BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

核P-MODELライブ楽しんだ-181118。

※ライブたのしかったという
きもちを書いた日記にすぎません。
セットリストのネタバレとか
そういう、人さまのためになる
内容ではありません。
あしからず。





きのう
P-MODEL(平沢進)のライブ
「回=回」を聴いてきた。
Zepp東京
2000人超収容のライブホール、
専業のミュージシャンの、
本格ライブ、すごくひさしぶり。

最高に刺激的だった。

オーディエンスの反応の内容が
すごくシンプルで、芸がない。
「ひらさわー!」
「核P~!」と呼ばわるだけ、
歓声をあげるだけ、
拍手するだけ、
アンコールでどんなに待たされても
拍手が手拍子には決してならない
しかもプログラムの進行につれ
妙に反応がうすくなっていく。

その理由がわかる気がした。

わたしは
まるで、もぐりこむように
いっそ、一部と化すように
彼の音楽に聴きいるのが
ただ愉しかった。
聴いてひたることに集中したかった。
たぶんほかのお客もそうだった。
手拍子しようとか
変わったかけ声なら
平沢さんがニヤリと
してくれるかも、とか
ファンのあいだでおきまりの
振り付けみたいなので
オーディエンスとの一体感を
味わいたいとか、
「それもライブの醍醐味だよね」
の部分すべて、
まったくもってどうでもいい。
そういうのに考えをめぐらす時間と
労力がもったいない、
みたいなかんじ。

結果、だまりこくる。
もう、口をぽっかり開けて
ぼけーっと全身、耳になる、
そんなどこぞの「馬の骨」であることが
うれしいくらいなのだ。

わたしは
あの小柄で枯れ木のように細い
還暦もとうにすぎた銀髪のおじさまが
燦然として歌う姿を、ただ受け止めた。
1時間半、平沢さんの音楽以外
なにもいらなかった。

とてつもないひとときだった。

パソコンつかえる-181117。

夜にはネットにつながれる
きのうモデムが到着したこともあり
まちどおしくて
オフラインでのセットアップを
朝早くから起き出してすませた。

接続には例によって手間どった
パソコンの各種アプリケーションを
つかった作業、ということなら
問題なくそれなりに
できることがいくつかあるが
LAN/無線LAN接続設定は
何回やってもおぼえられない
やってみるといつも
なんだこんなものかっておもうのに。
今朝もサポートデスクの人を
基本も基本、みたいなことで
15分もつきあわせてしまった

それにしても
パソコンが使えるのと
使えないのとでは
気持ち的な
「できる」というきもち、
可能性みたいなものへの実感の
つよさがぜんぜんちがう
とても前向きなきもちになり
孤独感がうすれるような気さえする。

志田愛佳ちゃん卒業/仕事でもやもや-181116。

欅坂46志田愛佳ちゃんが
卒業とのこと
あの
ちょっとぶすっとしたかんじや
すなおでなさそうなかんじ
いろんなことに自分なりの
考えや流儀があるんです、
っていうかんじ
ファッションに一家言あった
色白でまんまるのかわいらしいお顔
けっこう好きであったから
みられなくなるのは残念。


・・・



きょう、仕事をしていて
自分がかかわった案件について
すこしばかり気にかかることがあり
いちおう、ねんのため、とおもい
担当の営業さんに話をした
だが
伝わったかどうかビミョー

それは
あるクライアントの求人広告の制作
業務内容や給与待遇が書かれた
レジュメを参照しながら
わたしが広告をつくった。
業務の記載のなかに
応募者があきらかに
敬遠するとおもわれる仕事が
書かれていた。
業務内容は多岐にわたり
「それ」がメインではないが
ほかの業務の羅列のなかにあって
「それ」だけものすごく異質
「資格がなくても誰にでもできる
かんたんなお仕事です」
を押し出すという
今回聞いていたコンセプトを
その一行が完全にひっくりかえしてる
と感じるくらいの
変な迫力までもがあった

こんな業務があるとしったら
応募者が減るおそれがあるから
こういう業務もありますと
書かない、というのも
それはそれでおおきな選択だ
担当営業がもしかしたら
このレジュメを
ちゃんとすみからすみまで
読んでないのかもとおもい
レジュメを見せたうえで
この業務内容を
広告に書くか書かないか
クライアントと話してあるか?
どうする?とたしかめた。
営業は
クライアントと話してないです感を
表情でありありと伝えてきたが
例の一行をみるやいなや
「今回は書かないでください」と。

クライアントにももちろん
原稿案をみせて検討してもらう
クライアントがしらないうちに
勝手に書く書かないをきめたりは
しないからいいのだが
しかしいろんなお客がいる
書いてあることは読むが
書かれてない、ということには
気づかない人
読んでもまちがいとかに気づかない人
写真にはすごくうるさいが
誤字脱字変な日本語は気にしない人
そもそもまったく見てくれない人
ギリギリになって急にこだわりだす人

不安であった
読者、応募者サイドと
トラブルにならないか。
こんな仕事をするなんて
広告には書かれてなかった、と。
雇用にあたってクライアントが
広告には載せなかったけど
こういう仕事もあるんだと
うまく話すことができれば・・・って
でも
そんなこと可能かなあ笑
とても現実的とは
いえないシチュエーションのような
気もする


だがいったん
クライアントの原稿OKが出た


きょうがこの案件の
校正の締切日

気になり
営業につたえた

あの業務内容を書かなかった、
ということについて
クライアントと話をするべきだ。
広告に書かなくても採用の過程で
明かす必要はでてくるはずだけど。
読者に不利益かもしれないことでも、
書かない選択はトラブルに
つながりかねない。
『話しましたからね』
って事実はだいじだ。
電話で話して、それからメールでも
送ったほうがいい。

営業からは
「『未経験者向けに内容を精査して原稿作ったからよくみて検討してください』って言っておいたから大丈夫です~」。

うーん笑
そうじゃないんだよなー
なんかちがう笑
つたわってない感がある笑

わたしがいいたいのは
もっと具体的に
「いただいたレジュメにあった
業務内容のうち
この部分は、あえて伏せました」
とちゃんと箇所を指定して話して
しっかりクライアントと
「にぎれ。」ということだ
書かなかったぶん、採用のときに
応募者にきちんと話してくださいね
こんな仕事あるって
言われなかったって
いわれるといけないから、と
そうクライアントに言う
「だよね、ふせるのはよくないよね
やっぱり広告にも書いておいて」
と言われれば書けばいい。
たった一行、
いまからだってどうにでもなる。

しつこいようだが

なんか、
つたわってない笑

だが・・・
校了まぎわのどさくさのなか
もう
「いや、あのね、そうじゃない」

まぜかえせるかんじでは
なくなっていた


もっとはやく
話しておけばよかった


うーん


商社の営業事務をやってたとき
あまり「はっきりしたこと」を
クライアントに言わない方が
ことがスムーズにすすむと
いわれたことがあった
たとえば納期とか価格を
口約束でも何日ですいくらですと
明言すると
それがかえってこっちの
首をしめることになったりすると。

今回もそういうのだったのかなあ・・・

すごく気にかかる。

自分がかかわった案件で
なにかあったら。

なにもなければそれでいいのだが
しかし。

ふたが開けられない病-181115。

ペットボトルのふた、缶のふたを
あけるのがドヘタ病という
先天性かつ難治性の疾患がある
水道の蛇口をひねるのがドヘタ病
も併発している。

ペットボトルや缶のふたを
あけようとすると
少なくみても10回に1回は
親指のつけねをひどくねんざする。
重病だとおもう。
うまくできるときもあるが
できないときがおおい
とくにペットボトルがだめだ
みかねた友達が
100円ショップの
缶やペットボトルのオープナーを
数年前、誕生日にくれた
愛用してるが
ペットボトルはこれをつかっても
うまくあけられない
缶はおかげでだいぶましになった
でも10回に1回はやっぱり
失敗する

親指の関節の可動域が
やたらせまい
(ようするに親指が超カタイ)
とお医者さんにいわれたことはある

でもまあ
はやいはなし、単純に
ドヘタなのだ

まえにやはり親指をやってしまい
湿布と包帯を巻いておいた
それをみた男性の友人に
なぜケガをしたのときかれて
事情をはなしたら
「ペットボトルのふたが
うまく開けられないなんて
女子ってかんじだな」
といわれた

わたしがとびぬけてドヘタなんじゃなく
「女の子なので(非力だから)
できないこともある」
というのの範囲内の話なのか、と
つまり自分だけじゃないし
そんなにおかしいことじゃないと
おもうことができて
このときはすこしほっとした

だがあとにもさきにも
人がペットボトルや缶をあけようとして
ねんざするところなんて
とりあえず自分以外に
みたことがない

きょうも
缶が開けられず
勤務先の男性に
頼んであけてもらった
これまでにも何度となく
職場の人をつかまえては
あけてもらっている
「どうしてあけられないんですかー笑」
といわれた
内心すごく恥ずかしかったわたしは
「うるさい、そんなこと聞くな。
ふたがあけられなくたって
いいだろう、べつに」
とかなんとか
真っ赤になって
言いかえしてしまったが
わるいことをした。
あけてくれたのに涙

たくさんのかたがたの
ご親切にささえられて
きょうも生きている笑

Mom。-181115。

ライムスター宇多丸さんの
夕方からのラジオ番組に
Momというミュージシャンが
ゲスト出演して
ミニライブをやっていた
日本人で弱冠21歳、
現役大学生だという

何回も何回も
20年経ってもいつまででも
聴いていけるようなものでは
ないような気がしたけど、
はっとするような新しさがあった。
歌詞もなんかいい
「きみのプレイリストにぼくを
加えてよ」とか
いかにも今どきの人の
ボキャブラリーだ
あまり深刻にならずに
詞で遊び、詞を手離してる感じが
岡村靖幸井上陽水方面
っぽいといえば、ぽい
マクロとミクロを
そんなのありか、なやりかたで
自在に行き来する
ふしぎなかんじのトラック。
でもなんか
確実に生身の人間の、ぬくもり。
ひそやかなインテリジェンスと
いなかの男子高校生の
耳まで真っ赤なはにかみ笑いの
反則的ブレンド
お、おまえ
かわいいじゃねえか・・・
はしかにも似た
熱いきもちを一瞬
あまがみのようにひきおこさせる、
そんな音楽だった笑

いろんな人が
でてくるもんだなあとおもう。

はんこがこんなに大事とは。-181114。

昼休みに銀行にいって
住所と届出印の登録変更。
運よくとても空いていて
おもったよりはやく終わった
昼食返上の覚悟だったが
会社にもどって
お昼にすることができた。
ほかにもうひとつ
銀行の口座の住所変更、
しないといけない。
問題は引っ越しのどさくさで
届出印をなくしたことだ
100円ショップで買った、
おもちゃみたいな
いわゆるシャチハタ印だった
いまはきびしいみたいだが
まえはそういうはんこでも
普通預金の口座ぐらいなら
すぐに作れたということだとおもう。
しかもわたしがダメだったのは、
・・いくつかの口座をもってるのだが
はんこなんて100円ショップで
いつでも買えるというきもちで
いたから
どこで買ったどんなはんこを
どの銀行の口座開設につかったか
ちゃんと把握してなかった
しかもなくした

最悪だ

基本、なにかあっても
なんらかの救済措置が
あるにきまってるから
何だっていいやという考え方
なんとかなることはまあたしかに
なんとかなるのだが
めんどうくさい。

いくつかの口座のうち
M銀行だけは
以前
なにかの手続きで窓口にいったとき
行員さんに
ちゃんとした印鑑に
登録しなおしたほうがいいと
勧められ、登録を変えといたし
その印がどのはんこであるかも
把握しているからいい
だが、ほかはみんな
はんこがないし
あってもどれがどれだか
わかんないからすごくまいった

というのも
住所変更は書類をとりよせて
記入して郵送でも できる
が、とりよせてみて初めて知った
届出印をおさなくちゃいけないことを。
窓口でもおなじことだ
はんこがない。
だから窓口にいって
あたらしいはんこを登録し
それから住所変更を
しなきゃいけないこととなった

めんどうだ
最悪だ

「はんこ」がこんなに
大事なものだって
いままで考えたこともなかった
部屋をかりてからこっち
はじめて
はんこの重要性に
気づき始めた。

大人が
みんなあんなに
銀行の通帳とか印鑑を
だいじにしているのは
こういうことがあるからなのか笑

もうなくさないように
きをつけないと。


数字によわくお金の計算が苦手な
わたしは
お金の入りと 出ていくことと
貯蓄のながれを
ぜんぶサルでもできるレベルに
わかりやすくする必要を
かんじている
いままではそこまでしなくても
まあ困ってなかったが
これからはひとりなんだから
なまぬるいやりかたはよくない

なまぬるいやりかたはだめだが
むずかしいことは数字がからむかぎり
やっても続ききそうにない

そんなわけで
水道光熱費と携帯電話と
プロバイダ、
月々のきまった支払いを
できうるかぎりぜんぶ
クレジットカードひきおとしに。
家賃はクレジット非対応というので
ざんねんだが。
口座のつかいみちをいったんぜんぶ
リセットして
収入用、支出用、貯蓄用に
わけて考えることにした。
収入用の口座にお給料がはいったら
貯蓄すべきお金は貯蓄用口座へ。
また、
毎月かならずでていくはずのお金を
ざっくり計算のうえで引き出して
支出用口座に移動
支出はぜんぶここからおこなう
つぎのお給料日の前日に
収入用口座と
支出用口座にあまっている
お金があればひきだして
貯蓄用口座へ。
こうしとけばさすがにわたしでも
いちいちそんなに考えなくても
なんか払い忘れたりしないし
あまったぶんをよりわけて
貯めればいいだけだから
わかりやすい
お金の計算は毎月1回でいいので
つらくないし
めんどくさくならなそう

これでもだめだったら
数学がとくいな友だちに相談して
いい方法をかんがえてもらおう笑

だいじそうなこと-181113。

自分の考えかたや気持ちなどを
もつことは べつにわるくない
悪いも良いもなにも、
もつのは あたりまえ

でも あくまでも 自分だけのことだ

人が自分とおなじ考えかたや
気持ちじゃない、ということを
あんまり怒りすぎたり哀しみすぎたり
するもんじゃないんだとおもう
そういう気持ちもやっぱり気持ちだから
持ちたくなくても
もつことはあるし
しょうがないんだが。
伝わらなくてもがっかりしすぎない
わかってもらえないとか
自分とちがいすぎるとかいうことを
理由に
人を決めつけてはいけない。
ばかにしてはいけない。

人におしつけちゃいけない。
だれがどんな
むずかしい事情をかかえてるか
わからない。
間違っているように見えても
どんなにおろかに見えても
自分からしたら不満でも
みんなよかれと思ってやっている

他人は
わたしを満足させるための
パーツとかではない。
わたしが他人の人生の
パーツじゃないのとおなじで。


短絡的にダメだとか
人をあきらめたりするもんじゃない
なぜもうすこし
よく考えてみなかったのか、
待ってみなかったのか、
こうなるとわかっていたら、って
悔やんでもおそい。


余裕があるときないとき
人にはいろいろある
できるときに自分ができるぶんだけ
人にやさしくし
おもいやりをもって接する
失敗はおたがいさまだから
わらってうけいれる。
いっしょに挽回につとめる
ぷりぷりしてる人や
いじわるな気持ちの人や
みじめな気持ちの人を
タイミングがよければなだめたり
背中をさすってなぐさめたり
もう気にしなくていいと
言ってあげる。
それだけでいい。

できるときだけでいい
やりたいぶんだけでいい
足りてないとおもっても大丈夫
自分しかいないわけじゃないから。

わたしが何千何万回と
みんなに許してもらって
生きてきたんだから
それでどんなに助けられたかを
おもえばいい。

だけどなにごとも
そうそうしゃかりきにやらなくていい。
必死こいて自分の存在価値を
証明しようとしなくていい。
言ってもわたしのようなのは
しょせんこの程度、という
基本を意識する
でも、そんな
なにもできないバカでも
まちがいだらけのクズでも
生きていていい。

ただ生きているだけでいいと
言ってもらいたくても
かなわなくなったが
この際しかたがない
自分だけじゃどうしようもない
こともある。
そう深刻に考えることもない
自分で自分につたえていく。