BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

アルスラーン戦記12巻。-191113。

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荒川弘コミカライズ版「アルスラーン戦記」12巻は、
ファランギースをはじめとする女性陣の活躍がきわだった巻だった。
ファランギース、カッコいい。最高。

エトワールが、ひなぎくのように清く、可憐だ。
彼女がこれからどんな運命をたどることになるか
知っているだけに、いじらしくて、
見ていると涙がでてくる。

クバードアルスラーンの軍勢とようやく合流した。
ラジェンドラギーヴとなかなか会えなくなった今、
クバードみたいなのがいてくれると、
読む方としてはちょっとホッとできる。
戦闘も強いので頼りがいがあるし。

ヒルメスはあいかわらずの「お殿さま」だ。
もっとも、ヒルメスのように視野狭窄ぎみでワガママで、
誰もかれも自分の思い通りになって当然と思っていて
・・・という、いかにも殿さまって感じの殿さまは、
昔の貴人としては、まあごく普通というか、
少なくとも、いても不思議じゃなかったんだろう。
特殊なのはむしろアルスラーンなのだ。
まわりを使っているつもりで、
実は良いように使われているということを
ちっとも理解していないヒルメスは、見ていて痛々しい。
あなたわかってないね、なんて言われたら、
ヒルメスはきっと顔を真っ赤にして怒り狂うんだろうけど。
自分の置かれた状況や立場を知ろうという頭がなく
いくつになってもとんちんかんなことを言っている
彼のような手合いは、現代にもいるんだよなあ。
・・・わたし自身が周りにそう思われてないか心配だけど。
まじめすぎるのも思いつめすぎるのも、考えものだ。
ヒルメスに誠実に仕えているサームやザンデが
ちょっと気の毒だなあ。

ルシタニアの王弟ギスカールは、
頭が良く、アメとムチを使い分けるバランス感覚にすぐれ、
用兵もうまいし、冷静で、視野が広く、
面倒なことが起こったからといって思考停止に陥ることもなく、
酒も色もたしなむのでストレス発散もわりと上手だ。
彼自身の「資質」という点で見ると、
「リーダーに向かなさそうな所」など、
ひとつも見当たらないように思える。
環境や状況的な条件が整えばきわめて優秀な王になるだろう。
資質に問題はないのだ。ただ、王の弟であり王ではない、
そのことが問題なのだ。
王の家族だからってなんでも思いどおりって
わけにもいかないんだなあ。

アルスラーン率いるパルス軍は
もうすぐエクバターナに着くという所まで来たのに、
騎馬民族国家トゥラーンが攻め込んできたために、
ペシャワールにとってかえさなくちゃならなくなった。
エクバターナに行きたかったでしょう、と聞かれて、
アルスラーンは、
「すぐにも行きたかったけど、
 でもこれで良いような気もする」
「ずっと何かしらトラブルがあって、
 うまくいかないのが当然だったのに、
 最近不思議と順調だった。
 順調だとかえって不安になる」
というようなことを言っていた。
現代の感覚で考えると、こんなのは、
高校生の友達どうしの会話なんかにも出てきそうな
本当にごくごく普通っぽい、ものの考え方だ。
だからともするとこのようなセリフは
読み飛ばしてしまいそうになる。
だが、アルスラーンは現代の子じゃないし、普通じゃない。
彼は大国の王太子だ。
つい最近初陣をすませたばかりのほんの15歳やそこら。
父王も母も囚われの身、
自分の出生にはどうやら秘密があり、詳しい事情こそ不明だが
王位継承権を主張するには立場が弱いらしいことが判明。
絶えず、方々の敵に命を狙われている。
侵略者から国を奪還せんとして兵を集め、
今しも決戦にのぞもうとしている。
極限的な状況だ。
現代日本の高校1年生で、こんな状況に放り出されて
まともな精神状態でいられる子など一人もいないだろう。
それをアルスラーンはこんなにものびのびと、
人間的で落ち着いたものの考え方をすることができている。
ナルサスダリューンの献身の賜物であることは確かだろうが
アルスラーンの心のひだの乱れひとつひとつまで、
部下が直してやれるわけじゃない。
アルスラーンの心が、いかに強くすこやかか、ということだろう。
彼が、物語の登場人物の誰よりも
豪胆で強靭な精神の持ち主かもしれないことに
わたしはこの巻で初めて気付いたような気がする。