BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-「アポロンの地獄 EDIPO RE(1967)」-180418。

はとこのおばあちゃんが、
VHSをかしてくださった。
ブルーレイやDVDも、
でているみたいだ。

アポロンの地獄」
(EDIPO RE 
ピエル・パオロ・パゾリーニ監督、1967年、伊)

movie.walkerplus.com

 

f:id:york8188:20180418011521j:plain

冒頭とおわりの部分以外は、
ソフォクレスの「オイディプス王」。

オイディプス王の物語は、
岩波文庫などで読める。

ソポクレス オイディプス王 - 岩波書店


こんなサイトもあった。

greek-myth.info

 

greek-myth.info

 

greek-myth.info



オイディプス役の名演。
受け入れたくない真実をつきつけられた、
動の演技と、
光をうしないさまようラストの
静の演技が印象的。
オイディプスにはずっと、
狂気すれすれに激しく燃える、
生命力を感じていたけれども、
物語も終盤にちかづくにつれ
一気に老けこむみたいに朽ちて
眼が濁っていった。

知らなかったとはいえ
父を弑し、母と交わった。
必死にあらがってきたつもりが、
宿命から逃げられたときなんて
一瞬もなかったと知ったら
ああして泣き叫ぶ以外に
できることはない。
やけくそかなんなのか、
妻が母と知ってなお、
彼女を抱くシーンは生々しい。

冒頭とラストの舞台が
現代に設定されていたことは、
ギリシャ悲劇の普遍性の
暗示かと当初おもったが、
そんなことパゾリーニがするとも…。
罪とつぐないが、
時と血を超えようやく終わる、
ということかも。
ほこりっぽく汚い映像ばかりが
続いたところへ、
ラストだけは、
空と芝生の青が目にやわらかい。

古典の単純な映画化ではなく、
監督のエディプスコンプレックスが
コアにすえられた個人的作品と見ても、
べつにさしつかえはないだろう。
監督のプライベートと作品とを
いちいちつなげて
うんぬんするのもあれだけど、
パゾリーニは実父との縁が
うすかったと聞く。
その父は軍人だったはずだ。
本作の冒頭とラストに登場する
若き花婿も、軍人。
彼とその妻とが愛し合うシーンのあとに、
生まれたばかりの彼らの子が
目をぱっちりあけたカットが入ると、
まるでこの赤ちゃんが
母と通じるという未来の
メタファーのようにおもえてしまうが、
あれは我が子に嫉妬し、
妻をとられるかもしれないと
情事の最中にも赤子の視線を気にする、
父の予感とあせりの投影とおもわれる。
パゾリーニが、そうして鏡のように、
自分のことだけでなく 
父の心のなかまでも
のぞきこんで苦悩してきたとすれば。
オイディプスの罪とつぐないが、
ようやく終わった、と
さっき書いたけれども、
これでもう終わりにしたい、
そして自分だけの新しい未来へと
進んでいきたい、ということでも
あったかもしれない。

有名な
スフィンクスの謎かけ」がなかった。
しゃがみこんでぶつぶつと
何かいってるスフィンクス
いきなりとびかかって撲殺、
という展開には、ちょっとおどろいた。
どんなシーンになるのかなあと、
おもって待っていたんだけど。

オイディプス青年の諸国遍歴や、
デルフォイの神託の場面などで
雅楽や「ケチャ」、
モーツアルト弦楽四重奏などなどが、
耳にとびこんできたのがすごく新鮮。
徹底したリアリズム描写のために
映像が暗く汚らしく、
その意味では、
観ていてもたのしくない映画なので
せめて耳で楽しめたことは、
よかった気がする。

手持ちカメラによる
荒っぽいシーンの連続で
頭はふらつくし、
熱量がすさまじすぎ、
1時間半ちょっとにしては、
へとへとに疲れた。
だが、過去・現在・未来と
語り継ぐダイナミクス
さまざまな人の証言から
主人公の過去が暴露されていく
プロセスの描写はおもしろい。
時間のならべかた自体は
シンプルであるので、
観るほうは、
オイディプスがなにをしたか、
ぜんぶわかったうえで、
なりゆきを見守るしくみだ。
それにもかかわらず、
飽きさせない。
宿命にのたうちまわる
オイディプスの悲劇を
ふつうにかたずをのんで
見守ってしまった。

同時代の、最新作のほうが、
こうした昔の作品よりも、
自分にはすんなりはいってくるし、
きっとはるかにおもしろいと
感じているんだろう、ということは、
いちおうわかる。
古いものはどうしたって古い。
解説なしには理解できなかったり、
価値観がちがってたり。
へんな話なのだが、
多くの人に観られてきたせいで
「すりきれてしまっている」
「薄まってしまっている」と、
感じることもある。
でも、古びてもなお、
こうして観たときに、心にくる。
芯の部分が
まだまだしっかりと残ってる。

映画の時代の映画なんだとおもう。
説明的な描写なしで
どこまで理解させられるか的な
限界値の実験をはやとおりこし、
理解されることを
むしろ拒んでる、としか思えないような
心象風景の羅列のくせして
それでも共感させる。
もう今ではだれもこんな映像
作らない、流行らない、
そんな原初的、動物的な描写を
もろにぶっつけられて、
センスがグラグラゆさぶられる。

「昔」の作品の偉大さだ。
観るのをやめようという気には
やはりならない。