BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『ジャンヌ・ダルク』『悪夢探偵』-180719。

先日、
リュック・ベッソン監督の『ジャンヌ・ダルク
塚本晋也監督の『悪夢探偵
を たてつづけに観てみた。

ジャンヌ・ダルク
原題:The Messenger: The Story of Joan of Arc 
リュック・ベッソン監督
1999年、仏・米合作

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悪夢探偵
塚本晋也監督
2006年、日本

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どちらもかなり楽しんで観た。

ジャンヌ・ダルク』のほうが 圧倒的に
開封後賞味期限がながい作品だとおもう。
悪夢探偵よりもずっと古い作品だし
いまからみて 
もう12年もまえの映画だが、
なまなましさ、ショックを
あざやかに強く 感じた。
これから10年後にみたとしても、
まだおもしろく感じるのでは。

・・・

ジャンヌ・ダルク
英語だと「ダルク」は
「d'Arc」ではなく「of Arc」
なんだね。

ミラがすばらしかった。
ジャンヌ・ダルクを描く
伝記映画は
今後もでるかもしれないが
ミラのように、
ジャンヌその人を生きるがごとく
演じてくれる人は
現れないようにおもう。

いわば やぼったい演技、
美しく見えない演技を、
平気でやる人だ。
たとえばニコール・キッドマン
メリル・ストリープだったら
こういうとき
こういう演技プランは
たぶん選択肢から 
まっさきに はずすだろうな、
とおもわれるような、そういう演技。
お作法を知らないのかもしれない。
まわりも教えないのかもしれない。
でも、ミラの選択は
わたしにとってはたいてい正解だ。
彼女には
やぼったい演技がよく似合う。
そういうときこそ、ひときわ美しい。

日本での本作のキャッチコピーは
「逃げない。」だったみたいだ。
そして本作のジャンヌは、
「神の使いではなかった」
「お告げをうけたわけではなかった」
というスタンスで造型されている。

彼女は だれよりも厳しく、
自分の心に問わなくてはならなかった。
おのれが神の使いであったのか、
お告げをうけた者だったのかどうかを。
そして、
最初こそなかなか
受け入れなかったが、やがて
「神の み徴(みしるし)」
をみたのではなく
「自分の望んだ『み徴』」
をみたのだと、
自分の意思で、率直にみとめた。

森で剣をひろったことは事実、
光をみたことや 
幻視体験のようなものがあったのも
事実 だけれども、
それを「神のお告げ」と解釈したのは
ほかならぬ自分自身であった、と。

ジャスティン・ホフマンが演じた
あの男は
ジャンヌの「本心(良心)」が
人のかたちをとったもの、と
いうことができるようだ。

告解をうけられず
ミサにもあずかれないジャンヌは
自分自身の良心に、
しずかに告解をおこない、
火刑台へと のぼっていった。

馬に乗れず剣を握ったこともない
田舎むすめが戦争にいくこと、 
王太子に謁見すること、
それが怖くて
逃げたかったのではない。
また、
怖くてもいくさで立派に戦ったから
「逃げない。」ではない。
自分の心を徹底的に見つめ、
正直に、罪とおもうことを受け入れ、
理不尽にも課された極刑を
いさぎよくうけて死んでいった。
自分自身から「逃げない。」
ということであったのだとおもう。

自分の心を徹底的に見つめる、
それって、誰にとっても
すごく難しいことだ。

・・・

悪夢探偵
評価は、公開当時、
かんばしくなかったようだ。
そういうことももちろんあるだろうし、
評価が低い理由もわかりはする。
しかし、いうほどひどくはなかった。

ひとつもいいところが
見つけられないような
もっともっとひどい映画は 
ほかにいくらでもある。
本作には 
いいところがたくさんあった。

悪夢のシーンなんかは
すごく怖かった・・・

松田龍平の独特の雰囲気が
作品に合っていた。

監督自身が
重要な役を演じていたが
あのキャラクターもとてもよかった。

安藤政信が演じた若手刑事が
「ずっとまえからわかってましたー!!」
と叫びちらし
悪夢のなかで暴れまわるシーンは
鬼気迫るものがあり、ふるえあがった。

Hitomiは 大根演技かもしれないが、
ああいうかんじの人は
現実の生活でも
いなくはないとおもう。
演技経験があさいわりには、
健闘していた。

Hitomiが演じた女性刑事の
幸福な 過去の記憶に
触れたことをきっかけに、
探偵のほうは、
できることならもう一度
心のやすらぎをもとめて
前向きに生きてみたい・・・という
きもちをとりもどしたようだ。
でも、
「あの男」のほうは・・・
そういうきもちに一瞬はなったにせよ
光を求めるには今や罪を犯しすぎたこと
絶望という闇の世界に慣れすぎたことを
感じて、もどれなかった。
それであのようなことに
なったのだろう。