BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

手記-其の拾弐(仮題)-20171205~2017120*-白昼夢

思い返せば 11月末ごろから、
夜、ほとんど夢を見なくなっている。
(理論上は、かならず見ているはずと聞くけれど。)
朝まで覚えているようなものを ほんとに、見ないな。
夜、眠ることができないのもあるのだろうか。

2017年12月ごろの
気持ちと体の状態をおもいかえすと
われながらほんとにおかしな話だと感じるのだが、

とにかく だるい。重い。
いつだって何かによりかかって
だらーんとしていたくてたまらない。
できればペン1本だって持ちたくない。 
もうなんというか・・・
何もしなくていいというのなら1年でも横になってたい
なのに、
頭は休まるときとてない。
いつも、なにかにびくびくしてる。肩に力が入ってる。
動いてないと落ち着かない気がするけど、何してても苦しい。
いつもあせっていらいらしてる。
何かが怖くてたまらない。

あ、ところで、
12月4日、職場に復帰したところ、
きかんしゃトーマス」の いまいましいプラレールは、
役目をおえたらしく、片づけられていた。
2017年11月いっぱい、わが職場を席巻した
あの むちゃくちゃに大変だった雑誌の作業は
おおかた峠をこしていた。そのためか、
結果、退職まで、さいわいにもわたしは二度と
上司に恫喝されることはなかった。

わたしは、職場に復帰することが怖いとは感じてなかった。
感じてなかったつもりだ。多少不安はあったが、それは
上司にまた怒鳴られたら・・・というのよりも、
みんなにどんな風に思われているだろう、
あんなに何もかもほったらかしにした状態でいなくなり
みんなに仕事をかぶってもらって1週間も休んで・・・
というものだった。

あのすさまじかった雑誌の作業は
12月にはさすがに終わっているはず、と踏んでいた。
上司があれほどの叱責を浴びせてきたことの要因も
制作実績のない新しいタイプの雑誌の
慣れない作業による ストレスがあったことが
容易に想像できたから、
あの雑誌の仕事がおわれば、
たぶんもう上司に つるし上げをくらうことも
ないだろうと、ほぼ確信してた。

だから、また怒鳴られることが怖いから復帰することが怖い、
とは 感じてなかったつもりだ。
不安は意外とそんなにはなかった。

それなのに、こうもビクついている心は、
こわばりのとれない体は、どうしたことか。

なんの問題もないというふりで 
自分自身をもだましつつ 仕事をしおおせていたが、
内心 ものすごい高所で命綱なしに
綱渡りをしているような・・・
いや、ちがうな
震えあがるほどコワいホラー映画かなにかを観た夜、
お風呂で髪を洗っているときに
うしろにおばけが立っているのでは・・・という 
ばかばかしくも深刻な不安感に
おそわれることがあるが、あのかんじだ(卑近!!)。
あれに近いかんじに 絶えず おしつぶされかけながら
すごすこととなってしまった。

日中には、
もう過ぎ去ったはずの11月の、あの職場の光景が
眼前にぱっとよみがえり、自分をおどろかす・・・ということが
日に数回も起こるようになった。
幻覚やら夢やらにしちゃ、強烈にリアル。
あの耳元にひびく怒鳴り声。
「ツラもみたくねえ!!」。
ただビジュアルが目の前に展開されるだけでなく、
当時味わったきもちや体の感覚までも
くっきりと再現され、たまったものではない。

これ、以前勤務した職場でいじめにあったときに
体験ずみ。
そのときは、退職後 半年ほども同じことが続いたものだ。

まあ、精神医学方面では、
「フラッシュバック」というのだとか。

またなのか。
しんどい目にあったら わたしでなくてもみんなこういう
追体験的な現象に くるしめられるものなんだろうか。
もうイヤな思いをしたくない。
まえに いじめにあったとき、長い間ああやって
過去にとらわれ時間をむだにしたように、
今回もまた、自分の心を過去にがんじがらめに
してしまうのか。
今度は 抜け出すまでにいったいどのくらいの時間を
要することだろう。

この身に起こっていることが何であるかが
経験上わかるだけに、先の先の先のことにまで
しかも悪い悪い悪いほうへと思いがかけめぐり、
たまらない気持ちになった。

早く終わらせないといけない。もうくりかえしたくない。
こんなところにひとりでいたくない。
おねがいだ、誰か助けてくれないか。
信頼する友人などにすがりたい思いで 胸がいっぱいだった。
けれども、助けてなんて 言えたものじゃなかった。
なぜなら、
これはたぶん、専門家の(たとえば医療の)領域のことなのだ。
背負ってしまった荷物がどんなに重くても、
いや、重いからこそ、こんなやっかいなもの 
みだりに降ろすもんじゃない。
当時は ぎりぎりのところにいながらそれでも
こんなふうにおもって 
できるだけ口をつぐもうと 努めてた。

現実の職場は、もうわたしにとって
ちっとも つらいものじゃなくなってた。
わたしは退職の日まで、結果 一度も 
上司に怒鳴られることはなかった。
自分の頭のなか以外のどこにもない
「先月のあの職場」なんて ばかばかしいものに、
わたしは苦しめられることになったみたいだった。