BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

「余剰人員」というキーワード-190620。

学生時代、アルバイト先の上長に、
こう言われたことがあった。

「おまえは余剰人員のひとり」

このような発言がでた流れとか背景は詳述しないが。

これを上長に言われたときに、
「余剰人員」という言葉にわたしは内心
「あー!それだ」と。

いかんともしがたい いたたまれなさ、

「他のみんなができることが 自分だけできない」

「自分が『なにがしかであること』を証明し続けない限り
この社会に存在することを許されない
(自分以外のみんなはそんな手続きを踏まなくても
社会に存在することを当たり前に許されているが、
自分だけはこの条件をクリアし続けたうえでの
条件付き認可である)」

「わたしは人の3倍やって、ようやく一人前」

でっかくて、重くて、
あせるような、泣きたいような、
一言ではとても表現できないような観念が
わたしには、物心ついたときから
ずっとずっとある。
そういうのを総括する、名前が付いたように感じた。
「わたしはつまり余剰人員なのだ」。

わたしは、だけど、人の3倍なんて、できる人間じゃない。
どんなジャンルのことにおいてもムリだ。
才覚も技能もフィジカルも全然ない。

「だったらほんとうに人の3倍やって
この社会への存在認可をとり続けてやる!」
歯をくいしばって頑張ろう、という
気持ちさえもつことができない、弱い人間だ。

この「余剰人員」て言葉は 
あんまり自分の感覚にピッタリすぎた。
積極的にこのレッテルを引き受けてしまった。

がんばれないことのいいわけとして完璧すぎた。

レッテルか・・・

わたしは みじめな存在であるのだろうか。

まあ思っちゃうものはしょうがないし
自分でそう思うのはわたしの勝手かもしれないのだが。

でもそのわたしの 
能力を買ってくれる人や
優しくしてくれる人が いることを
忘れてはならないだろう。

わたしがわたしをどう思うかはどうでもいい。

人がわたしのすることに使い道を見出してくれるかぎりは
それを一生懸命やることの先に光があると信じてみたい。