友だちが、愛猫がゆうべ息を引き取ったということを連絡してくれた。
この友だちの家におじゃましたときにわたしもそのネコちゃんと会っていて、遊びもしたし、撫でたりもした。おだやかな、気の良い子だった。
貫禄を感じさせる、かなり大きなネコだったので「この子は『親方』っぽい」と友だちが言った。
本当の名前もあったのだが、親方、っていうのがおもしろかったし、ぴったりに思えた。以後、わたしはそのネコを親方と呼ぶようになった。
以来折に触れ「親方は元気?」「元気だよ、また会いにきてね」というやりとりを友だちとしてきた。
でもなかなか会う機会は訪れなかった。
急に病を得て9日間くらい患った末に、親方は、昨夜遅く逝ったということだった。
わたしは、以前、実家で飼っていたネコの最期の時、日に日にネコが弱って、死んでいくところを見るのが怖くて、その現実と向き合うことができなかった。
同様に、死んだこととも向き合えず、ちゃんとお別れができなかった。
親方の死の知らせを読んだのは今朝早くだったけど、返事ができたのは、ついさっきだった。
どう返事をしたものか、皆目わからなかった。
親方の死なのだが、わたしの実家の飼いネコの死と重なってくるようだった。
受け止めきれないことのように思えた。
友だちのメールの文面を、無意味に何回も上下にスクロールしたりしてみたけど、そんなことで気持ちが変わったりすることはなく、
日が落ちてから外に出て、無駄に4時間くらい近所を歩き回った。
涙がどんどん出てくるのをどうすることもできなかった。
思えば朝から何かずっと気分が悪く、頭が重かった。
頭が痛くて目を開けるのがつらいので視野が極端に狭くなったような感じだった。
親方と、自分の実家のネコのことばかり考えていた。
散歩に出たは良いが、最後には調子がひどく悪くなっていて、
歩いてほんの15分程度の圏内にいたにもかかわらず、まっすぐ家に帰ることができず、
何度か団地の公園のベンチやら路上やらに座り込んで休みながら自宅をめざした。
ようやく、あと十数歩で自宅だ、という所までたどりつき、どうしてもがまんできず、近くの側溝にいきなり嘔吐して、そのあとはずいぶん長いこと、自宅アパートの集合玄関の段差のところに、膝を抱えて座り込んでいた。それからどうにか部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。
親方のことと自分の実家のネコのことが一日中、絶えず、まざまざと思い出された。
思い出すのは、おもに彼らの可愛かった鳴き声や、やわらかく、つやつやしていた毛並みや、しっぽの表情豊かな動きや、かまってもらおうとしてこっちに歩いてくる時の、静かな足音だった。
それから実家のネコの、弱っていったときの、痩せ衰えて怖いほど軽くなった体や、弱々しいしゃがれた鳴き声や、浅く短く繰り返される呼吸だった。
思い出すことそれ自体は別に、少しもイヤだとは思わなかった。
ただ止むことのない、暗く激しい気持ちだった。
強くさいなまれる気持ちだった。
親方は、週明けにペット葬儀で荼毘にふすということで、棺がわりの箱につめるお花をいっぱい用意した、と、メールに書いてあった。
わたしは、自分のネコに、自分の手では、そういうことを何もしなかった。お別れの儀式の手順に参加できなかった。
あのネコは、自分が弱っていって、死のうとしていることの、苦痛や恐怖や不安と、必死に闘っていた。あのちいさな体とちいさな頭で。
わたしは、実家のネコが死んでいくところや、死んだことと、向き合わなかったことを、心残りに感じていて、恥じている。