com