BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『仮面の男』-201108。

原題:The Man in the Iron Mask
ランダル・ウォレス 監督・脚本
1998年、米

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良い予告動画が見付けられなかった。

ルイ14世の出生の事情や父親のことをめぐっては
昔からいろんな俗説があるらしくて、
この映画の場合は、
ルイ14世には、実は容姿が瓜二つの双子の弟がいるが、
 弟の方は時の廷臣たちの策略で宮廷から引き離され、
 長年、投獄の憂き目にあっている。
 しかし、国王ルイ14世があまりにも能なしなので、
 国を憂えたかつての『三銃士』が再び立ち上がり、 
 兄弟のすり替えを企てる」
・・・という筋になっており、
アレクサンドル・デュマの『三銃士物語』をベースとする
娯楽冒険活劇、ということのようだった。

夜中になると こういうただの娯楽活劇というか
本当に何も考えなくて良いようなやつを観たくなるなあ。
観たくなるというかそういうのしか受け付けない。

感想としては、
全然おもしろくなかったけど、ゴージャスではあった。
そういうのが観たかったといえば観たかったわけだから
まあ結果としてはこれで良いのだ。

でも全然おもしろくなかった(笑)
やっぱりどうせ観るならおもしろいに越したことはないよ。

なんか、おもしろくなかったうえに、
中途半端にくだらなかったんだよなあ。
ジェラール・ドパルデューも、ジョン・マルコヴィッチも、
他にどんな映画に出てて、どんな役をやっているか
知っているだけに
この映画で彼らのやっていることはほんとにアホくさくて
くだらなくて(役者に責任があるわけじゃないが。)
「めちゃくちゃお金のかかった『ドリフの大爆笑~』」を
観ているような感じがしてしまいに失笑だった。

中途半端にくだらない、というのはつまり、
うまく説明できるかわからないが、
「ドリフの大爆笑~」は喜劇だとはっきりわかるけど
この映画は、喜劇とか、悲劇とかそういう話以前に
観客に何を思わせたいのかがわからなかった。
例えば、
「この物語を爽快な冒険活劇としておきたいのであれば
 そのキャラクターは絶対に死なせたらダメだよね」
っていう、結構な重要キャラを、
平気でさくっと何人か死なせていたのは理解に苦しむ。
脇役でも、死なせちゃいけないキャラはいる。
死んだと思わせておいて本当は生きてたよパターンかと
思ってなりゆきを見守ってみたが、結局それもなかった。
それってもうなんか根本的にダメだと思うんだよな・・・
この物語をどうとらえれば良いのかわからなくなる。
確かにデュマの原作では、・・・というのもわかるのだが
このタッチのこの映画だったら、絶対にやっちゃいけない
ってことをやっておきながら、このタッチをあくまで押し通す、
ということの意味が良くわからなかった。
何がしたかったんだこの映画は。

原作と別のルートを用意しても良かったのでは。
いろいろと、もっと他にやりようがあった気がする。
デュマの小説なんか今やったら古いに決まってる。
それを1998年に映画化するならするで
そうするだけの、今だから、という意味を、
持たせるべきだと思うのだが。

なんか、アトスが気の毒なだけだったな、という感じだった。
フィリップは優しいから最後にああ言ってくれたけど、
そうは言っても結局、フィリップの父親は(笑)

クリスティーナもああなっちゃったらもう
家族とか、いろいろ、支えて来たものはどうなるのか・・・
つらすぎ。

レオも、まだこの時はほんの若手だっただろうから
しょうがなかった部分もあるのだろうが、
どうにもこうにももったいない使われ方をしていた。
この映画の見どころはレオの一人二役
「酷薄・非道なルイ14世」と
「心優しくピュアな王弟フィリップ」を 
レオひとりで演じ分ける、というところに
あったと思うのだが、
肝心のそこが壊滅的にうまくいってなかった。
ルイとフィリップは見た目はそっくりだが性格が違う。
この映画ではふたりの性格の違いの表現において
せっかくのレオを全然活かしてなかったと思う。
例えば、不美人の女性を道端のゴミ扱いするルイに対して、
心優しい弟は、女性がつまずいて転びそうになると、
その人の容姿が美しくなくてもサッと手をさしのべる。
そんな「行動」の違いプラスそれを見た周囲のリアクション
(優しい王:実はフィリップの姿に、驚きのあまり静まり返る)
という合わせ技の、わかりやすーい古ーい表現にとどまっていた。
だが、なんかもっとこう、
レオだったら他のやりようがあったと思う。
脳が腐ってるか腐ってないかを視線ひとつで表現する
みたいな高度なことがあっても良かった。
でもそういうのがやられた様子がまったくなかった。
レオナルド・ディカプリオは堂々とした雰囲気の美男子だが
ポーカーフェイスで目が笑ってない所がある役者だ。
だから
「財力知力ステータスとも申し分ないが愛だけは手に入らない」
「本人は無自覚だが周りからみると完全に精神を病んでいる」
「トラウマティックな体験とサバイバルの中で人が変わった」
「恒常的に強度の精神的重圧がかかる仕事をしている」
みたいな、内面に問題を抱えた人の役が似合う。
でも、この映画はそもそも全然そういう感じの話じゃなかったし
レオにルイ/フィリップの二役を任せるならばそれだけの
高度な演技を、という選択もされていなかった。
なんかこの映画のレオは
単純に、やる気がない、という風にしか見えなかった。
デュマみたいな わかりやすーいふるーい冒険物語の
ふるーい紋切り型のキャラクターを
わかりやすーく演じなくてはならなかったのが
気に入らなかったのかもしれない。

アンヌ・ドートリッシュルイ14世とフィリップの母)
は、とても良かった。
この人は要するに双子の息子を産んですぐに、
男どもの政治的判断によって弟の方を手放さなくてはならなかった。
産んだ子が双子だったという事実も無論おおっぴらにできなかった。
誰とも分かち合えない悲しみと秘密を、その胸ひとつに押し隠して
生きてきたというわけなので。
アンヌの大きな瞳をみているだけで、
ほんとうにこれまでいろいろつらかっただろうな
ということがしっかりと伝わってきたのは良かった。