BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

「犬ヶ島 Isle of dogs(2018)」-180617。

※ねたばれというほどでもないですが 内容には触れています。※

ストップモーションアニメ映画「犬ヶ島」を観た。
(Isle of dogs、ウェス・アンダーソン監督、2018年、米独合作)

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あと5回くらいふつうに観たい。
ゆうべ なんのきなしに家で観た映画がぜんぜんおもしろくなくて
ほんとうにがっかりしていたところだったから
このようなモノスゴイ作品を スクリーンで楽しむことができて
うれしかった。

かの傑作「グランド・ブダペストホテル」や
「ファンタスティック・ミスター・フォックス」をてがけた
監督だ、ということは 観る直前くらいに知った。

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あの人なら 傑作まちがいなしだろうと期待してかかって
なおそれを上回ってきた。

近未来の日本、「メガ崎市」(!)が舞台の物語。
市の政権を掌握するのは、小林家という旧家。
一族はゆえあって代々「犬」がだいっきらい。
市長は、街から犬を殲滅したい。
ドッグ病なる人獣共通感染症が確認されたのにかこつけ、
街中の犬という犬・・・ペットも含む・・・を
離れ小島「犬ヶ島」に隔離(廃棄)する政策をおしすすめる。
しかし、じつは小林市長も犬を飼育していた。
息子アタリの忠実なボディガード犬、スポッツだ。
にっくき伝染病の媒介動物を殲滅、という政策でヒーローとなり、
次期市長選の再選を盤石なものにしたい市長。
自分が犬を飼っているんじゃしょうがない。
隔離第1号にスポッツが選ばれ、さっそく島に捨てられてしまう。
アタリにとってスポッツは、唯一の親友。
彼は12歳にして単身犬ヶ島にたびだち、スポッツ救出をこころみる。
・・・

登場するパペットたちが
ぜんぜんかわいくない点だけガマンすれば、
これほど夢中にさせてくれる映画って
さいきんあんまりなかった。

一画面 一画面
偏執的なまでに描きこまれた
細密画のようなしあがりで 
まばたきするのがもったいないくらい。

パペットたちの表情の変化・・・
顔が紅潮したり 目に涙がにじんだりを
いったいどうやって実現したんだか 
わたしにはぜんぜんわからないが ほんとにすごかった。

とくにやられたのは
お寿司をにぎる 職人さんの手元を真上から撮ったシーン。
数種類のネタをそれぞれしめる、さばく、握りまでの
ながれるような動きが完璧に再現され
(実写じゃない。ストップモーションアニメ。)
でもよくよく考えるとあれは 最後ににぎるお寿司に
暗殺用の毒入りわさびをつける、というただそれだけのシーンで。
「どう考えても監督がただやってみたかっただけだよね」感が
たまらなくよかった。

また、犬たちの鼻のあたまに薄桃色の花びらがくっついて
ひらひらしているところ、
乱れた髪の毛をなおしてあげるやさしい手つき、
芸のこまかさにいちいち泣けた。

世界観は
60年代日本がベースのレトロフューチャー
といったかんじが近い。
「天国と地獄」や「酔いどれ天使」にでてくる
日本の建物や人びとの服装、表情を参考にしたと
監督は話しているようだけど
黒澤明よりもどっちかというと小津安二郎の影響を見たようなきがする。
ただ 市長のルックスは文句なしに三船敏郎(笑)。

タルコフスキーの「ストーカー」や
キューブリックをおもわせるシーンも。
知ってればたぶんもっといろいろとわかっておもしろい。

心ある科学者たちによってドッグ病の血清が開発され
発病しても完治が可能となったにもかかわらず
市長はその情報を黙殺、隔離政策を断行する。
市長の目的はじつのところ伝染病の根絶でもなんでもないからなのだが。
一部の強者の利権のために 真実がにぎりつぶされ粉飾される。
みんなにとって有益な事実も
情報を受け取る側の眼がくもっていたり
単に「現状をいまさら変えることがめんどくさ」がられたりすれば
だれにも注目されない。
少数派意見の尊重が標榜されながら
その裏で「不穏分子」の抹殺がまかりとおる。

現実世界のいたるところで いままさにおこっていることが
アニメにたくされて うまく描かれていた。

本気で何かを変えなくてはいけないとおもったら
犠牲も覚悟しなくてはならない、
そういう世界が存在したし、いまもあるのだと感じた。
なにも腕力でやりあわなくても話し合いで・・・ というのは
それだけ穏便で平和な世界を 自分が享受していて
そのことのすごさを普段ちっとも考える必要がないくらい
穏便さ 平和さが「続いている」からこそ言えることで
しかし、そうした世界は 
ものすごい量の血と しかばねのうえに 
なりたっているのだとおもう。

また、すべて失っても本人がくさってないかぎり
チャンスはきっとまたある、ということは、
隔離処分となった元飼い犬たちが教えてくれた。