BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

そもさん-2-180422。

自分にとって前職は「生きがい」であった。
多分だが、いままでもずっと、仕事をすることそれじたいを、
「生きがい」として心のなかに位置づけてきたとおもう。

遊ぶことがきらいなわけじゃない。
が、遊びって、これはこれでけっこう大変だ。
せっかく遊ぶのだから楽しまなくちゃ!
「楽しくなければ」「笑ってなければ」的なきもちに
追われてしまう気がする、と言えなくもない。
それに、遊びは心も体も消耗するわりに、原則何も生まない。
役に立たず、使う方が多い。
それに対し仕事は、やれば何かが生まれ、作れる。
だから仕事のほうが…意味があることをしているような気がして…
生きがいと感じやすいのかも。

でも、わたしのまわりに何人かは、
仕事ってのは、休日に遊ぶお金をかせぐためにするもので
仕事がイコール人生とか生きがいとかじゃないんだよ、と
言い切る人もいる。
彼らにとっては、仕事は生きがいじゃないことになる。
できれば仕事なんかしたくないけど、
生活のため余暇の充実のためにするわけで、
人生のうち「仕事じゃない部分」に
たのしみとか幸福感をみいだしているんだろう。

ぜんぜんわからないわけじゃない。
編集者をしてたとき、激務であった。
楽しかったけれど…体調は崩した。
最悪だったとき…入社1年半後くらい。
腎臓から肝臓から6か所くらいに病気が発覚、
寛解まで9か月を要する事態となった。
今思えばバカだったけど、即入院との医師の指示を
断って職場にもどり、
とおのく意識のなか連日原稿を書いていた。
あのときはさすがに、
働きかた、つまり働くことへの考えかた、つまり生きかたが
自分はまちがっている、と痛感したものだ。
体を壊してまで仕事なんかするもんじゃない、
頭使って効率的に働いて早く帰り、
日々の休息と、週末を確保しなくては、と考えた。
実践し、ある程度までは成功した。
しかし、のちに再び失敗して、今度は死にかけた。
それなりに社会人をやってきたけれども、
ここまでではついに会得できなかった、
自分なりの、継続可能な、うまい働きかた。
それに…それに、本心をいえば、
燃やし尽くしたかった、仕事によって、自分を。
灰しか残らなくても別にいい。
ゆっくり休む時間、週末。…。ちがう。
働いてないと、生きているかんじがしない。
だから頭でわかっていても結果こうなった。
選んだ、仕事に生きる意味をみいだすことを。

だがそれはまあいいとして、考えをもどすと、
つらくてもやりがいある「仕事」に生きる意味をみいだすか、
たのしくて笑っていられる「余暇」にこそそれをみいだすか、
仕事はつらいもの、遊びはラクなもの 
そんな考えかたってもう、古いっていうか、
ステレオタイプかもしれないとも。

仕事と遊び。容易におもいつく2項だ。
でもこんな考えかたが完璧にフィットするシチュエーションなんて
ほんとうにあるのか。
「働くのか、遊ぶのか」なんてのは、だれかのただの「考えかた」、
抽象でしかないのかも。
…でも けっこう多くの人の考えかたみたいだよね。
いつだれから教わったのか…

小休止中の「手記」に頻繁に登場するG夫妻は、
「なんの仕事をしているの」と人に聞かれたとき、
説明するのが困難であろう仕事をしている。
彼らが仕事で開催したワークショップに参加したことがある。
そのとき、わたしには、彼らが仕事をしているように見えなかった。
わたしはかつてスゴイ顔をして、毎日働いていた。
でも、G夫妻は、楽しそうだった。遊ぶように仕事をしていた。
うまくいえないのだが…だから、
仕事みたいにしんどい遊びも、遊びみたいに楽しい仕事もあり、
同じ人で同じことでもときには話がちがったり、
ゆれうごくものなのかも。

G夫妻は、ボードゲームの愛好家でもある。
モノポリーとかだけじゃなく、世界には、
バラエティに富んだいろんなものがある)
愛好家が集い、ボードゲームをしまくるという 
けったいな会があり、わたしもときどき顔をだす。
ボードゲームは遊びだが、ルールを覚える必要がある。
輸入版は、マニュアルの日本語訳が微妙。
それに、やはりなにか感覚が決定的にちがうのか、
ゲームのユーザーインターフェース自体、
…日本人から見て…一見して理解できない場合が多い。
そいつをテーブルに広げ、コマを並べ、
経験者が、初めてやる人に遊びかたを解説する。何十分もかけて。

遊びでも、ルールがあるものなら、トレーニングは必須だ。
最終的にはたのしいものでも、最初からそうなわけじゃない。
へたしたら死ぬ遊びもある。
キューバダイビングとかロッククライミングとか。
これらはそもそも どう始めればいいのかわからないたぐいの遊びだ。
そこへ「やりませんか」と声をかけ、やりかたを教え、
現地でガイドする。…つまり
遊びを教える仕事が、確立されている。
仕事と遊びって、やはりそうかんたんに
楽しいとかつらいとか、作り出せるとか出せないとか
わけられるものではなく、わかちがたく結びついているものみたいだ。