BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

「マリー・アントワネットに別れをつげて Les adieux à la reine(2012)」/村上龍のビジネスエッセイ。

午前中は都内にでかけたが
調子が悪くなりそうだと感じ
午後の予定をとりやめて 帰宅した。
夜、オペラシティでモーツアルトを聴くつもりで
チケットをとってあったので それには悩んだ。
しかし、友人に連絡をとってみたところ 
代わりに行ってもいいとのこと。
待ち合わせてチケットをゆずり、解決。
モーツアルトはまた今度。

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午後はずっとベッドにいたが 夕方ごろ 映画を観てみた。

マリー・アントワネットに別れをつげて」
(Les adieux à la reine、ブノワ・ジャコー監督、2017、仏・西)

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movie.walkerplus.com


※センスの感じられないポスタービジュアルだ。
こんなイメージの映画じゃない。
「イメージどおり」が「売れる」とはかぎらない、
そういう事情はわかるが、もうすこしなんとかしようがあったろう。

革命にゆれるヴェルサイユ
主人公は、王妃付きの朗読係・シドニー
亡命でも処刑でも自決でもなんでも、かならずお供を。
彼女はそのくらい、マリー・アントワネットを敬愛している。
貴族たちが、迫りくる革命の炎をおそれ
王室をみすてて逃げ出していくなか、
王妃からシドニーに呼び出しがかかる。
重要なたのみごとがあるという。
王妃さまが自分を頼ってくれた!
しかし アントワネットのたのみとは
同性の恋人・ポリニャック夫人を亡命させる際の
身代わりになれ、というものだった。
※Moviewalkerの作品紹介では
「(ポリニャックの)身代わりにギロチン刑を
受けるよう命ぜられた」となっているが 厳密には
そうではない。
偽名の通行許可証をもってポリニャックの亡命に同行し、
検問のときなどに 貴婦人を演じて切り抜けよ、
という命令だった。
ポリニャック夫人は革命派の目の敵にされており、
要処刑リストの上位にあげられてもいたから、
へたを打ってポリニャックと同定されれば
シドニーは、もちろん殺されるわけだが。
・・・

アントワネット役はダイアン・クルーガー
病的に移り気、激情家でドラマ体質という
アントワネットの人物像をたくみに
(観るほうが彼女をキライになれないように、)
演じていた。

ポリニャック夫人の身をおもんぱかり
ヴェルサイユ脱出を命じる場面はよかった。
夫人との恋にひたり、
みずから監督・主演するドラマのヒロインという
役柄を堪能する自分から、
誇り高きフランス王妃としての役割を演じ切る自分へと
うたがいもなく、また苦労もなく
瞬時にモードチェンジしてのける。

彼女のしたことは、シドニーのためには残酷だ。
シドニーはこのことのせいで 心だけ、50歳分くらい
一気に老け込んでしまったんじゃないかな。
しかし、人が生きるかぎり、また愛するかぎり、
まわりの人すべてを納得させる選択なんてできない。

マリー・アントワネットといえば、
ハンス・アクセル・フォン・フェルゼンとの関係が知られているが、
フェルゼンのことには 本作はふれていなかった。

ダイアン・クルーガーとレア・セドゥの
質のことなる美しさのコントラスト。

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本も1冊だけ、時間をかけて読んだ。

村上龍
「会社人間の死と再生 ダメな会社と心中しないための戦略とは?」
(扶桑社)

goo.gl


今の自分じゃなかったら決して読まないたぐいの本だ。
村上龍じゃなかったら、今の自分でも読まなかったか。
だが 読んでよかった。
新しいことがたくさん、ちゃんと心に入ってきた。
それも今だからだろう。
もっと早く読んでればとか つい いかにもなことを考えたが、
やっぱりタイミングとか めぐりあわせってものがあるんだろうな。

図書館でかりたんだけど、追って新品を1冊 購入したい。

「ほとんどのビジネスマンは
自分がその格差社会の中間層だと思っている。
非常に恵まれた少数の人が頂点にいて、
底辺にはこれも少数の貧困層がいて、
その中間に膨大な数の平均層がいる。
それで、自分はその中間層に属していると、
多くのビジネスマンはそう思っているのだ。
頂点をビル・ゲイツに設定して、底辺をホームレスに設定すれば、
そういった勝手な思い込みも可能だが、
現実はそう単純ではない。」

カンナがけしてない ざらりとした言葉で
こういうことを 書いてしまえるところが
村上龍だと わたしはおもう。

「自分がどういう生き方をしたいのかがわかれば
そこでソリューションが自ずから明らかになる。
生き方というのは、哲学ではなく、
どういう風にして生活の糧を得るのかという具体的な問題だ。
どういう生き方をするか自分で決めるまでは、
他人にアドバイスを求めてはいけない。
どういう生き方を選ぶのか、それがはっきりすれば、
会社人間はいつでも再生が可能だ。」

どういう生き方をするか(どう生計をたてるか)。
まだまだそれがぼんやりとしている。
わかるのは 
本が1日10冊くらい読めて、
書きたくないことじゃないことを書いて、
それによって自殺だけは回避しつつ、
自分で税金を払って生きられればいい くらいのものか。
ぜんぜん 生計とかいう話になってない(^^)・・・
削り出しがひつようだ。 わたしはそれがうまくない。
だれの力もかりずに 黙々と彫刻するのではなく、
周囲と接しぶつかっていくことで 
自然に削られていくかんじを のぞんでいる。