BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

髪の毛を切る/薦めた本が読まれるとうれしい/真藤順丈「宝島」-190621。

美容院で髪の毛を切ってもらった。
髪の毛が多い。
それに伸びるのが早い。
どこの美容師さんにも驚かれる。
たった1ヶ月で、いつも「思ったより」増える。
アシスタントさんも動員のうえ
ふたりがかりで髪の毛を梳いてもらうこともある。
1ヶ月どころか
26~28日周期くらいで切っていかないと
重く感じて、ものすごく気持ちが悪い。

いまお願いしている美容師さんは、
中学・高校時代の同級生だ。
この前 お願いしたとき、
「本を読むように努めている。
経営やビジネス関連本を中心に選んでいるが
実は難しくて最後まで読めたためしがあまりなく
小説なんかはさらに読めてない」・・・ということを聞いた。
沖縄が大好き、ということも言っていたので
では真藤順丈の「宝島」はどうか、と薦めておいた。

大長編だからどうかなとは思った。
それに心配なことはもうひとつあった。
本作は終戦直後~70年代くらいまでの
沖縄の激動の時代を描く物語なのだ。
美容師さんは 沖縄は大好きだけど あの土地の
暗い歴史の部分は かなしいからあんまり積極的に
触れたいとおもわない、と言っていた。
何度となく沖縄に旅行に行ったことがあるが
戦時の歴史をたどる史跡や記念館のたぐいには
足を運んだことがないそうだった。
だからそういうのが読みたくないなら
この小説は向かないのかなと思った。
でも、 なんとなく・・・これだったら
彼は最後まで楽しめるんじゃないかなと感じたのだ。
なんとなくとしか言いようがないのだが。

真藤順丈「宝島」講談社

f:id:york8188:20190621234424j:plain

bookclub.kodansha.co.jp


舞台は、終戦直後の沖縄はコザ。
この頃、米軍基地に夜な夜な忍び込んで
物資を盗み出し、貧しい家や病院や学校に届けて回る
若者たち(「戦果アギヤー」)が もてはやされていた。
いつもとくに大きな「戦果」をあげて帰ってくるのは
オンちゃん・レイ・グスクの3人の少年グループ。
リーダーで最年長のオンちゃんは、地元の英雄、みんなの憧れの的だ。
しかし、他の地域の戦果アギヤーたちと合同で臨んだ大仕事の夜、
米警護兵の追跡を受け、合同グループは壊滅的な打撃をこうむる。
「生きて帰ってくること」を最優先事項に据え、
常に慎重に練られてきたオンちゃんの計画にあって、
そもそも計画実行中に警護兵に見つかってしまうこと自体がめずらしく、
ましてメンバーが死傷するなど、これまでになかったことだった。
この夜、レイとグスクは生還したが、オンちゃんが行方知れずとなる。
やがて、レイは地元のゴロツキ集団に仲間入り。グスクは警察官に。
そしてオンちゃんの恋人ヤマコは小学校の教師となって、
日々の暮らしを営みつつも、オンちゃんの面影を追い求める。
彼らはそれぞれに工夫してオンちゃんの消息を調べようとする。
どうもあの大計画の夜、オンちゃんたちの仕事を
阻もうとする動きがあったらしいのだが・・・。

・・・

今日、1ヶ月ぶりにお店に行ったら美容師さんが
「『宝島』読んだよ!!」と教えてくれた。
おれはあのシーンであいつが※※したのであやしいと思ったよ。
あの場面はこうこうこうで、すごく感動した!
と積極的に感想を語ってくれた。

薦めた本を読んでもらえると とてもうれしいものだ。

相手の「読んだよ!」をあまり真に受けないように
心がけている。
「読んだよ!」と言われて あんまり喜んで
目をキラキラさせてしまうと 
相手を困らせることになると
経験上 知っているからだ。

たまに、「あの小説読んだよ」とか言ってもらえたとき
ついうれしくなって 
え、え、読んでくれたの? どうだった?
おもしろかった?
どんなところがおもしろかった?
あの場面のあのセリフどう思った?
最後ああいうふうになったのってどう解釈する?
と ぐいぐいいってしまう。
すると、たちどころに
「じつは読んでくれてなかった(途中でやめた)」
ことが判明することがある。
相手は、薦められた手前 気を遣って
少なくとも薦められたことを忘れてないよ、と示すために
「読んだよ」と言ってくれているだけなのだ。
最初の方だけ読んでやめてしまった場合は
感想も最初の方についてのことしか語ってもらえないので
すぐにそれとわかる。
中盤のあのシーンがどうとか
最後の方に出てくる登場人物のことなんかを持ち出すと
途端に相手の目が泳ぎだすので
あ、これは、読んでいないか、途中まで読んでやめたなと
わかる。
でも、気を遣ってもらっていることが伝わるので
わたしもまさか「さては読んでないでしょ!」とか言わない。

最近は「読んだよ」と言ってもらえたとしても
「そうなんだ!読んでくれたんだね!」といった
簡単なリアクションにとどめるようにしている。
ただし、相手が本の内容について話したいかもしれないので
その気持ちをフイにしないために
「読んでくれたんだね!」は わたしのうれしい気持ちが
伝わるように、明るい感じで言うことを意識している(笑)
ともかくこっちの気持ちを押し付けすぎないことが大事だと。
本の内容とか、解釈とか、あんまりつっこんだところに
こちらの都合で相手をひきずりこまないように気をつけている。

まあ 正直に言えば 
まだ読んでない、途中で読まなくなってしまった、
あるいは読む気がない、・・・は
厳密には「読んだ」とは言えないと わたしは思う。
その場合は、
「読んだよ!」じゃなくて、
「買ったよ」「図書館でかりたから今度読むよ」
「最初すこし読んだけどやめちゃった」
そういう風に普通に状況を伝えてくれれば 
いいのになと ちょっと思う・・・
読んだよ!と言われると 
(全部)読んだんだ!と思ってしまうから。

人に薦められた本を読むことは普通、まれなのかもしれない。

でも美容師さんは、ちゃんと「宝島」を読んでくれた。
しかも大変気に入ってくれたようだ。

「今までは悲しいことを知りたくなかったけど、
この本を読んで、知れてよかったと思った。
沖縄の人たちのあったかさや
なんくるないさ』っていう感じは、
つらい時代を乗り越えてきたからこそのものなんだと思った」
と。

薦めて良かった。

・・・

真藤順丈の作品はいままでどれも個人的には
そんなにハマらなかった。
多作なところ、いろんなスタイル・ジャンルに挑むところから、
東野圭吾の二番煎じみたいに正直思っていた。
だが、
「宝島」は著者畢生の傑作になったと率直に思う。
源氏物語のように、
「時も場も次元も超えてできごとを俯瞰する語り部
の視座に 全体を統括させつつ
立場のちがうメインキャラそれぞれに、あくまで主体的に行動させ
ひとつのものごとを、立体的・多角的に見つめるやりかたが 
成功している。
この作品には、そのやりかたがきわめて似つかわしいのだ。
長大な物語だが、この分量でなくてはだめだった、ということが
よくわかるので、長すぎるとは思わない。
言葉では表現しきれないことを、その本質を損なうことなく
まじめに描き出そうとしているのもいいところだ。

なまなましさや、徹底して描こうとする姿勢は
ちょっと三島由紀夫っぽい。
切れ味は三島由紀夫の方が鋭いとは思うが。