BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

呆然散歩/KAJALLA#3-東京千穐楽/「双亡亭壊すべし」7-8巻

始発で都内にでて、
南新宿・四谷・飯田橋・早稲田・池袋を歩いた。
住宅街や、公園や銭湯や神社があるところ、
工事現場ばかりがあるようなところを選んで。

朝早いと東京ってほんとうにしずかだ。
やすらかな気分になれる。

歩いてこのルートをたどったのは
はじめてだったから
すごく距離があったような気はした。
実際半日かかった。
寄り道したり、とちゅう公園で呆然と座りこんで
ハトをながめたり、
軽く迷子になったりしながら。

最短ルートで7キロ弱といったところのようだ。
普段の散歩コースのほうがよほど距離はある。

とはいえ早く目的地に着くことが狙いではなく、
目的地があるわけでもない。
多く歩くことが目的でもない。
もとめるのはひとりの時間と、平穏だ。
ふりすてるまで歩くことだ、
心にまとわりつく
つらい気持ちとか疲れとかを。
写真なんか1枚も撮ってやしない。

・・・

午後、池袋駅に到着し、東京芸術劇場に行って、
ラーメンズ小林賢太郎さんの舞台を観た。
この公演を観るのは2回め。

kentarokobayashi.net

 

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同じ内容の舞台だが、前にみたときよりも
細部がブラッシュアップされていた。
前回同様、
野間口徹さんが最高におもしろかった。
あの人の様子のよさ、存在そのもののおかしみは、
他人にはまねできないものだろう。

ひとつだけ、
野間口徹さんではないが、)
「持ってるにきまってんだろ!
宝物だよ!おまえらがくれたんだから!」
というセリフは、
もうちょっと聞き取りやすいとよかった。
あのセリフ、わたしすきなんだよ(^^)

小林賢太郎さんの舞台は
行けばいつでも大入り、
回をかさねるごとに、
会場も大きくなっていっている。
それに、このわたし程度、
人かずにもならぬ者の観劇ブログでも、
タイトルに「KAJALLA」「小林賢太郎」とかがあると、
キーワード検索でヒットしやすいのかなんなのか、
小林賢太郎さんの舞台の興行期間の前後には、
アクセス件数が怪奇現象のごとく
はねあがることを把握している。
どんな経緯にせよブログを
のぞきにきてくださることはありがたい。
ただそれにしても、ぜんたい、
訪問してくださるかたが
どういうお気持ちで
この手の内容のブログを訪れるのかは、
書いておいてなんだが、皆目わからない。

「自分が観た(観たかった)舞台を他人はどう感じたか」
がお知りになりたいのか、
「これから自分が観る予定の舞台を他人はどう観たのか」
を知っておきたいとお思いになるのか。

観たい・観る予定・観たかったけれど観られなかった、
いかなる場合でも、
わたしはその舞台
(映画でもライブでもなんでもいいが)についての 
他人の感想など、知りたいともなんともおもわない。
作者自身の解説やインタビューさえ、
読みたいとおもわない。
すきなものほど、他人と共有したくない。

矛盾のある思考であることは、自覚ずみだが。

・・・

藤田和日郎マンガといえば、
からくりサーカス」のアニメ化決定が
話題になっているが、
わたしは目下「双亡亭壊すべし」に集中してる。

websunday.net


人の皮をかぶった人外の者、
人間性を棄てた人間を描かせたら
藤田和日郎の右に出る者は 
すぐには思いつかない。
「しの」のきもちわるさよ。
いったいどうやってあのかんじを出すのか。

坂巻泥努の姉のたのみごととは
なんだったのかな。

ロクロウの、父の最期は、
なにか、映画「灼熱の魂」を
連想させるものがある。

movie.walkerplus.com

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york8188.hatenablog.com

バスの炎上シーン。
ロクロウとナルワンとでは、
事情も心の向かう先もちがうものの。

双亡亭壊すべし」は、あくまでも、
「理屈でなんとか解決できそうなかんじ」
「すべてのことは、特定の原因の『結果』
として起きている」
という見地で物語がすすめられている。
登場人物たちが、
そうであってほしいと願っているからだろうし、
読者もその点は似たようなものじゃないだろうか。
荒唐無稽!ありえない!こじつけ!と
好きに言いつつ、
いちおうなにごとにも
理屈があってくれないと落ち着かない。
「なんでそうなったのだ!わけがあるはずだ、わけが!」。
双亡亭の外見や構造が
時代により見る者により
あきらかに異なることの理由まで、
ちゃんと解明されてしまった。
わからないままでも別にいいという気がしてたが。

科学の恩恵に浴し、
いまどきの精神性によって生きる者が、
従来の思考では受け止めきれない
怪奇や謎と出会ったとき、
いかにそれと向き合うかというのが、
作者のテーマ(のひとつ)なのかな。

ただ、「邪眼は月輪に飛ぶ」とかのころから
ちっともかわることなく
キャラはみんな暑苦しいまでに熱い。
今どき流行らないほど泥くさく、
いとおしいほどクソまじめ。
悪者だって、悪事に一所懸命だ。