BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

読書感想-山田ルイ53世『ヒキコモリ漂流記(完全版)』-180827。

映画は、おもしろいものをぜひとも観たいと、
また強くおもうようになってきた。
5年ぶりに「時間がたっぷりある」
というのを体験することとなり、
なにをすればいいかわからないし・・・
まあ映画でも観に行ってみるか、と
やっていたら、
映画がすきなきもちがもどってきた。

本は、とにかく数が読めない。
つかれてしまう。
書かれてあることの意味を
理解しようというきもちが
長持ちしない。
ようするに、こういういいかたもあれだが
「高度な内容」の本がぜんぜん読めない。
なにか、筋力みたいなものが衰えたかんじだ。
「本がだいすきである」という習性までは
さすがにうしなってないと 信じているが。


大森望さん責任編集の
SF小説の短編アンソロジーを読んでて
ずっとかなりおもしろいと
おもっていたんだけど
円城塔さんが頭がよすぎて
さっぱりついていけず
円城塔ストップ。
あと100ページくらいで読了なのに。
とばして読むのも 負けた気がする笑
図書館の貸し出し期間を
1週間延長申請した。
1週間だけがんばって
それでもだめならあきらめる。

だがさっそく別の本に浮気した。
これは2時間で読破。
1ヵ月くらいまえに
プロ棋士先崎学さんの著書を読み、
先週は江戸川乱歩の「怪人二十面相」を
がんばって3日かけてぜんぶ読んだ
まともに最後まで読みきったのは
それ以来だ。
よくやったと
自分をほめてやってもいいだろう。
いや、えらいのは自分じゃなく
本だけど。
高度とか高度じゃないとかは知らないが
おもしろかったのだ、とにかく。


山田ルイ53世(山田順三)
『ヒキコモリ漂流記』
角川文庫

f:id:york8188:20180901024729j:plain

https://www.kadokawa.co.jp/product/321707000553/

「ルネッサ~ンス!」の
バロン閣下の手記だ。


成績優秀、スポーツ万能
将来を嘱望された「神童時代」から
とある小さな事件をきっかけに
6年あまりのひきこもり生活に突入、
私立中学中退、高校には進まず
大検合格も、なんとか入った大学を除籍、
失踪同然の単身上京、
家賃8000円3畳のアパートで赤貧の日々、
やがて閣下となり、そしていま、・・・と
自身の半生を
すてきにきらめく文才でつづる。


手記、自伝のたぐいを読むとき
いつも不満におもうポイントがある
なかなかうまくいかない事情も
すごくよくわかるんだが。
最たるものは
「それをいったいどうやってやったのか、が書かれてない」
「いつからやってたのか、が書かれてない」。
そのことだ。

貧しくて苦労した
裸一貫から成功した
みたいな自伝で、
「こまかいこと」が
はっきり書かれてないのがあまりにも多い。

たとえばこんなことだ
天涯孤独で、体も弱く、
生きるためのバイトで
高校時代から必死だったのに
「大学に進学した」って、
そのお金はどこから?勉強は?
が、書かれてない。
昼の私立の大学とかに進んで
ちゃんと卒業してる。

「このころのわたしは
○○県のだれそれと結婚して
娘が生まれていました」
って、
あなた両親から心理的虐待をうけていて
成人にもかかわらず給料ぜんぶ親にとられ小遣い制、
家をでるなんてぜったいむりな雰囲気だったのに
いったいどうやったの?
が、書かれてない。
いきなり結婚して子どもがいる。

はたまた
「家の一部を改築してアトリエにしました。
戦後まもないあのころ、女でこんなことをした人は
あまりいなかったでしょう」
いやいや、そのプロセス求む!!!!

みたいなことだ。

詳細を知って
自分もまねしたい、というわけではない。
ただ
なにかするときは
手続き、手順、段取りというものがあるだろう。
必要なら相手と話して
許諾をえなくちゃならないはずだし
引っ越し、進学、留学、起業、結婚、育児
家を建てる、親を介護する・・・
なんでもさきだつものがあるのではないか。

みんな悩んだりするはずのところだ。

なのに
多くの手記でよりにもよって
その部分の描写がぬけおちて
いつのまにか次のステージにすすんでる。
三國志水滸伝
「そして幾星霜」で
平気で50年とか経ってしまう
あのかんじみたいで
いかにもひどいなとわたしはおもってる。


その問題が閣下の場合
たいへんすくなくおさえられてた。
わたしにはとてもうれしいことだった。
おかげでストレスなく 最後まで読めた。
そしてやはり なにか書くにあたって
いつから、どうやって、
だれといっしょに、お金はいくら、
つまりディテールに、または背景に
ちゃんとふれることは
大事なんだと実感した。
どんなジャンルのものにも必須、とはいわないが。

閣下の場合はこういうことだ。
不潔恐怖と日常生活とのバランスは
どうやってとっていたか。
ひきこもり状態におちいっていたあいだ
気まずい家族関係をどうしていたか。
親の反応はどうだったか。
きょうだいとの関係は。
クラスメートや教師は。
ずっと家にいて体調はどうだった?
太ったりしなかった?
6年のあいだ 実家にずっといたわけではなく
いくつかの場所を転々としつつの
ひきこもりだったらしい。では
どこにどれほどの期間いたか。
引っ越しはどうやって?
暮らしはどうやって?
それはだれの援助によっていた?
何歳のとき?
お金はどうしていた?
大検にうかって 大学にはいったのに、
漫才のオーディションやコンテストにでるために
全国を車で走ったりした時期があったというのは
どういうことか。
運転免許は いつとった?
ないならだれが運転を?
知り合いとていない東京にやってきてから
アパートに入居可能になるまでのあいだ、
どこでどうして雨露しのいだか。
入居数ヶ月でアパートに泥棒がはいり
わずかな所持金を全額ぬすまれたあと
どうしていたか。
服とか靴とか交通費とか家賃とか食事の問題。
多重債務とそれをつかいまわす自転車創業ライフの詳細。

そういうこと。
気になるのはまさにそういうこと。
ほんのちょっとの気遣いでもいい。
気遣いがなされていると感じられるだけでもいい。
ちゃんと書いておいてくれると
安心できる。

それに、
ひきこもっていたころ、
人生に絶望していたころの
閣下の心のうごきは
それじたいを抽象的な言葉で
何ページにもわたって
かきつらねるよりも
生活の実態の描写から
生ゴミのすえたにおいのように
たちのぼってきた。


閣下、おじょうずです。


芸人一本で食べられるようになるまでの
8年、おつきあいした彼女と、おわかれしたあと
現在のおくさまと出会うまで
などについては
まあまあまあまあそこは、と
スルッと流されてたが
わたしもぜんぜんそれでかまわない。


「なんにも取りえがない人間が、
ただ生きていても、
責められへん社会、が正常です。」
なんにもとりえがなくていい、
ただ生きてていい、
やりたいこととかあるフリをしなくていい。
彼は生まれてきた娘にもそう言ってやりたい、という。
「こういう人間になってほしい」
とかいう親の勝手な期待を
将来、娘に、重荷に感じさせたくない。
だから名前も、へんに意味を盛りすぎた
キラキラネームとかにはしなかった。 ・・・

「あの6年は、(自分に限って言えば)完全に無駄でした」。

「『ナンバーワンでなくても良い。オンリーワンであれ!』
素晴らしい。
しかし反面、
『オンリーワン・・・・・・
結局、何かしら特別でないと駄目なのか』
と恐ろしくもなる。
殆どの人間は、
ナンバーワンでも、オンリーワンでもない。
本当は、何も取柄が無い人間だっている。
無駄や失敗に塗れた日々を
過ごす人間も少なくない。」


自分がいっぱしのなにがしかであること、
またはその可能性を、証明しつづけなければ
居場所が確保できない
そんなふうにおもってしまう環境に
閣下はずっとおかれてきた。
はじめのうちは、
「自分がなにがしかであることを証明する」バトルに
彼自身が意欲的だったから、まだよかった。
野心があり、体力もあり、
頭がよく、要領もよく、
そして、おさなかった。
ゲーム感覚で 人生のバトルを
楽しんでいたふしもある。
傷つきすり減っていく
自分の心に気づかないでいることができた。
だが、気づいてしまった。
そこからはじまった、
命がけの抵抗運動だったのだと
わたしは理解する、閣下の6年を。