BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

手記-其の拾壱(仮題)-20171204-復帰-1。

眠れないのも こまりものなのだが

それよりなにより
まいらされていることのひとつに

かなしくもなんともないのに
まえぶれもなく 
常識では考えにくいほど大量の涙がながれでて
数十分も 止まらない、という
不気味な反応がある。
これは退院後まもなく はじまったもので、
2018年3月の いまも おさまることがなく、
けっこうな頻度で起こっては わたしを困惑させる。
たいがい2~3日に1回程度の割だ。

電車内などで はじまると 
周囲の人にあやしまれるし
びっくりされるし 
あと、はずかしいしで
始末に負えない。

そこで、
最悪 泣いちゃってもいいように、
毎日、できれば早朝に家を出発し
電車でいうと4駅分くらい・・・
6.5~7キロメートルくらいの距離を 
とにかくひたすらに歩くようにしている。
この間、1時間ちょっとを
「涙がでてくるんならでてきてしまえ」アワーに
設定しているわけだ。

道ではそこそこ多くの人とすれちがうが 
当然みんな知らない人だ。
電車などの身動きのとりにくい場所とちがって 
お互いすぐにそれぞれの目的地へと
向かっていくのだし、
もう二度と 会わない人たちでもある。
いい大人が けっこうないきおいで(しかも無表情で)
泣いてる・・・ というシュールな姿をみられてしまっても
べつにはずかしいことはない。

泣いちゃってもいいや、とおもえる時間を
こうして自分から つくりにいくことで
泣けてくる時間をすこしは 
コントロールできるようになった気がする。

いや、多分に、「気がする」だけのことだ。
この時間帯にちゃんと涙がでてきてくれるともかぎらない。
というか ほとんど はずしてしまっている。
やっぱり電車のなかで泣いてしまったり
家族がテレビの「アメトーク」とかを観て
爆笑しているそばで わたしひとりが号泣してたり
現実には そう うまくはいってない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2017年12月4日(月曜日)、
心づもりしていたとおり、
いったん職場に復帰することにした。
朝、
玄関で靴をはいていると
鬼みたいな顔をした母があらわれ
「どこにいくの!!」と。

「会社。復帰するから。」

「辞めろといったはず。行くのはいいけど
きょうで辞めますといって
荷物をまとめて すぐ帰ってきちゃいなさい!」

退職の意思は たしかに かためていたから
母のいうことも あながちわからないではなかったが
当時のわたしにしてみれば 
あまりといえば、な 言われようで、
復帰初日そうそう 
すごく くさくさした気持ちになった。

何回か前の項で すでに述べたが、
じつはこの前日、3日(日曜)に、
母は わが社の社長に勝手に連絡をとり、
わたしを辞めさせる、と宣言していたのだった。
ただ、この朝の時点では 
わたしはそのことを 知らなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

始発駅から私鉄に乗るので
時間をえらべば まずまちがいなく座ることができる。
出勤の時点では 体がつらいとは思わなかった。

だが、出社してみて パソコンの前に向かってみると
イヤでもおもいしらされた。これはダメだと。

これまでのように仕事をすることなんて
もうできなくなってしまった、
取り戻すのに何日かかるかしれたものではない。
なんだこの 暴力的な頭痛。
体に力が入らない。
頭と指とデザインソフトの接続が
断絶してしまっている。
話にならない。

なかば やっぱりね、的なきもちながら
やはり落ち込みつつ・・・
上司が出社してくるころ合いをみはからい
彼のデスクがある部屋にいってみた。
ちょうど出てきて コートを脱いでいるところの上司に
「復帰しました、ご迷惑をおかけしました」と
頭をさげた。

「なんだ、でてきたの。」
「あなたの担当のページ、誰もやってないから、
まずそれからやって」。

11月に取り組んでいたあの雑誌、
まだ 終わっていなかったのか。
それに、やはり できなくなった者の分を
だれかが代わりにやるなんて措置、不可能だったんだな。
こうしてぜんぶ 手つかずのまま 残っていたんだから。

上司へのあいさつをすませて部屋を出、
自分のデスクのある居室に戻り、
ドアをぱっと開けた。

すぐのところに、先輩がふたりいて
小声で会話をしているのに でくわした。

ひとりは、わたしをのぞけば ただひとりの、女性社員。
入社間もない頃 わたしの教育を担当してくれた。
同年代なのだが、わたしとはなにもかもが違う。
頭が抜群によくて仕事ができるし、それに、とってもタフな女性だ。
入社後 すぐにその能力の高さをみとめられ
先輩たちや上司などから「神童!」とまで称されたと聞いてる。
だが それだけ優秀な人材にもかかわらず
「仕事」「働く」ということに ちっとも思い入れがなく、
口を開けば「一生遊んで暮らした~い」「働きたくな~い」。
もっと簡単な DTPオペレータかなにかのバイトを在宅でやって
月に18万円くらい稼いで・・・ あとは家で 
ドラクエやって過ごしたい。みたいなことを 
話していたこともあった。
わたしのイメージとしては それだと、
1DK6畳間お風呂なしのアパートに 
なぜかチューンナップ全開のランボルギーニ
どんと1台 置かれてて
いつ走るとのあてもなく 
エンジンをうならせているのを 見るようなものだ。

もうひとりは男性社員で、
わたしはこの人ともじつは同年代なんだけど
ぜんぜんそんなかんじがしないな。
この人と相対すると、わたしは
この人のほうが自分よりもはるかに
経験豊富でずっと年長の大先輩・・・みたいな感覚に
なんの疑問もなく ひたってしまう。
彼は わが社で扱う さまざまな雑誌のなかでも
アダルト系や、あと、コンビニの500円本・・・
ペーパーバックを 担当することが多い。
たいへんな切れ者で、人脈が広く精力的、いつもすごく元気で、
すきもきらいも いいもわるいも したいもしたくないも、
じつに率直な物言いをする。
あんまりストレートだし 強気でもあるから
周囲に敵を作りやすいとお見受けするが、
でも、およそ裏表のない わかりやすいキャラクターの持ち主だ。

足音で、近づいてくるのがわたしであることに気づいていたのか、
ドアを急に開けても ふたりがあせったようなようすはなかった。

彼らはわたしを どこか暗い表情で見つめてきた。
「でてきて大丈夫だったの? 
ていうか・・・顔 まっさおだぞ!
自分でわかってる?」
「死にかけといて1週間で復帰とか、ありえんし」。

「はい、ご迷惑おかけしまして。
本調子じゃないですけれど、
せいいっぱいやってみます。
復帰しろと 強いられたわけじゃなくて、
自分で出てきただけです」

「今回のことでほんと愛想がつきたわ、この職場」

「・・・」。

「体がつらいときに、こんなこと知りたくないかもだけど、
あの人たち(専務ら上層部) きみが倒れたこと
迷惑とか 使えないとか さんざん悪く言ってたんだ」

「労災とか申請されるのかな~、なんて言ってね」

「そういうのあの人たちが デカい声で話すの聞きながら
1週間ずっと仕事しててさ うんざりってかんじだった」

「・・・」。

「復帰はいいけど、とにかくもう 絶対に無理すんな。
バカみたいだから、ほんと。死ぬとこだったんだから。」

「もしもだけど、もしも、
退職考えているならだけど・・
辞めてからも、また同じ仕事つづけたいっておもったら、
そのときは教えて。あのね、
まだこの会社にいる立場だから
表立ってはいろいろできないけど、
それ相応の協力をするから。」

「・・・」。

結局 わたしがドアを開けるまでのあいだ
ふたりが何を話していたのかは わからない。
ふたりは ともかくこのようなことを 早口で告げ、
わたしの肩を1回ずつ ぽんとたたき、
そろって部屋をでていった。

彼らが でていくとき 
むこうの居室の あけ放たれたドアから
上司のおおきな声が漏れ聞こえた。

「駒が1個 消えるかもしれねーんだし!」

そして、それに応じるように
同僚のだれかの笑い声。

あーらら。
「駒」。
わたしか、それ。
がーん。

でも いったい何に落胆しているんだ、わたしは。

・・・
よけいなことなんだけれど、
わたしは 上司に乗っかったらしい
あの笑い声の主であるところの同僚たちに
(たいへんおこがましい考えだが)同情?してた。
いま、笑ってた彼らも・・・
態度を決めかねるというか
立場的にどうしようもないことがいろいろあるんだろう。
上司に気に入られているあいだは 
すくなくとも わたしみたいな目には 
あわずにすむ可能性が高い。
あんなふうに連日どなられるようになって、
それでも仕事するなんて。
彼らはみんな大の男だけど・・・いや、そんなの関係がない
やっぱり イヤなものなのだ。
それだったら、逆らわないように、不興を買わないように、
ああして適当にお相手してたほうが ラクにきまっている。
確実なのだ。そのほうが。
もし彼らの立場なら 
わたしもおなじようにするかもしれない。

だが白状する。
まだ こちらの居室に
自分しか出社してきてなかったのをいいことに
ちょっとだけ 泣いた。
なんでだったんだろうな。
鈍くって、つまらないメンタリティの持ち主であるわたしも
さすがになにか 腹にすえかねたのかもしれない。
くやしかった? のかな?
しかし 何が?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから数時間は、上司の指示通り、
自分の仕事の 止まってしまっていた部分を
とりかえすことに注力した。
先に述べたとおり コンディションはひどかったが
しかし、倒れるまでのあの1か月間にくらべたらそれは、
かなりましに感じた。
あのとき、6時間かかってもなぜか完成させられず
「今まで何やってたんだ」と怒鳴られても答えようもなかった
たった2ページ分のラフを 
2時間ちょっとで作れたとき、
「やっぱり先月は、体調が悪かったんだなあ。」
と あらためて おもった(←何いってんだ今さら)。
※ちなみに2ページ分の あの内容のラフ作成というと
元気だったら本来 50分~・・・かかっても1時間15分。

さらに2ページ完成させて
プリントアウトを上司に提出しに行くと、
専務が出社してきていた。
時間をもらい、こちらの居室の会議室で
退職の意向を告げた(口頭により)。
専務はその場に、上司と 役職で言うと主任にあたる
先輩社員をひとり呼び、
わたしが退職することになった、と報告した。
上司は
「そうですか・・。まあ・・・ 
しかたがないですね。」
と いつもの 苦虫かみつぶし顔で ブツブツいい、
しかし決定を受け入れた。

なんだよ。
人間とはわからぬものだ、いろいろと。

「20日締めだから、出社はいちおう
12月20日までということにしておこう。」
「本調子じゃないんだろうし、病院も行くだろうし、
つらかったらまわりと相談して、
早退とか、休んだりしてもべつにいいから。」
「今年は仕事おさめが28日で、
その日に忘年会をやるわけだから、
それまでは有給消化って形で、休んで・・
28日は、送別会も兼ねてやろう」
と、専務。

「有給消化」!!
専務!!
年次有給休暇の概念 いちおう 
この会社にも 息づいていたんですね!!

「それはそうと、きのうはおどろいた
病院運ばれたときは きみは復帰したい的なことを言ってたから
そうなのかなとおもってたんだけど
きのう、おふくろさんから俺の母親(社長)に電話があって
辞めるからって言ってた っていうから」
「でも、おふくろさんはスタンドプレーだったにしても、
意思としては両者とも ちゃんと一致してたんだね。
それならいいんだけどさ」

母が 勝手に社長に電話を入れ
退職させる、と宣言していたことを知ったのはこのときだった。

さきほど合計4ページのラフを提出したとき、
「今日はもうこれで上がってもいいよ」と言われていた。
しかし、まだ17時前だ。
やることは山ほどある。
ふつうに定刻まで仕事をした。

仕事のあいまに、同僚たちの何人かが、
なにかのついでといっちゃあ こちらの居室にあらわれて
大丈夫ですか、たいへんでしたねなどと
声をかけてくれた。
この会社って マジでどいつもこいつも
コミュニケーション死亡集団だよなあ・・・・と 
かねて あきれていたほど 
ほんとにコミュ障な人たちばかりの職場なのだが
そんな不器用な人たちが おずおずとこうしてやってきて
なにごとかを 伝えようとしてくれることには 
すくなからず胸をうたれた。

倒れていたわたしを
救急車が到着するまで介抱してくれたのが 誰であったかは 
まえもって専務などに確認してあったので
自分から彼らのところにいって お礼を申し上げてあった。

後輩の男性社員さんに
「びっくりさせちゃったよね。ごめんね。」
と話したところ
「びっくりしたかどうかで言えば、びっくりしました(笑)!!」
「机のうしろのこのへんに、こんなかんじで倒れてました」
と、その場にねっころがって再現してくれた。

第一発見者となった 同室の先輩は
「最初は、寝てるのかなあとおもったんだけど
脈なかったから。」
※心停止したとは聞いていないから、おそらく
 心拍はあったんじゃないかとおもうけれど、
 先輩も医者じゃないし、うまく脈がとれなかったのだろう。
「まえに働いてたところに、持病がある同僚がいて、
たまにきゅうに倒れることがあって、そのせいで
救急車呼ぶのとか慣れてたんで、
そんなにね、こまらなかったけど」。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やがて定刻となり、いちおうやるべき仕事はすべて
終えたので 上がることにした。

玄関で自分のタイムカードをふと見たとき、
とある記述があるのを発見した。

欠勤した2017年11月27日(月)~12月2日(土)
の欄が赤線で囲まれ、
そのなかの空いたところにボールペンの手書きで
「傷病」。

「傷病」?
これは なんのことだろう。
健康保険組合の あの 傷病手当金のことか?
それともただ この期間 病気で休んでた、という意味かな?
でもだとしたらなぜ 傷病、と?
病気で休んでた、というだけの意味なら
病欠、とか そんなふうに書くんじゃないかな。
傷病、なんて専門用語を わざわざもってきたってことは
やっぱり 傷病手当金のことをいいたいのかも。
この期間は休んでいたから給与の出しようがないので、
健保に申請して傷病手当金をもらいなさい、と
わたしにすすめるために、
覚え書きとして このように書いたとか。
けど 今日 専務と話した段階では
そんなことなにも 言われなかったけどな。
どういう意味で書いたのか、
専務に聞いてみるほうがいいだろうな。

こんな 総務系の専門ワードを
普通に用いてくるなんて・・・、
もしかしてわたしがおもうよりも、
この会社の経営陣は 総務関連のこと
ちゃんとわかっているのかもしれないな。
でも わかっていて 
それであの不備満載の雇用契約書・・?
だとすれば いったいなんのつもりだろう。

「ちゃんとわかってるけどあえて無視してる」系?

・・・・・。

まあ、
どのみち休んでいた間の 給与は出るはずもない。
健保への 傷病手当金の申請は 必要になるだろうな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この夜、携帯電話に 着信とSMSがあった。
週末に相談を申し入れたNPO法人POSSEさんからだった。
専任の相談員が詳しく話をききますと。
12月6日の午後、まずは電話で話すこととなった。
休憩時間を使って、近くの公園にでもいって話せば
職場の人に聞かれる心配もないだろう。

・・・・・・・