BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

またひとつ気づいたこと-200229。

去年の夏に、旅先でひとりのお姉さんと仲良くなった。
先日、そのIさんのお宅に泊まりで遊びに行った。
わたしよりも14~15歳くらい年上のお姉さんで、
中東出身のUさんと結婚しており、
15歳のお嬢さんNちゃんがいる。

おうちは何もかもが高く、広く、ゆったり作られていた。
建物は、Iさんのご親族のおうちを譲り受けたものだが、
家の中は、長身のUさんが窮屈に感じないで過ごせるよう、
Uさんみずから大改造したとのこと。

ひろびろとして、快適なおうちの様子にも感動したが、
それより何よりわたしが心をひかれたのは、
「みんな、おうちですごくくつろいでいるんだなあ」
ということだった。
なかでも、一人娘のNちゃんが、とても自由に
過ごしていたように見えたのが印象的だった。

わたしは、Nちゃんが、ローラースケートをはいて
家を走りまわったり、
ヘッドフォンを付けたまま台所でお皿を洗って
それは危ないからやめなさいとお母さんに怒られたり
自分の部屋で音楽を聴きながら歌っていたりしているのを見て、
内心いちいち感動していた。
何と言うか、
のびのび過ごしているように見えることに感動したのだ。
「たとえ私がどんな子であろうと、
 私はこの家の子であることを許されている」と
Nちゃんは心の底から、安心しているんだな、と思った。
子どもの頃も、大人になっても、わたしは自分の家で、
こういう風に過ごそうという頭がなかった。
とは言え、別に
ローラースケートで家の中を走りたかったわけではない。
ヘッドフォンをつけてお皿洗いをしたかったわけではない。
そうではなくて、
お母さんが怒るかもしれないけどそんなことよりも
どうしてもこれをやりたい、みたいなことがなかった。
別に、「どうしても」じゃなくても良いのだが。
そういうことがわたしにはなかった。

実はこの日、おうちにおじゃまする前に、
駅で待ち合わせて、
IさんとNちゃんとわたしの3人で、
焼き鳥屋さんで食事をした。
Nちゃんは、日本語よりも英語の方がはるかに達者だった。
でも、話が込み入ってくると、わたしが、英語だと厳しい。
元もと、この日は、秋頃に開催しようと話している
音楽ライブの打ち合わせをしようということで会ったので
そういう少し複雑な話をしようとすると、
どうしても、日本語が出てきてしまう場面が増えてきた。
すると今度はNちゃんが話について来にくいので、
Nちゃんを退屈にさせてしまったらしく、彼女は、
先に家に帰っていても良い? とお母さんに聞いた。
Iさんは、良いよ、じゃあ途中でアイスクリームでも
買って帰れば、といってNちゃんにお小遣いを渡した。
わたしたちがおうちに帰ってみると、
Nちゃんは、いちご大福を買って帰って来ていて、
自分の部屋でそれを食べていた。
わたしたちが帰ってきたのでNちゃんが部屋から出てきて、
いちご大福をわたしたちに分けてくれた。
「アイスも良いと思ったけど、可愛かったからこれにした」。
Iさんは年代物のイタリアワインを出してくれた。
なかなか良いものが安く変えたので
Nにもちょっとだけテイスティングをさせてあげる、と言った。
わたしたちは3人でワインを楽しんだ。
Nちゃんは ありがとうママ、楽しかった と言って
いちご大福を持ってお部屋にひっこんだ。

焼き鳥屋さんのなかでのことから、
このいちご大福とワインの一件まで、
Nちゃんのすることが全部、新鮮だった。
わたしは、自分だけ先に帰っても良い?なんて
言おうと思ったことがなかった。
じゃあ途中でおやつでも買って帰れば、と
言ってもらったこともなかった。
アイスを買えば、と言われたのに、
いちご大福を買う、ということもやったことがない。
買った食べ物を、自分の部屋で食べるということも
やったことがない。
ワインを試させてもらうなどといったことも
もちろんなかった。
親に大人の嗜好品の楽しみを教えてもらったことも
教えてくれてありがとう、楽しかった、などと
お愛想的なことを言ったことも一度もなかった。
何もかも、驚かされるふるまいだった。
わたしは、Nちゃんが正直言ってうらやましかった。
何がどうしてなのかうまく説明できないけど
Nちゃんがうらやましかった。
かっこよく見えたし、可愛くて、まぶしかった。
子どもって本当はこういう感じなんだろうな、と思った。
わたしは可愛くない変な子どもだったと思う。
言ってみれば良かったのかもしれない。
やってみれば良かったのかもしれない。
考えもしなかった。
何をしてもどうせダメだと言われ 怒鳴られると思っていた。

ワインをいただきながら、夜遅くまでIさんと話をした。
そこで、結婚とか恋愛とかの話になった時、
わたしは自分が言った、ある言葉によって、
自分はこういう風に考えていたのか、ということに
改めて気づかされた。
「わたしは、家族ともう関わりたくないので、
 自分の人生に大きな変化を起こしたくない」。
こういうことだったのだと理解した。
要するに結婚とかいう家族同士の話になると
この結婚の報告をしなくてはならないとか
いろいろなことを求められるだろうから
家族とどうしても関わらざるを得ない。
わたしの家族はそういうことを要求してくる人たちだ。
そして、何をやってもどうせダメだと言う人たちだ。
そういう儀礼の場で自分がいかに
居心地の悪い思いをするか想像できる。
いかにわざとらしい作り笑顔で
なんの問題もありませんみたいな顔で
その場をやり過ごそうと腐心するか想像できる。
そしてそれは結局 わたしの家族たちも
全員同じ気持ちだということを知っている。
本当の所 家族の全員が 全員の
顔も見たくないと思っているのではないかと
思ったこともある。
わたし自身がそうだからだ。

儀礼の気づまりさを思うと、
手続きが生ずるようなあらゆることが
自分の身に起こるのが、
イヤでしょうがない。

それに、
仮に、結婚をするとして、
わたしの相手が、
わたしと家族の関係が良好でないことを
知ったら、
この女は自分の親兄弟を大事にできないのか
こんなギクシャクした家庭で育った女なのか
「であればそのような出来損ないの人間を妻にして
 人生をともにしても、ろくなことにはならない」
そう思われるだろう。
と、思っているのだ。
それを恐れているのだ。
だから 結婚も、それにつながりかねない恋愛も
わたしは避けているのだ。
実の所、本当にずっと避けることができれば
どんなにラクだろう、と思っている所がある。

わたしは、卑怯で、不義理だ。
もしこのまま二度と家族と関わらないですむなら、
この先、自分が、どんなにみじめで、ぶざまで、
不幸で、屈辱的な人生を送ることになっても、かまわない。
ひとりでやっていけなくなる時がくるのかもしれないが、
その時は早めに見切りを付けて、身の回りを片づけて、
誰にも見つからない所で自殺でもすれば良いと。

それは、本当にそうなりたいと言うよりは、
これ以上 絶望したくない
だから、向き合いたくない
ということだ。