BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

安定的に読書/怒る奥さんと子ども時代の思い出-200529。

このところ安定的に毎日 読書ができている。

用事がない日は19時半くらいに銭湯に行って、
20時くらいにあがる。
銭湯が閉まる22時までのおよそ2時間で、
1冊~2冊、本を読むことにしている。
ななめ読みをしないでできるだけ愚直に1行1行読む。
2時間も、だまりこくって本を読んでいるせいか、
たまに番台の奥さんにロビーにいることを忘れられて
「あらっ!! あんたまだいたの!!」
と驚かれることがある。

読書に意識を集中すると、
漠然とした不安感や、イライラを感じずにすむ。
「漠然とした不安」とか「イライラ」とかいうものは
実体がないくせに、強度に駆り立ててくるので、
とてもイヤだ。
そういう気持ちにならずに済むのは良い。

おもしろかった本については
インスタグラムで感想を書いている。
もしご関心があればフォローをしてみていただきたい。

本のことしか書いてない人畜無害なインスタアカウントだ。

仕様を良く理解しないまま始めてしまったので
最初の方の投稿は写真がおかしなことになっている(笑)

・・・

今 深夜2時半で、
調子が悪いとこのくらいの時間から
ゼーゼーと、セキがひどくなってくる。
今日は まったく、出ない。元気だ。
お天気が良いことなどもあるだろうし
なんかこう経験則としては
「ストレス」をためないで一日を過ごせたかどうかも
大切なことのように思う。
どんだけ虚弱なんだわたしは(笑)
めっきり 辛抱がきかない体質になったことは
確かに感じているが・・・

・・・

数か月前に、
携帯電話の向こうの誰かに向かって、
めちゃくちゃに激怒しながら、
自転車で疾走する、奥さんを見かけたことがあった。
うわー、なんか怒ってる怒ってる・・・と思って
つい、走り去る彼女の後姿を見ていたら、
奥さんがすごい音を立てて自転車を止め、
ギョロっとこちらを振り返った。
思いっきり目が合って、驚いた。
正直に言うと、怖かった(笑)。

今日、帰り道に、あの奥さんを見かけた。
わたしの家から500メートルくらいの所にある
古いアパートから、彼女が出てくる所が見えた。
夜道で暗かったけど、あの人だ、間違いない、と
すぐにわかった。
なぜなら、やはり、彼女はめちゃくちゃに怒っていて、
聞くに堪えない罵詈雑言をわめきちらしていたからだ。
今日は、自転車に乗っていなかった。
ゴミ集積所に、ゴミを出そうとして
アパートから出てきた所のようだった。
自転車に乗っていなかったことに加えて、
今日は、携帯電話を持っていなかった。
やや距離が離れていたから確証はないが
(つまりワイヤレスイヤホンとかで
 通話していた可能性も
 理論上はゼロではないのだろうが)
高い確率で彼女は、
見えない誰かにキレていたのだった。

思い出すことがある。
わたしの実家の2軒向こうにあったアパートにも
似た感じの人が住んでいらした。
実際の所、近所でその人を知らない者はなかった。

わたしが数ヶ月前と今日見かけたあの奥さんと
非常に、非常に良く似た感じを呈していた人だった。

彼女は絶えず何かにめちゃくちゃ怒っていた。
怒りの矛先は本当に、具体的な誰か、とかに
向かっていたわけではなかった。
腹に据えかねる具体的なできごとがあったわけでも、
家族に腹を立てていたわけでも何でもなかった。
そもそも言っていることの内容が支離滅裂で、
聞こえても、意味を理解することは不可能だった。
もし彼女の言っていたことに意味が少しでもあったなら、
わたしはその断片なりと記憶していると思うのだが、
「ただめちゃくちゃ怒っていた」ということ以外、
何も思い出せない。

そのアパートの前は、わたしたちの小学校の
「登校班」の集合場所になっていた。
その女性の娘さんと息子さんも、
同じ登校班のメンバーだった。
登校班のメンバーが集合して学校に出発するのを、
保護者たちが持ち回りで見送ることになっていて、
あの女性が「行ってらっしゃい」の当番の日は、
わたしは 本音を言うとビクビクしていた。
でも、女性は、子どもたちにも近隣住民にも、
直接怒りをぶつけたり、おかしな行動で困惑させたり
などといったことは、まったくしなかった。
ただ、いつも見えない何かに対して怒っていて
すさまじい勢いで、怒鳴り散らしていたのだ。
それだけだった。
逆に言うと、烈火のごとく怒り狂いつつ
登校班の見守り当番は毎回ちゃんとしてくれていた。
振り返ってみると非常にシュールな光景だった。

 

しかもわたしよりも上級学年だった
お嬢さんと息子さんが小学校を卒業してからも、
女性は当番を続けてくれていた。
それについては事情も含めつぶさに記憶している。
町内の大人の当番のことや連絡ごとがあるとき、
あの女性と話をする役目をしていた人がいた。
同じアパートに住んでいた別の子のお母さんだ。
あの女性が、他人に危害を加える感じの人ではないと
多分みんなわかっていたけど、それでも、
町内の大人たちはやはりあの女性と
できれば関わりたくなかったのだろう。
連絡役の人も、連絡役をやりたかったわけじゃ
なかったんだろうけど、
ともかく連絡役の人というのがいた。
あの女性のお嬢さんが小学校を卒業したので
もう登校班の見守り当番から彼女が外れても良くなったから
連絡役の人が、そのことを女性に伝えに行った。
すると女性はいつものように怒り狂いながらも、
このようなことをはっきりと主張したそうだ。
「共働きの家が多くて、
朝、見守り当番に出てくることが
できる大人がそんなにいないだろうから
自分が抜けると、その分を、今いる他の誰かが
埋めるしかなく、負担をかけるので、
ひとまず今1年生の子が卒業するまで当番を続ける」

連絡役の奥さんはわたしの母と親しかったので
女性と話をしたその足でわたしの家に走ってやってきて、
女性がこんなことを言ったの、と心底驚いたようすで
わたしの母にしゃべっていた。
そして女性は自分で決めたことを
ちゃんと把握していて、
自分の子どもたちががふたりとも小学校を卒業したのに
本当にずっと登校班の見守り当番を続けてくれた。
いつも怒涛の勢いで怒り狂っていた。

いつも怒っている人だったと述べたけど、
実はわたしが記憶している限りで、
小学校の6年間のうち2回くらいだけ、
女性のご機嫌が良い朝があった。
その時は、おだやかな表情で
「みんな良い子ねえ」みたいなことを
ぶつぶつ小さい声で言っていた。

彼女と同じアパートに住んでいた友だちのお母さんが、
「昔、彼女の部屋の隣に、昼夜を問わず毎日毎日
変なお経をとなえまくる人が住んでいた。
それを壁越しに毎日毎日聞かされていたので、
あの女性は病気になってしまった」
みたいなことを話していた覚えがあるのだが、
さだかではない。


1年か2年に1回だったと思うのだが、
かなりの長期間(数ヶ月くらいか)、
女性の姿をまったく見なくなることがあった。
今考えると、入院されていたのかもしれない。

女性のお嬢さんと息子さんは、
わたしよりも上級学年だった。
お父さんもいて、4人家族だった。
お父さんは、長身で、
線のように紙のようにやせていた。

同じアパートに住んでいた友だちの所に
よく遊びに行ったので知っているのだが
アパートの中の部屋は広いとは言えなかった。
家具などを置くことを考えると
フリーになるスペースは多分、
6畳分くらいだったのではないかと思う。
そこで4人家族が暮らしていて、
お母さんがあんなに大きな声で毎日
24時間怒鳴りまくるのを聞いていたら、
その怒りが自分に向けられたものではなくても、
ものすごく参ってしまうと思う。
わたしだったら到底耐えられない。
1日だってムリだと思う。

夏場など暑くて家の窓を開けている時には、
2軒先からでも、風向きによっては
女性のすさまじい怒声が鮮明に聞こえた。
女性のお嬢さんが「もうイヤだ!」と叫んで
アパートから飛び出してきて、泣きながら、
わたしの家の前を横切って走っていくのを
何度となく見た。

学年が違ったこともあり、
わたしはその家のお姉さんともお兄さんとも
特別親しいわけじゃなかった。
放課後に遊んでもらったことなどはない。
けど、登校班の時、お姉さんは
わたしと手をつないで歩いてくれる役だった。
顔色が悪かった。でも背がかなり高くて、
ふっくらとした体格のお姉さんだった。
いつも、髪の毛を、すごく太い三つ編みにして、
両肩に垂らしていた。
口数が少なかったけど手をつなぐときはいつも
目元をほころばせて、「ん」という感じで
温かい手を優しく差し出してくれる人だった。

そのアパートは10年以上前に取り壊された。

同じアパートに住んでいた友だちの一家も、

女性との連絡役をしてくれていたお母さんの一家も、
取り壊しの1年くらい前までに、
近所の別の場所に引っ越した。

あの女性の一家だけは取り壊し直前まで
アパートに住んでいらした。
その後どうされたのかわからない。

お姉さんは中学校ではほとんど見なかった。
医療関係の道に進んだと聞いている。
お兄さんはどうしているかわからない。
お兄さんはわたしの兄と同学年だった。
学業優秀で下級生のわたしたちの間でも有名だった。

女性はどうしているかなと思う。
怒りたくて怒っていたんじゃないだろう。
怒るって本当に疲れるしなあ。
あんなに毎日怒って一番つらいのは
本人だったのだろう。