BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

寺山修司作品へのすこしの関心を満足させる

寺山修司のことを考えることが 
やや増えていて
彼の著作で手持ちのものを ひっぱりだし
とりあえずぜんぶ 読んでみた。

幸福論
家出のすすめ
書を捨てよ、町へ出よう
不思議図書館
さかさま世界史英雄伝
誰か故郷を想はざる
馬敗れて草原あり
戯曲毛皮のマリー/血は立ったまま眠っている
あゝ荒野
寺山修司青春歌集

ほぼ角川文庫。
あゝ荒野だけ河出文庫


わたしは 詩をまるっきり解さないたちなのだけれど、
寺山修司は 詩人だ。
涙が出てくるくらい純粋な。

理論でなく感性でうけとる必要がある。
感性なんだから、べつに、
なにもわからなくても、触れてかまわない。
けど、なにもわからないのに触れるのでは、
じっさいのところおもしろくもなんともないのが
寺山修司作品であるとおもう。

この人は、あらゆる種類の、
あらゆる時代の美というものを
コンテンポラリーにして 
出血大放出しちゃってる。
なにもかもごっちゃまぜにひっくるめてのみこんで、
しかもおそろしいことに
すっかり自分の血肉にしてしまっている。

「まっくらになりました。
だが、コブラや亀は頭をもたげ、さそりは立ちあがり、
短剣は肉を切り裂くために身をかがやかし、
月は真っ赤に地獄を照らす。
聖なる女衒は港町へ去り、
あとに残った男たちは、互みの心臓の海に
情欲の錨を投げあい、求めあい、
帆柱をこの手で熱く熱くこすりあいながら、
馬よりも逞しい死を死のうとする。」
(「毛皮のマリー」)

ジャン・コクトー、ベルク、フェリーニ
パゾリーニヴィスコンティ
ギリシャ古代演劇、歌舞伎にお能
常磐津、新内、長唄
見世物芸、民謡、大衆歌謡、
シャンソン、カンツオーネ、リート、オペラ
そのほかいろいろ、いろいろ。
なんでもかんでも飲み込んでかみくだいてきたことが
ぐいぐい伝わってくるし、
時代もジャンルも関係がないみたいだ。

時代もジャンルも関係がない。
ここがすごい。
いうのはかんたんだけれど
こんなことはふつうできるもんじゃない。

時代もジャンルも関係がない。

信じられないくらい 許容範囲がひろい。
しなやかで 貪欲な感性の持ち主だったらしいことが
弱いもの、負けたものにやさしいまなざしを注ぐ人だったことが
ほんとは 汚いものをできれば見たくなかったのに 
鋭敏すぎる感性が彼にそれをゆるさなかったことが
どの作品を読んでいても よくわかる。

寂しがりやだったのかも。
自伝みたいなものもいくつも出してるけれど
ココ・シャネルみたいに なにがほんとでどれがウソだか
よくわからないようなところも多々あり
信用ならないのだが。

彼の思想からは
ひとりっていう発想じたいが ふしぎと
あまり現実味をもっては感じられない。
なんでもいいからいろんなものや
いろんな人にいつでも 囲まれていなくっちゃ、
というタイプの人だったのかもしれない。
ひとりじゃ ごはんがたべられないような。
でも、そうやってみんなにそばにいてもらうことを
当然のごとく要求しすぎてしまうために
ときに、かえってまわりから人が離れていく、
ということもあったかも
幼年~少年時代にかけて、おそらく
いわゆる普通の家庭環境ではすごせなかったのであろうことが
けっこうはっきりとわかってくるものだ。
とくに父なるものの不在、
というよりも お母さんとの相~当~に複雑な関係。

それは「田園に死す」とかに。

「眠る母見れば 白髪の細道 夜の闇
むかし五銭で 鳥買うて とばせてくれた顔のまま
仏壇抱いて高いびき 
長子 地平にあこがれて 
一年たてど 母死なず
二年たてども 母死なぬ
三年たてども 母死なず
四年たてども 母死なぬ
五年たてども 母死なず
六年たてども 母死なぬ
十年たちて 船は去り
百年たちて 鉄路消え
よもぎは枯れてしまうとも
千年たてど 母死なず
万年たてど 母死なぬ
ねんねんころり ねんころり 
ねんねんころころ みな殺し」

こんなもの、完全なつくりものじゃ 絶対に書けないよ。

・・・ともかく、
「なんでもいいから何かに囲まれていたい」
という たちの人だったとしたら、
どんなに通俗的、大衆的にすぎるものでも
かならずやそこに美、詩、気品を見出して
ごくごく飲み干すことができた 
というのもわかる気がするのだ。

ただ そうなると、
寺山修司の作品に触れたいならば
こちらもあらゆる種類の美意識を
できるだけおおく、できるだけ深く知り、
心にしみこませたうえでないと
そうでないと ぜんぜん 理解ができないんだとおもう。

時空を超えてぜんぶが「今ここ」という意味での
コンテンポラリー感は 
なにも寺山修司の専売特許じゃない。

同じ時代の人で すぐ連想されるのは
三島由紀夫

ただ、三島は寺山修司とあきらかにちがう。

三島作品にわたしがかんじるのは 
ここまでやるかという人工美
都会っぽさ、上流階級志向
(平岡公威はほんとはぜんっぜん
そういう人じゃなかったはずだが、だからこそなんだろう。)
見た目的になにか貧乏くさいもの、いなかっぽいもの、
とくに日本の小汚さ、まずしさを感じさせるものは
それがなんであれ徹底的に排除、
そのうえに構築されたのが 三島文学だとおもう。
※あの人はサドとかレアージュみたいな
西洋的「デカダン」は 「いいね!」だったみたいだから・・

わたしは三島文学にかんじられる
徹底した人工美への傾注には
正直なところ 何回読んでも あんまりなじめない。
すごくおもしろいのだが。
(でも「憂國」と豊饒の海の「天人五衰」はすきかな・・・)

寺山修司三島由紀夫の決定的なちがいは、
日本的な自堕落性、退廃、反権力(太宰治のような。)を
受け入れてたか否か、にこそ
あったんじゃないかなと感じる。



こういうときはこういうこと・・・
引き寄せというか
タイミングのよさというか
シンクロニシティというか
が案外あるものだな、とおもうのだけど、

目と鼻の先にある はとこの家を
はとこの おばあさんの顔を見に 訪ねたところ
たいへんな文学少女だったらしいおばあさんが
わたしを学友かなにかとかんちがいしたのだろう
いつもの 本やらレコードやらの貸し借りのつもりなのか
わたしからすれば文化財級に貴重な古書や レコード、
ビデオテープ、レーザーディスクを 
1回では持ち帰れないくらいたくさん
もたせてくださった。
レーザーディスクってどうやって観るの??)

古書だけでも
レアージュ鶴見俊輔レヴィナスマラルメレールモントフ
セリーヌ、谷崎、吉本隆明バタイユ高橋和巳
フッサールハイデガー、ユンガー、フェヒナー、
湯浅博雄、三島、ブランショマルケス、サキ、
バシリエヴィチ・ゴーゴリ立原正秋デリダランボー
チェーホフヴァレリー、サルトイコフ・シチェドリン

おばあちゃん・・・・ すごいね・・・
なんだかこわいよ・・・いったいどんな学生だったの。

そうしてそのなかに おどろいたことに
天井桟敷78年初演版「身毒丸」の公演ビデオが。
みつけたときは 指がふるえた。
まだ 観ることができていないが 
ぜひ時間をつくって鑑賞したい。

はとこのおばあちゃんは じきに100歳に手が届く。
わたしの係累は 早死にで 
戦死でなければことごとく60代そこそこで
(全員ガンで)なくなっているのだが、
このおばあちゃんだけとても健勝で すごく長生きだ。

さすがに 弱ってきているし
わたしを女学生時代のお友だちと信じて疑わないとか
そういうのも ありはするのだが、
おだやかにおっとりと 暮らしておられて、
行けばいつも、やさしくむかえいれてくれる。
園芸の達人で、5~6年くらいまではお庭でいくつもの
鉢植えを 年中きれいに咲かせていた。
いまや 話しても内容がすこしもかみあわないし、
たぶんわたしが話すことの意味なんて
わかっていないとおもう。
ご自分でご自分がなにを話しているかも
あんまりわかっていないのかもな、と
でも、
わたしはこの人のことがすきだ。

わたしは 自分の家族とは ひどい没交渉の状態にある。
(これでも努力して 多少の改善はみられているのだが。)
たとえこんなに近くに暮らしている
親戚のおばあさんのことでも、
もしものことがあったとき、たぶん家族はわたしに
知らせてはくれないとおもう。
だから、わたしは叔父にあらかじめ、しつこくたのんである。
はとこのおばあさんに いつかそのときがきたならば、
わたしの家族がわたしにそれを知らせたか否かにかかわらず、
かならず叔父の口から教えてくれるようにと。