BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『アポロンの地獄』-180418。

伊:Edipo Re、
英:Oedipus Rex
ピエル・パオロ・パゾリーニ監督
1967年、イタリア

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www.youtube.com


冒頭と終わりの部分以外は、
ソフォクレスの『オイディプス王』だ。

オイディプス王の物語は、岩波文庫などで読める。

ソポクレス オイディプス王 - 岩波書店


こんなサイトもあった。↓

greek-myth.info

 

greek-myth.info

 

greek-myth.info



オイディプス役の名演。
受け入れたくない真実をつきつけられた「動」の演技と、
光を失いさまようラストの「静」の演技が印象的。
オイディプスにはずっと、狂気すれすれに激しく燃える、
生命力を感じていたけれども、
物語も終盤に近付くにつれ一気に老けこむみたいに朽ちて
眼が濁っていった。

知らなかったとはいえ父を弑し、母と交わった。
必死に抵抗してきたつもりが、宿命から逃げられた時なんて
一瞬もなかった、と知ったら、ああして泣き叫ぶ以外に
できることはないだろう。
やけくそかなんなのか、妻が母と知ってなお、
彼女を抱くシーンは生々しい。

冒頭とラストの舞台が現代に設定されていたことは、
ギリシャ悲劇の普遍性の暗示かと当初は考えたが、
そんなことパゾリーニがするとも・・・。
罪とつぐないが、時と血を超えようやく終わる、
ということかもしれない、と今は思う。
ほこりっぽく汚い映像ばかりが続いた所へ、
ラストだけは、空と芝生の青が目にやわらかい。

古典の単純な映画化ではなく、
監督のエディプスコンプレックスが
コアにすえられた個人的作品と見ても、
べつにさしつかえはないだろう。
監督のプライベートと作品とをいちいちつなげて
うんぬんするのもあれだけど、
パゾリーニは実父との縁が薄かったと聞いている。
その父は軍人だったはずだ。
本作の冒頭とラストに登場する若き花婿も、軍人だ。
彼とその妻とが愛し合うシーンのあとに、
生まれたばかりの彼らの赤子が
目をぱっちりあけたカットが入るので、
まるでこの赤ちゃんが、母と通じる未来の
メタファーのように思えてしまうのだが、
あれは我が子にいつか妻を奪われるかもしれないと
情事の最中にも赤子の視線を気にする、
花婿の予感とあせりの投影なのだろう。
パゾリーニ自身が、そうやって「鏡」のように、
自分の心だけでなく父の心の中までも
のぞきこんで苦悩してきたとすれば。
オイディプスの罪とつぐないがようやく終わったと
さっき書いたけれども、
これでもう終わりにしたい、
そして自分だけの新しい未来へと進んでいきたい、
ということでもあったかもしれない。

有名な
スフィンクスの謎かけ」がなかった。
しゃがみこんでぶつぶつと何かいってるスフィンクス
いきなりとびかかって撲殺、という展開には驚いた。

オイディプスの諸国遍歴やデルフォイの神託の場面などで
雅楽や「ケチャ」、モーツアルト弦楽四重奏などなどが、
耳にとびこんできたのがすごく新鮮だった。
徹底したリアリズム描写のために映像が暗く汚らしく、
その意味では、観ていても楽しくない映画なので
せめて耳で楽しめたことは、よかった気がする。

手持ちカメラによる荒っぽいシーンの連続で
頭はふらつくし、熱量がすさまじすぎて
1時間半ちょっとにしては、へとへとに疲れた。
だが、過去・現在・未来と語り継ぐダイナミクス
さまざまな人の証言から主人公の過去が暴露されていく
プロセスの描写はおもしろい。
時間のならべかた自体はシンプルであるので、
観るほうは、オイディプスがなにをしたか、
ぜんぶわかったうえで、なりゆきを見守るしくみだ。
それにもかかわらず、飽きさせない。
宿命にのたうちまわるオイディプスの悲劇を
ふつうにかたずをのんで見守ってしまった。

同時代の、最新作のほうが、こうした昔の作品よりも、
自分にはすんなりはいってくるし、
きっとはるかにおもしろいと感じているんだろう、
ということは、いちおうわかる。
古いものは、どうしたって古い。
解説なしには理解できなかったり、価値観がちがってたり。
へんな話なのだが、多くの人に観られてきたせいで
「すりきれてしまっている」「薄まってしまっている」と、
感じることもある。
でも、古びてもなお、こうして観たときに、心にくる。
芯の部分がまだまだしっかりと残ってる。

映画の時代の映画なんだとおもう。
説明的な描写なしでどこまで理解させられるか的な
限界値の実験を、はや、とおりこし、
理解されることを拒んでるとしか思えないような
心象風景の羅列のくせしてそれでも共感させる。
もう今ではだれもこんな映像作らない、流行らない、
そんな原初的、動物的な描写をもろにぶっつけられて、
センスがグラグラゆさぶられる。

「昔」の作品の偉大さだ。
観るのをやめようという気にはやはりならない。