BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-「女王フアナ(2001)」-190330。

原題:Juana la Loca
ビセンテ・アランダ監督
2001年、スペイン

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フアナは負けた側だ。
歴史は勝った側が語るもの。
フアナはたぶん相当に
誤解・曲解をされるように
仕向ける形で伝えられて
しまっている。
そんななかでも現代の
お国のスペインの人によって、
真摯で美しい
映画にしてもらえたのは
フアナのために
よかったんじゃないのかな。
といったきもちになった。

・・・

不実を恨みつつも
そんな夫を愛し続けるフアナが
「Loca」という言葉を
何度も遣っていたのが
聞き取れた。
「頭がおかしい」「狂った女」
を意味するスペイン語だそうだ。
夫との密通を疑って
侍女の髪の毛をハサミで
ザクザクと切ってしまう。
それを知った夫はあきれ、
フアナを
「君は狂っている」
と ののしった。
フアナはしばらく凍り付いたように
だまりこくり、やがて語りだす。

字幕では
「狂うほど愛しているからよ。
あなたを独占したいの。
他の女には死んでも渡さないわ。
私は異常?
私を抱いて 子どもを生ませて
生んでみせるわ
狂気よ。狂気の愛よ」
・・・散文調だが
原語では
「Loca! ・・・・
Loca! ・・・・
Loca! ・・・・」。
「Loca」を頭につけた短い文節を
早口でまくしたてる
セリフになっており
詩的な美しさを感じた。

じつはフアナの悋気に
へきえきしていた夫が
かなり早い段階から
「loca」を用いて
幾度か 妻を非難していた。
「気でも違ったのか」
「おまえちょっとおかしいぞ」
といった調子で。
夫の浮気を目撃したその日から
フアナはあきらかに
この「loca」に
こだわるようになる。
常日頃
夫にこれを言われるたびに
フアナは少しずつ少しずつ
傷ついてきていた、
ということなんだろう。

・・・

フアナの傷心が
癒えたときなど
訪れたようには見えなかった。
でも フアナは夫を愛し続けた。
なぜ、自分の心をいたわって
もっと楽になれるほうに
いかなかったのか。
たとえば離縁とか。

フアナは案外
母におくられた言葉を
ずっと覚えていたのかもしれない。
「神聖な結婚に慰めを見出しなさい
もし(人に)聞かれたら
愛の結婚だと答えるのよ」
「これは大変な任務よ。
つらいときも苦しいときも
耐えなさい」。

母の言う通りには決してなるまい
母の言う通りにすることができなかった
母のようには決してなれない
娘には生涯そうしたことがつきまとうと
わたしはおもう。

・・・

夫が 死の床にあって
フアナの許しを欲しがる姿に
ひきつけられた。
カトリックであるから
設定としては死の間際に
まちがいなく
枕元に神父さんを呼んで
告解を受けたはずなのだが
そのシーンはない。
フェリペは
「きみに犯した、罪のゆるしを得たい」
「きみの許しを得ないでは死ねない」
「わたしを許すといってくれ」。
告解のシーンをばっさりカットし
妻の許しを欲しがる夫を描きだす。
神の許しなんかよりも
妻のそれが欲しい
フェリペがそうおもってる、と
いわんばかりの演出だと思う。
で、聞いていたかぎりフアナは
そんな夫に
「許す」のひとことを与えなかった。
死にかけているにしては
夫はけっこう頑張って
「許してくれ」と何度も言うのだが
「大きな声で、
聞こえるように話してちょうだい」。
言ってるのに聞く耳を持たない。
わたしをひとりにしないで、
お願いだから生きて、
お願いだから「生きたい」と言って。
フアナは弱った夫を前に
どうすることもできず
とまどうだけだった。
単純に
夫が死ぬという現実を
受け入れられなくてパニックだった、
それだけのつもりだとおもうが
けっこう この場面は
胸にくるものがあった。
つまり、人は、
謝られると、
許さなくちゃいけなくなるのだ。
でも、許すと、その問題は
「終わった」ことになる。
フアナは終わりにしたくなかった。
夫が浮気をし、妻がそれを恨み、
夫が謝らず、妻がそれをののしる
その形でしか、
夫と自分の関係は
成立しなくなっていたからだ。
憎悪でしかなくても、
自分を見ていてほしい。
生きているあいだだけでなく
永遠に。
許しを与えないとは、
そういうことだろう。
だから フアナは
あなたを許しますと
口が裂けてもいわなかったのではないか。

フェリペは妻を
愛さなくなっていたとおもう。
でも、妻にとらわれていたことは
たしかだ。
ほんとうにどうでもいいならば
恨まれようが呪われようが
どんな感情も動かないだろう。
フェリペはむしろフアナの
愛に追い詰められ、
そこから逃れるには
どうしたらいいかで
頭がいっぱいだった。
彼は妻に許されて
安息のうちに死にたかった、
「君に許されないまま死ねない」
とまで言うほど。

・・・

侍女に向ける悋気や
その罰にかんしては
フアナはけっこう
いろいろやってたが
今おもえば
相手によってというよりは
自分自身の立場によって
やることの内容が
変化していた。

イネスという赤毛の侍女には
さきほどのべたように
長い髪の毛を情け容赦もなく
ショートカットに刈り落とし
「男」として
兵舎だか厩舎だかに
ぶちこんでいる。

ベアトリスは
酒場の踊り子だったところを
フェリペの愛人となり
侍女として王宮入りした。
愛人がよりにもよって正妻の侍女となる
そのことをフェリペも警戒しなかった
わけではないが
ベアトリスにすっかり篭絡された
フェリペは 結局彼女がくることを
承諾した。
フアナは彼女と夫の関係を暴くと
こともあろうにベアトリスに
剣を投げ渡し
決闘のようなことをやろうとした。

イネスのとき
フアナはまだ母国カスティーリャ
王位を継いでいなかった。
イネスが自分に絶対に逆らえないのが
わかっていたのと
一方でまだ王女の立場にすぎず
何ごともすべて思いのまま、
というわけにはいかない、
そんな一種の鬱屈が
立場の弱い侍女にむけて
爆発したように見えた。

ベアトリスのときは
女王となっていた。
彼女に逆らう者はいない。
でもベアトリスは意外にも
フェリペとの関係を
悪びれもせず 認めた。
ひざまずくよう命じられても
はっきりと拒んだ。
フアナは彼女に剣を投げてよこし
決闘の体となった。
おもしろかったのが
剣をベアトリスに向けながら
フアナが
「復讐の神よ 魔女と夫を殺して」
と「神だのみ」を始めたばかりか
駆け付けた家臣たちにまで
「あの女を殺して!」と
求めたことだった。
逃げたベアトリスを止めず
「捕まえなさい」と
誰かにいいつけもしなかった。
侍女長に剣をとりあげられたが
フアナは存外 されるまま。
彼女は自分では
なにもできなかったのだ。
しかもよく考えると、
女王だから何でも命令でき
侍女のひとりやふたり
どう扱おうが いいはずなのに
彼女はベアトリスを対等な
ライバルとして扱った。

えらくなって
なんでも人にやってもらう生活に慣れ
夫の愛をめぐる決闘さえも
自力でやるという発想がない、
そういうことにも思えるが
えらくなって
なんでもやっていいからこそ
むしろやるべきではないのだと
ぎりぎりのところでやはり
理解しており
激情に燃えながらも葛藤する、
そんなの姿のようにも見えた。

侍女ベアトリスは
イスラム教徒であり
カトリック優勢の当時のスペインでは
差別と憎悪の的だったらしい。
ベアトリスの身分を
フアナも知っていた。
当時の風潮としては
ひとかずにもならないであろう
被差別階級の人間を
恋の宿敵として対等に扱った
というふうにも見えておもしろい。

本作において
フアナが
おもいっきり横っ面をひっぱたき
しかもひっぱたきかえされた相手は
夫であるフェリペだけだった。

ベアトリスはあのあと
どうなったのだろう。

・・・

フアナが
エキセントリックで嫉妬深く
相当に難しい女だったことが
わからないわけではない。
でも人の上に立つ者として
彼女の心の奥底に打ち込まれた
鉄の楔のようなものが
見える気はする。
彼女は場合が場合なら
よい王になったろう、という
感じはうけた。