BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

大雨/死刑執行がなされたことについて。-180706。

ゆうべは地元でも、かなり雨がふった。

夕方、2時間ばかり、雨が弱まった。
これなら大丈夫だろうとおもった。
涼しいし、運動不足の解消のために・・・と
出先から自宅まで3駅分(約8キロ)を
歩いて帰ることにした。
しかし、2駅分くらい歩いたところで、
雨が急に激しくなってきた。
駅のすぐ近くであったので、
もう1駅分 歩くのはやめておこう、
雨がもっと降るとまずいからとおもい、電車に乗った。
案の定というかなんというか、最寄り駅で降りてみると、
滝のような降り方となっていた。
駅から自宅までの徒歩15分で、
カサをちゃんとさしていたにもかかわらず
全身ぬれねずみのようになった。
空からカサにたたきつけてくる雨の音がものすごくて、
ただの雨なのだが、なにか
「歩くのをやめたい、これ以上動きたくない」
というような
心底おじけづいたきもちになった。
電車に乗ってしまってよかったとおもった。
もし、あと1駅歩いたとすると
晴れているときで30分くらいの道のりだが、
これでは、とても歩きとおせなかったような気がする。
歩かなくちゃ帰宅できないことはわかるのだが・・・

なにか、足がすくむかんじ。

ただ、買いかえたばかりの新しいレインシューズを
はいていたのは、いまかんがえると
よかったような気がする。
心強かった。
夜道で足元が見えづらく、
ちょっとぎょっとするほど深い水たまりに
何度かはまったのだが、それでも水がしみてこなくて。
ちゃんとした装備、という いちるの安心感が、
自宅まで歩きとおす気力にかわってくれたようにおもう。
買い替え前の、中敷きなどがぼろぼろで
どこからか水がしみてくるようになっていた
古いレインシューズであったなら、
もうすこし早めに心が折れて
しゃがみこんでしまったかもしれない。

集中豪雨の被害のさなかにある地域のかたがたに
おみまいをもうしあげる。
正常バイアスという心の作用があるはずなので
「そうはいってもまさか」「うちにかぎって」という
お気持ちになることは もちろんあるのだろう。
だが、そこは、
変な言い方ではあるが、だまされたとおもって
気象庁や行政のアナウンスをよく確認し
なんとしても御身の安全を確保すべく
行動していただきたいとねがう。
大丈夫だったね、で おわれば、それでいいのだから。

・・・

死刑を執行した日にちについて
「なにもいまこんな時期でなくても」
といった意味の発言をした著名人がいたと、きいた。

「死刑を執行する日をいつにするか考える」
作業が、この世に存在する という事実について
これまで、まともに考えたことがなかった。
「今じゃなくてもよかったのに、
そういう発想がありえるのか。」と
はっとさせられた。

でも
「本日はお日柄もよく貴殿の刑執行におあつらえむき」
な日、とかいうのも、あるわけがない。

わが国は、「こっちのつごう」で、
他人を死なせる日にちを決められる。
なんとなれば その人が自分のつごうで
他人を死なせる日を決める罪をおかしたのだから。
ということなのだ。

それだけのことをしたのだから、それだけの目にあって当然
という考えかたは、わかる。わからないことはない。
でも
あなたは死んで償えといわれてもしかたのない
ことをしたけれども、
それでもわれわれはあなたの命を奪わない。
から始まる罰というのは、たとえば・・・、
あってはいけないのか。

このことについてどう考えればいい。
死刑についてどう考えればいいのだろう。

わたしは
宅間守の死刑が執行されたとき
加藤智大の死刑が確定したとき
それでいい、とおもった。この人物をゆるせないからと。
でも、いまは
それでいい、ってなんだ。ゆるせない、ってなんだ。
なぜそれでいい、のか。他人ではないか。
犯人と会ったことも話したこともない。
なにもしていない。されていない。
ゆるせないなどと、被害者や犠牲者や
そのご遺族のようなことを なぜ自分がおもうのか。

正しいことを言おうとおもえば言える。
でも、正直にいえば、
わたしは宅間守を、加藤智大をゆるしている。
彼らのしたことは間違ったことだが、
でも彼らのしたことを、わたしはゆるせる。
というか、いうほどなんともおもっていやしない。
被害者がかわいそうとか 人なみにはおもったが。
なのに正義みたいなものを大仰にふりかざして
「言ってみた」。そんなところだ。

ただ死刑については
なにかの思考を自分がしているから、
この感情がわいてきているはずなのだ。
死刑をおもうとき、罪悪感がわく。うしろめたい。
「よくないことをしてる」と考えているからうしろめたいのだ。
死刑はよくないと、わたしは考えているのだ。
死刑のなにかがよくないと。なにがよくないんだろう。

複雑すぎる問題におもえる。が、
認めているのだから、間接的にわたしは死刑を。
だから 考えることをやめちゃいけないだろう。