BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

きょういちにち。-190723。

午前中から昼間にかけてのカフェは、さながら老人ホームだ。

・・・

体調が優れない。
眠れてないのは問題だ。
言葉があんまりまともな形をとってくれない。

・・・

日曜日に、自分よりも10~15歳くらいおねえさんの女性と会った。
22歳のお嬢さんがいるとのことだった。
お嬢さんは一人暮らしをしているらしい。
そんなにお若いうちに家を出ることができたなんてうらやましい。

わたしが親と決裂して家を出てきたことを知って、
女性は、
「親は、子どもがちゃんと食べているかどうか、
 健康でいるかどうかを、とにかく心配するものなのよ」
「だから、あなたのお母さんも、きっと今頃は、
 あなたがちゃんと食べているかどうか、
 元気かどうか、
 ちゃんと働いて生活できているかどうか、
 そういうことが気になって気になって、
 連絡したくてうずうずしていると思う」。

そういうもんなのか・・・
わたしは、親に、できることなら
わたしのことを忘却してくれないかなと思っている。
忘れてもらえれば、わたしも楽だ。
わたしも、できれば親にまつわるすべての記憶を
自分の頭から抹消したい。
それがわたしを苦しめる。
わたしは親のことを考える時、幸福ではない。

・・・

スマートフォンの画面のひび割れを
修理してもらおうと思って、受付窓口に行った。
その場で修理してもらうことはできなかった。
いわく、
本体在庫がなく、次回入荷の見通しも立っていない。
画面のひび割れだけでなく、
他にも不具合がないかどうかを確認する必要がある。
もし不具合が発見されれば、引き取り修理となるので
もろもろ、日数がかかるとのこと。

当日受付・当日修理ができれば、一番良かったのだが、
日数がかかるということになると、今は、
修理に出すことはできない。
なぜなら、来月、旅行に行っちゃう。
旅先でスマートフォンがないと、ちょっと不安だ。
旅行から帰ってきちゃえば 
仮に引き取り修理になって
1ヶ月、2ヶ月、手元にケータイがなくても、
いっこうにかまわない。
旅行から帰った段階で出直すことにした。

それにしても、
このまえ故障したときは お店に本体在庫があった。
その場でまるっと、本体を交換してもらえた。
あれからそう経ってないのに、
今は在庫がないのか・・・
市場ってのは本当にわからないものだ。

画面ひび割れを起こしたのは
わたしがうっかり本体を落っことしたからであり、
しかも、カバーも画面保護フィルムも
着けてなかったからだった。
カバーや保護フィルムを着けてたら
絶対に割れなかったのかというと
むろん、それは今となっちゃわかんないが、
精密機器であるという意識が低くて、
まるはだかのまま、平気で使ってたのは問題だと思う。
問題だと思う、というか、
問題だということに、今、初めて思いが至った。
ちゃんと扱ってやらないと、実にいろいろ面倒なのだ。

修理店を出てすぐに、
安物ではあるが、カバーと保護フィルムを購入して
とりあえずくっつけといた。
でも、安物なので、
保護フィルムを装着したあとで、カバーを着けたら
保護フィルムがくしゃっとゆがんで、
空気が入ってしまった。
うーん。

めんどくせえなあ・・・






いちにち。-190721。

このまえスマートフォンが故障した。
買ったばかりだから、保証期間内で
無償にて本体交換となった。
そのスマートフォンを今朝、落っことし、
しかもうっかり踏んづけて、
ディスプレイを割ってしまった。
さいわい操作に問題はないが、
ひどいヒビ割れだ。
また修理に出さなくちゃいけない。
当日中修理は可能なのかなあ。

やれやれだ。

今朝、参院選投票日だった。
投票してきた。
今、調べてみたら、
投票した候補が、当確になってた。
記憶している限りでは、
選挙権を得てからこのかた、
自分が投票した政党や候補が
当確になったことは、一度もなかったと思う。
今日が初めてだ。うわ~。うれしーーー。
Mさん頑張ってくれや~。

来月 涼しいところに引っ込んで
休んできたいと考えてる。
こっちは暑い。
この蒸し暑さときたらどうだろう。
先が思いやられる。
このまま8月に突入して
1ヶ月生き抜くことは
とてもできそうにない。
体力気力をチャージしたい。
といっても、お金持ちじゃないから
ほんの安宿で、ほんの数日のことだ。
足をどーするかが問題だなあああ

買い物をして店を出た時、
出入り口のところで
ちょうど通りかかったカップルと
ぶつかりそうになった。
お互い避けたから、ぶつからなかった。
すれちがいざまに、
男性の方が、チッ!と舌打ちをした。
いたく傷ついた。
それに、はなはだ不快だった。
おまえなんか彼女にフラれてしまえ!
と思った。
2時間くらいでその気持ちは忘れた。
あの時は、何しろ蒸し暑くて、
体調も万全じゃなく、少しぼんやりしてた。
店をでて歩き出す時に、
もうちょっと周りに気を配っても良かった。

わたしは、それをやるくらいだったら
死んだほうがマシ、と思うこと以外は
人から誘われたり勧められたりしたら
基本的に何でもやってみる、というスタンスで
この1年を生きている。
そんななか、目下トライしてるのは
スマホゲームだ。
美しい海の底で、
いろんなきれいな魚を育ててる。
やってみて思うのは
「『やるくらいだったら死んだほうがまし』と、
  やってみて初めてわかることもある」
ということだ。
時間を浪費するばかりで
おもしろくもなんともない。
SNSと似たような、徒労感がつのる。
ゲームの種類を変えても
いずれこういう気分になるんじゃないかなって気がする。
自分がゲームをやっているんじゃなくって
ゲームにゲームをやらされているような気になる。
やめたい。

きょう なんと19歳の
ぴちぴちの女学生さんと話した。
ぴちぴちだった。
常盤貴子に似てた。
聡明なお嬢さんだった。
楽しかった笑

読書感想-細谷正充編「イヤミス傑作選 あなたの不幸は蜜の味」-190720。

※ミステリー小説の物語の核心に触れてるので
 未読の方はご注意くださいね。






イヤミス傑作選 あなたの不幸は蜜の味」
PHP文芸文庫
編:細谷正充
辻村深月小池真理子沼田まほかる
新津きよみ/乃南アサ宮部みゆき
2019年7月 第1刷

f:id:york8188:20190720210051j:plain

www.php.co.jp

沼田まほかるの名があるのを見て
あっ!と思って、
良く考えもせずに購入しちゃったけど
収録されていたのは、
この文庫への書き下ろしじゃなかった。
「痺れる」(光文社文庫)に
すでに収められている短編だった。

f:id:york8188:20190720234710j:plain

www.kobunsha.com

わたし、すでに読んだことがあった涙。
でも、新津きよみという作家さんを知れたという
想定外の収穫があったから、
この本を購入したことは後悔してない。
新津きよみさんの作品は、これまで読んだことがなかった。

どの作品も、人が、できることならば死ぬまで、
自分の心にこういう部分があるという事実を、
自覚せずにおきたい、あまり深く考えずにおきたいと
思っている・・・そんな後ろめたい部分を浮き彫りにする
ミステリー仕立ての短編だった。
そうのを 人の心のイヤな部分のミステリーだから
略して「イヤミス」と称したりするそうだ。
すべての作品とも、主人公が女性だったのが気になった。
男性が主人公だとまとまりにくいテーマなんだろうか?
心にイヤな部分を持っているのは女性だけじゃ
もちろんないと思う。
男性の心のイヤな部分をちらとでも描き出していたのは
この短編集のなかでは沼田まほかるさんの
「エトワール」だけだった。
他の作品にも男性は登場したが、
いずれも主人公の女性から見た男性であり、
その人物像は、みんなひどく類型的。
「単純で、おめでたくて、マザコンで、
 女を性のはけ口としてしか見ていない」
といった感じの歪んだ像しか結んでいなかった。
つまり主人公の女性たちはみんな、
男性たちを求めつつも内心でバカにしている
ということなんじゃないかな、と思った。
わたしは、どの作品においても、このように、男性が
同じようにしか描かれていないことを退屈に感じた。
男性を主人公とする作品、
男性の心をもっと生々しく描く作品が
ひとつくらいあっても良かったんじゃないかなと思う。

また、その一方で、このようにも思った。
この短編集は、人の心の暗部を描くものであり
その「暗部」の種類は、各作品で異なる。
例えば「石蕗南地区の放火」で扱っているのは
「肥大化した自意識」、
「贅肉」で描いているのは
支配欲と嫉妬心、といった具合だ。
だが、実は短編集全体で1個の
統一された主題を扱ってもいる。それは、
「実は女は、男をかくも軽侮している」
ということ。

・・・

辻村深月「石蕗南地区の放火」
この作家さんの作品はどれも大長編という印象。
「冷たい校舎の時は止まる」
「凍りのくじら」
「ツナグ」
これらが、つまんなかった、とまでは思ってないが
あまりに長いので、読んでて疲れた。
3分の1の長さにできなかったのかと。
本作はスッキリ短くまとまってた。
短編の方が、おもしろいと思うな!
短編がうまい作家さんなんだなあ。
だが、

「驚きながらも、真実を知れば、朋絵は多分、私を見直す」

この1行さえ、なければ。
この1行さえ、入れないでいてくれたら、
本作こそ、本書に収録されている作品のなかで
最高傑作だと、わたしは思ったと思う。

・・・

小池真理子
「贅肉」
本作は著者のかなり前の作品で、
わたしは、小池真理子さんの別の短編集で、
過去にこれを読んだ。
その時から思っていたんだけど、
この、導入部は、いったい何だろう。
物語が、「小学校時代の友だちのお母さん」の話から
始まるのは、どうしてだろう。
友だちのお母さんは、すごい肥満だけど優しい人だった
・・・ってことだけで、この話を配置したのか。
わたしが知る限り、小池真理子さんは
そんなつまんないことをする作家さんではない。
だから、何か意味があるのかなと考え続けているのだが
何回読んでも、本作における導入部の意味がわかんない。
主人公とその姉の思い出の話から、
始めれば良いのにと、わたしなんかは思う。
思い出の肥満の女性は
「友だちのお母さん」だけど
主人公が問題にしたいのは
「わたしの姉」だ。
姉と、「友だちのお母さん」とでは、属性が全然違う。
それに、
主人公の姉が、この友だちのお母さんと
比較するに値する人物へと変化していったのは、
時期的に、もっとあとのことなのだ。
小学生のときの思い出を、
持ち出す意味がないと思うのだが。
でも一方で、姉の話も、友だちのお母さんの話も、
「主人公の過去」という点では、同じだ。
だから、なんか、ムダに混乱させられる。
どうして友だちのお母さんの話を入れたのか。
混乱を生じさせることに、何の意味があるのか。
そこが、わかんないんだよな~。

・・・

沼田まほかる
「エトワール」
この人の文章には
どこかしら突き放したような冷たさと、
わずかに狂気を含んだ美しさとが感じられて、
他にこんな風に書ける人は
絶対にいないだろうと思う。

・・・

新津きよみ
「実家」
限られた登場人物とシチュエーション、
ちいさなちいさな人間関係のなかで
ありそうでない話を作ってきたなあと思った。
家が戻ってきたとしても、
その時まで生きていられるかわからないから、
生前贈与じゃダメなのかなーとか思った。
正直なところを言うと、主人公の女性を見てて
ざまあみろ、と思った。

・・・

乃南アサ
「祝辞」
題材が古いなと感じた。
あと、展開が読めすぎた。
頼んでもいないのに、登場人物たちが
自分たちの今後を予測して、
それを言葉にしてしまっていたし、
しかも、本当にその通りになっちゃった。
何のひねりもなくて残念に思った。
もうちょっと、摩美と朋子という親友同士の関係を・・・
あのような結末になったことが納得できる程度に
詳しく描写しておいて欲しかった。

・・・

宮部みゆき
「おたすけぶち」
裁判の結果を明らかにするタイミングを、
あの段階に至るまで引き延ばした理由と、
兄を奪還したいと、あれほどまでに思う、
主人公の気持ちの背景が、不鮮明だった。
主人公が、妹でなく母親であったなら、
話が違ったかもしれないが。
主人公を今のまま、妹とするならば、
もうちょっと、お兄ちゃん大好き感を
ねっちょり書き込んでおいてくれると良かった。
でも
「兄を取り戻すには、何本の絆、いくつのしがらみを
 断ち切ればいいのか」
・・・この描写はすごくスタイリッシュ。
なるほどそういうことを思っているのか、と
ドキッとさせられた。

・・・

編者による、巻末の解説文は、ひどかった。
ないほうがマシだった。

マンガの感想-佐々大河「ふしぎの国のバード」6巻-190720。

「ふしぎの国のバード」
6巻
佐々大河 作
ハルタコミックス

f:id:york8188:20190720162753j:plain

www.kadokawa.co.jp

もうすぐ目的地の北海道に到着するのだが
いろいろと前途多難だ。がんばれ~
わたしはイザベラ・バード
「日本奥地紀行」なら読んだことがあるけど
あの本の記述からだけでは
本作に描かれているようなことまで
想像することはとてもできなかった。

東北地方の一地域のお葬式の光景や
紙漉きの仕事、
頻発した大火災と火消しの仕事などなど
もう今じゃそうそう見ることのできない
明治初期の日本の人びとの暮らしぶりを
熱意たっぷりに描き出してくれている。

わたし、火消しが、燃える建物の上に乗って
纏を振り回すのの、意味を知らなかった。
伊藤鶴吉が、イザベラに説明したところによると、
纏を振る役は、建物もろとも焼け死ぬことになっても、
消火が終わるまでは、屋根から降りないんだって。
仲間たちが必死で消火活動に当たるのは、
纏を振る役を死なせないためでもあるんだってさ。
知らなかったわ・・・スゲエ・・・
火消しが庶民のヒーローってのもわかるわ。
また、火事場は、大工たちの腕の見せ場でもある。
彼らは消火活動が行われているそばから
さっそく家々の建て直しに取り掛かる。
早ければ、火災が起こった当日のうちに
町まるごと再建してしまうこともあるという。
(再築費用はどうなってるんだろうと思ったけど
 そこに関しての説明はなかった。
 貧しい集落の火災だった。
 支払い能力がある人がいるとも思えなかった)
まだ火が残ってブスブスいっている所で
平気で作業をしているので、イザベラが驚いて
どうして完全に鎮火するまで待たないの、
せっかく建てても、また燃えちゃうかも・・・
と尋ねると 
大工は
「何を言ってんだ、この人は」という顔をして
イヤ燃えたらそれもまた建て直すだけだぜ・・・と。
おかしいとかおかしくないとか
ツッコむとかツッコまないとか以前に・・・
このシーンは
同じ日本人ではあるが わたしまで
話が途方もなさすぎて笑うしかなかった。

通訳兼ガイド役の伊藤鶴吉は
外国人相手にずっと仕事をしてきたが
日本人であり、貧しい家の生まれで、
二十歳になったかならないかくらいの青年だ。
西洋人のイザベラの事情や
価値観を深く理解していると同時に
自国の同胞の立場も、わかっている。
イザベラに
「彼らがああいうことをするのは
 これこれという慣習に従っているからです」
などと、客観的な視点から解説を加えることもあるが
例えば、女の子の成人式である「髪結い」が
初潮を迎えたことのお披露目であることを知って
信じられないという顔をしているイザベラの気持ちが
鶴吉にはピンとこない。
消火活動が済んでいない火事場で
早くも大工が働き出したのを見て
イザベラは眼をまんまるにするが、
鶴吉は大工と一緒になって
「その何がおかしいんだ」という顔をする。
鶴吉のポジションはおもしろい。
このマンガにとって、重要なキャラクターだ。

水害で急死した人物の、葬儀の場面は興味深かった。
全部セリフで説明したら紙面が文字で真っ黒になり
絵が隠れてしまっただろうと思うくらい
豊かな情報に満ちたエピソードだった。
一夜にして未亡人となった女性は
人手不足のため、義理の弟と2人で湯灌を行う。
義理の弟が死者の頭を剃る間、
起こした遺体を支える役目を受け持つが、
他ならぬ夫のものとは言え、
剃り落とされた髪の毛が自分の顔にふりかかる。
思わず顔をそむけてしまう彼女の姿が 
すごく印象的だった。

感情を押し殺していることに
ストレスを感じる余裕さえない未亡人の心が、
イザベラの存在によって、
ときほぐされていくところは良かった。


映画の感想-「ザ・ファブル THE FABLE(2019)」-190719。

ザ・ファブル
英題:THE FABLE
江口カン監督、2019年、日本

f:id:york8188:20190719235554j:plain

movie.walkerplus.com

ジェット・リー岡田准一柳楽優弥伊勢谷友介
男前四天王 現役映画俳優アジア部門は
彼らでカタい。わたしはそう思っている。
そのうち2人をいっぺんに出してくるだと。

直視するのが つらい・・・
め、眼が! 眼があああ!!

岡田准一の「ファブル/佐藤」役、ハマってた。
もし岡田准一という役者がいなかったら
実写映画化しようという話さえも
出なかったんじゃないかなと思う。
「1年間、『普通の人』の生活を送る」
ボスの言い付けを真剣に守り通そうとする姿。
幼い頃から人殺しとしての英才教育を受けてきたため
感覚が、なんだかいろいろズレてるが、
マジメな性格がいじらしい。
バイト先で絵をほめられたのがうれしくて
夜中の部屋で鼻歌をうたいながらお絵描きするところとか、
この上もなくシュールだ・・・。
しかも基本的に 家の中では全裸で過ごし
頭の上にインコを乗っけている・・・。

柳楽優弥も良かった。何よりも、本人が楽しんで
演じているように見えたことに、好感を持った。
ジェット・リーもそうだけど
声が高めで、こう言っちゃなんだが
発声がやや「ガチョウ」っぽいのが
役柄の幅をせばめてしまっている感じがして
もったいないなと、ときどき思う。
もっと、いろんな役をやっているところが見たいなー。

本作を、単純に映画作品として考えると・・・
クライマックスが、クライマックスらしく
盛り上がりきらなかったような気はちょっとした。

まず、ミサキ救出作戦の側面で言うと、
この程度じゃ、ちょっと甘いなと。
柳楽優弥が演じた、コジマのやることには
卑劣さと狡猾さがもっと欲しかった。
コジマのやり口が、悪者としてやや中途半端なので、
ミサキ(山本美月)が、あんまりひどい目に遭うことがなく、
したがって、救われた時の「良かったね」感も、薄かった。
ミサキが、今回の事件で、どういう目に遭わされるかは
百歩譲って別だとしても、せめて、例えば
過去にアダルトビデオに出演したことがあり
(出演を要求されたものの断った、ということになっていた)
その時に、関係者に手ごめにされて弱みを握られたか、
暴力を振るわれた経験があるか・・・くらいの
深刻な心の傷を背負っている感じでないと、
物語としては、つまんなかったなと思う。
暗い部分は、躊躇なく、暗く描かないと。
明るい部分の明るさが、際立ってこない。

コジマ回収作戦の側面で言うと
ファブル/佐藤のアクションシーンは・・・
あれは文句なしにスゴかった。
「人を殺してはならない」という制約があることが
敵アジト潜入の場面を おもしろくしていたと思う。
それに、
もしかしたらこんなことは、
まったく重要じゃないかもしれないんだけど、
ひとつ、個人的に印象に残ったことがあった。
ファブル/佐藤の動きだ。
彼はミサキを救出するために敵地に乗り込むと、
以下の一連の動作をただひたすらに繰り返した。
(1)攻撃をかわす
(2)腕に打撃を加えて武器を奪う
(3)気絶させる
(4)奪った武器で周囲を威嚇する
※(1)~(4)を繰り返す
それは、
敵がどこから顔を出そうが、
どんな風に襲ってこようが、
どちらの手にどんな武器を持っていようが関係がなかった。
状況を瞬時に判断し、的確に体を動かし、
機械のようによどみなく、作業を行う。
殺し屋、暗殺者、武器の扱いに長けた軍人
といった類のキャラを主人公とする映画は 
今までたくさん観てきた。
でも
「ああ、彼らが現場でやる作業ってこういうこと」
と、「自分にもわかる」ことという枠組みのなかで
とらえることができたのは
本作が初めてだったな。
想像ができたのだ。
人を殺したことも武器を持ったこともないけど、
「仕事」は、わたしもしてきたから。
仕事は、知っている作業の繰り返しで成り立っている。
よく知っていることを、今日もやる、
それは、仕事の根幹の部分に関わっている。
ずっとやってきたことを今日も明日もずっとやってると
動きにムダがなくなってくる。
着手してから作業を終えるまでの時間が短くなってくる。
作業中に何が起こってもそんなに驚かなくなる。
対処できるということを知っているからだ。
それどころか、仮に何か起こっても、それが起こることが
数秒前から予測できていたような錯覚を覚えることもある。
何度も何度もやってきたことの記憶の集積が
カン、とか経験値とか呼ばれるようなものへと形を変えて
身についていくのだと思う。
また、何回もやると、
肉体的に疲れてきたり、
力の入れ方にムラが出てきたり、
精度が落ちたりする。
繰り返す、ということが心身に及ぼす影響。
わかるようになっていく。
疲労や惰性によってミスが出るかもしれないことを見越して
当日あたりの作業量や所要時間にあたりをつけることも
可能となる。
すべて、仕事だ。それなら理解できる。
ファブル/佐藤を見てて、
彼が仕事をしているということが
実感をもって迫ってきた。
 
惜しいなあと思ったことがあった。
ファブル/佐藤が 仕事の時には覆面を着ける
という設定だ。
岡田准一は確か、何らかの格闘技の分野において
インストラクター資格を持っている。
本作でも、主要な場面のバトルシーンの振付は
彼自身が担当したような話を聞いた。
もしかしたら自分のシーンは
全部、スタントなしでこなしたのかも。
そのくらいのことはできる人だ。
覆面着用の設定は、返すがえすも惜しい。
岡田准一が、自力であれだけのシーンを
やってのけたのだとしても
本当に彼かどうか、わからないことになってしまう。

敵アジトの場面は、
黒スーツのモブヤクザが、叩いても叩いても 
ウジャウジャわいてくるところが
(何しろ気絶させるしかないので、起きたらまた
 追いかけてくるから、敵が減らない)
なんか、白黒時代の喜劇映画とか
吉本新喜劇」とか「ドリフ」の
舞台みたいだな~って感じがあった。
本当は、限られた数しか役者はいないんだけど、
ワーッと一斉にドタドタ舞台を駆け抜けて
舞台裏で急いで服を着替えてまた出てくることで
モブキャラが無限にわいてくるように見せる、みたいな。
そういうのを狙ったんだろう。
バカバカしかった(笑)!!

物語のスケールは
そんなに大きくなく、
言ってしまえば なんということのない話だ。
(原作マンガも確か、そういうかんじだ)
なまぬるいなあ、もっとギリギリ締め付けた
感じにしてくれても良かった・・・、と
思った部分もあった。
でも
話はムリなく、わかりやすく進行した。
メインキャスト以下 どの役者さんも、
自分の仕事をきっちりとやっていた。
アクションとドラマとユーモアが
悪くないバランスで配合されていた。
ファブル/佐藤とそのボス(佐藤浩市)、
コジマとその兄貴分(安田顕)、
この4人のキャラクターの配置はうまかった。
ファブルとコジマのたどる道
つまりボスと兄貴分のそれぞれの選択が
最後にきれいに対比をなした。
全体にまとまり良く作られていた印象を受け
最後まで楽しく観られる映画ではあった。

映画の感想-「虐殺器官(2017)」-190717。

虐殺器官
村瀬修功監督、2017年、日本

f:id:york8188:20190718002651j:plain

movie.walkerplus.com

原作小説がすごくおもしろい。
映画化されたときはほんとにうれしかった。

f:id:york8188:20190718010007j:plain

www.hayakawa-online.co.jp

伊藤計劃虐殺器官
ハヤカワ文庫

小説も、映画も、わたしには 難しい。
映画を観て小説を読み返してまた映画を観直して
・・・と何回もやって 楽しんでいる。
映画でよくわかんなかったところの答えを 小説に探し
小説で想像しきれないところの答えを 映画に求める。
要するに 1回でも一方向でも わたしにはとても理解できない(笑)

終盤の、列車がこの世の地獄と化すシーンが好きだけど
映画では改変されて列車じゃなくなっちゃったのが
いつ観てもちょっと残念だ。
けど しょうがなかったのかなと思う。

「どうです、今なら子どもを殺せそうですか?」

ジョン・ポールの語り口が良い。
ジョン・ポールとルチアの関係なんかは
人間の本当にどうしようもない業の部分みたいなものを
鋭く見せつけてくれているなと感じる。

人間の本質的な残虐性を描き出した物語、
そんな風に言うことは簡単だが、

「人間には、虐殺行為の意思的な推進をつかさどる器官が
 遺伝子レベルで搭載されている」
という設定自体に
「人の本質的な残虐性の表現」を見るべきなんだろうか。

この物語はそういう風には必ずしも なってないと思う。
「人は生まれながらにして残虐なんだよ」
と 済ませられる話ではない。

殺戮本能と言えるその器官が 
人に備わった理由について、
小説でも映画でも、示唆されている。

虐殺器官」の存在を把握したからと言って
そいつを人工的に呼び覚まさせて
お好みの地域、お好みの言語圏に大量虐殺行為を誘発し
世界経済や世論を都合の良いように操作しようとする
・・・という発想にたどりつく、
そしてそのアイデアになんら問題意識を持たない、
それこそが、人の残虐性の表出ってことなんじゃないかな。

罪悪を、罪悪と感じることができないときがある。
それはすごく深刻な、人の問題であると思う。

たとえやったことがないことでも、知らないことでも、
ダメなものはダメだと判断できないといけない。
それに、できるからといって、やっていいかと言うと、
そうではないのだ。

テレビドラマ-「ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん(2017)」-190716。

ネットフリックスで
光のお父さん」というテレビドラマを観た。

ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん
2017年4月~5月
野口照夫監督、毎日放送

f:id:york8188:20190716220843j:plain

hikarinootosan.jp

人気ブログを原作とする作品で
テレビドラマが2年前に放送され
いま、劇場版が公開されている。

最近知り合った、年下の女の子に
好きな映画とかドラマとか本とかあるの?って
なんとなく聞いたら
彼女はゲームが好きで、
光のお父さん」という映画を今度観に行きたい、と。
ゲームに全然詳しくない人でも観て楽しい映画?と尋ねたら
何の問題もなく楽しめるはず、と。
光のお父さん って なんだよ!!
タイトルが謎すぎて 強烈に覚えてた。
ほんとはわたしも映画を観てみたかったが、
しばらく忘れてて、
あっと思って調べてみたときには、
近所の映画館での公開が終了してしまってた。
ひとまずドラマの方を観てみた。

1話30分くらいだから 1日に何回分かまとめて観て
4日くらいで全部観終えた。

仕事人間だった父が、ある日、突然
会社を辞めて帰ってきた。
辞めた理由が知りたい。
父とは、幼い頃には一緒にゲームを楽しんだこともあったけど
ささいなすれ違いを重ねたこともあって
今では日常の会話さえ、ほとんどない。
だが、一計を案じた息子は退職祝いにかこつけて
オンラインゲーム「ファイナルファンタジー」をプレゼント。
これはかつて父子で遊んだ思い出のゲームでもあった。
正体を隠して父に接近し、一緒にプレイするなかで
父の本音を聞き出そうと試みる・・・

オープニングソングがすごくカッコイイ。

GLAY「the other end of the globe」

www.youtube.com

GLAYなのか・・・
どうりで歌がうまいなと思った。
わたしが知っていた頃よりも
今の方が断然うまい気がするな。

・・・

息子役の千葉雄大の「顔芸」がおもしろかった。
整った顔立ちで、ああいう変な顔されると、異様に可笑しい。
ただ、そんなに複雑な感情表現などを
要求されたわけじゃなかっただろうから、
彼は、役者としてはもしかしたら、
この仕事は退屈だったかもしれない。

話がシンプル過ぎて物足りなかったなあ。
もっと紆余曲折あった方がおもしろかった。
現実世界で父と衝突したり。
あと、例えば・・・
オンラインで正体を明かしてないんだけど
父の本心を聞き出したいあまり
現実世界でその感情を中途半端に父にぶつけてしまって
ハッ、そうだこれはゲームじゃないんだと冷静になったり
それから・・・そうだなあ
ゲームの世界で共闘するパーティにおいて
人間関係のいざこざが発生し
そういうのを解決していく・・・とか。
何でも良いんだけど例えばそんなひねりも
あっても良かったんじゃないかなと思う。

あと、現実世界パートでの
主人公の会社員としての働きぶりや
職場のようすの描写があまりにも安っぽかった。
父の親友で、会社経営者であるという人物が
会社で開く会議のようすも、現実感がまるでなかった。
仕事って、もっと複雑なもんだとわたしは思う。

そんなわけで 正直なところを言えば
おもしろい、って感じのドラマじゃなかった。
現実世界での物語の展開は
中学生や高校生でも先が読めまくるだろうなと
思うくらい イージー
でも、
大杉漣、亡くなっちゃったんだよねえ涙。
それを思うとドラマのストーリーには
感慨深いものがあった。

また、
ゲームに全然縁がないわたしにしてみれば
ゲームの世界と現実の生活とが関連し合うというのが
おもしろい発想だと思ったし
オンラインゲームってこんなことができるんだな、
というのをいろいろ知ることができて興味深く観た。
ゲームの映像の美しさや、キャラクターの動きがかなり
自然なことにも驚いたし
というかあのゲームパートを
どうやってドラマに採り入れたのかなと思う。
実際にゲームをプレイして、ドラマのシナリオ通りに動かし、
そのプレイ動画をキャプチャして入れたってことなんだろうか。
それとも、あたかもゲームのプレイ画面のように見せかけて
1から全部作り上げた映像なんだろうか。

初めて知ることばっかりだったから
毎回 「マジか!!」って声を上げてしまうほど
おもしろいことの連続だった。
・キャラクターに着せてる衣装が
 自分だけみんなと違ってて、恥ずかしいから
 もうゲームやりたくない・・・みたいな初心者の心理
・キャラクターのレベルを上げるために
 サブクエストの回数をこなさなくちゃならないが
 それを繰り返す単調な作業がおっくう
・サブクエストを来る日も来る日もやっているうちに
 メインクエストに戻るのが面倒になる
・レベルが低いのに、フィールドをうろうろするうちに
 上級者向けエリアに足を踏み入れてしまう
・操作に慣れてなくて意味わからん動作をしてしまう
・キャラクターに言葉を話させたいが入力が遅くて
 何分も黙りこくる形となってしまう
・オンラインの世界で、人柄が豹変する人がいる
・ゲームの世界で結婚式(みたいなもの)を
 あげることが可能 ※会場の予約が必要
・オンラインで出会った人と恋愛関係になることがある

じゃあ現実世界のパワハラ上司と
それと知らずにパーティーを組んで
それと知らずに協力して敵を倒し
がんばったね!と健闘を称え合うこともあるし
はたまた
現実世界でこの上もなくステキと思ってる片思いの相手が
ゲームの世界では鼻持ちならないイヤなやつとしての
本性を現していて そいつのこと大っ嫌いなのに
それがあの人だと気づいてないとかってことも
あるのか・・・
オンラインって複雑そうだけど
おもしろいことがたくさん起こっているんだなあ。

わたしはゲームってのには縁がほとんどないと思ってた。
コントローラを握ったこともない。
けど
実家にはプレイステーションがあった。
弟と兄は遊んでたな、と思い出す。
そういうレベルも含めれば、
縁がないといっても、誰でも、わたしでも、
何かしらゲームの思い出ってのは、あるんだな。

ゲームって、ハマると大変で「1日に遊んでいいのは30分まで」
とか家庭内ルールを決めるのが大変って話をよく聞くが、
弟も兄もそんなにハマってる感じはなかったな。
夕食の時間なのに親が何度声をかけてもやり続けてるとか
そういうことはなかった。
まあうちはものすごく親が厳しかったので
弟や兄は空気を読んでいたんだろうが。
そしてふたりとも高校生くらいになったら、もうやらなかった。
わたしは兄弟がやってるのを見ても
自分もやってみたいとはまったく思わなかったが
ゲームの映像が、見てて楽しかったって印象だけはある。
でも、「光のお父さん」で千葉雄大大杉漣
遊んでる ファイナルファンタジー14とかほどには
当時はグラフィックが進んでなくて、
なんというのかな
「こんな、人なのかどうかもわかんないような
 ちっちゃな四角の寄せ集めみたいな
 人形を動かして、文字の説明を読んで、
 それがそんなに 楽しいのか?」
「パッケージの絵と、ゲームの映像が
 全然違うのに、だまされたって思わないのか?」
みたいなことを わたしは思ってた。
そのことを、口に出して言ったことがあった。
すると、ゲームで遊びながら、弟や兄が
「これでもグラフィックは進んだ方だ」
「自分で想像するから、絵とかは気にならない」
みたいなことを口々に言ってきた。

光のお父さん」で 聴こえてきた
ゲーム音楽の多くは、
わたしも聴いたことがあるものだった。

弟や兄が当時遊んでたゲームのなかに、
ファイナルファンタジー」があったんだと思う。
今となっては「14」まであるみたいだから
兄弟がやってたのが「ファイナルファンタジーいくつ」
だったのか わかんないが。
オンラインゲームじゃなかったし。
14ってすごいな!
全然ファイナルじゃないじゃん。
終わる終わる詐欺みたいじゃん(笑)・・・
でも 映画「ラスト・アクション・ヒーロー」(1993年)の
「ラスト」も、「最後」って意味じゃなくて
究極的にスゴイ、とか、最高の、とかいう
意味って聞いたことがあるな。
ファイナル、もそっち系の意味なのかもしれない。
14まで出てるってことは
それだけみんなに愛されているゲームなんだろうし。
なんかちょっと、わたしもやってみたいような
気がしなくもない。

でも性格的に なんか 弟や兄と違って
わたしこそ やり始めたらハマってしまいそうだな。
で、なんかすごい特殊な遊びかたをしそう。
ボスを倒すとかストーリー攻略とかどうでもよくて
そうだな 例えば・・・
「キノコ採り」とかそういう作業に
夢中になっちゃうんじゃないかなあ。

少し足をのばせば
まだ劇場版「光のお父さん」を上映している映画館はある。
もしかしたらドラマとは違う展開もあるかもしれない。
観に行ってみたい。

光のお父さん」を薦めてくれた子に
早く 観たよ!って話をしたいな。