BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

手記-其の拾(仮題)-20171202~20171203-接触-1。

2017年12月2日 土曜日。
自宅休養をおえたのち
4日 月曜から職場復帰する予定。

G夫妻の奥さんを
けっこうな長時間にわたりつきあわせて
メッセージのやりとりをおこなったところ
以下の問題がうかびあがり
そして 試みるべき タスクがみえた。

・すくなくとも経済的な面での不安感を
 すこしでも 払しょくしたうえで退職したい。
・何も考えずにゆっくり治療・休養に専念できるだけの
 時間がかせげるような、そんな辞めかたがのぞましい。
・失業給付と、健康保険組合傷病手当金にくわえ、
 調べてみたところ、職場に未払い賃金の請求を
 申し入れることが 可能そうだ。
・しかし、雇用契約書に不備があり 未払い賃金の
 有無と その正確な額面が じっさいのところ よくわからない。
・会社に書面で請求を申し入れるにしても、
 いまの状態では 適切な書き方が不明である。
・労働問題を専門とする窓口に、書面の書き方を
 中心に相談に乗ってもらうべし。

メッセージのやりとりをおえたのは
この日の 17時すぎ。
奥さんがネットでみつけてくれた相談窓口
NPO法人POSSEさんは 
週末も22時まで 電話相談を受け付けていた。
直後、窓口に電話をかけてみたところ
はきはきとしたかんじの
男性のスタッフさんが応対してくれ
手際よく 事情の聞き取りを行ってくださった。

自分は とにかくびっくりするくらい
頭が回らない状態にあり
われながら 何を言っているのかわからない、
といった ていたらくであった。
「仕事が忙しすぎてどんづまった結果 病気で倒れた、
続けられそうになく 会社を辞めざるをえない、
できるだけ安心して辞めたい、
あした会社に話すが 自分がとるべき対応について
おしえてほしい」
とか なんとかそれっぽいことを
それなりに いっしょうけんめい話したような
覚えはあるが、
もしわたしが聞き手の立場なら 
これじゃなんのことだかぜんぜんわからない・・・
と思ったにちがいない。

そもそも、せっかくG夫妻の奥さんと話して
「未払い賃金の請求をしたいが雇用契約書に不備がある、
 会社に要求書を提出するにあたり どう書いたらいいか」
と 相談したい内容を 
具体的にしぼっておいたというのに
ぜんぶ ふっとんでしまっているではないか。

メールやメッセージなら まだもうすこし うまくやれる。
書いて送るまでに 文面を考える時間があるから。
電話じゃなくメールがいいなあ~・・・と 
話す間 何度もおもったことだった。
ただ、メールだと、返信を待たなくてはいけないからな・・
電話ですぐに 窓口の人と話せるならそのほうがいいことは
たしかだ。いそぎでもあるし・・

スタッフさんは
そんなわたしの アワアワとした相談に
じつにしんぼうづよく つきあってくれた。

どうも こいつはいろんな意味で、
多方面にかなり おいつめられているな と 
潜在的な問題がかくれていることに・・・ 
お気づきになったようだった。
こういうかんじの相談に、
すごく慣れているんだろう。
おそらく自分などよりももっとしんどい環境におかれ
もっと体調も悪く 心もつかれきっている人が
たくさん この窓口を頼ってくるのだろう。
患者と、お医者さんの関係と おそらくにたようなものだ。
相談内容の うわっつらだけを聞き 真に受けるのではなく
そこにある潜在的な要求や悩みを
さぐりあてる必要があるということを
おわかりなのにちがいない。

わたしの場合もそうだった。
表面上は 
うまく辞める方法、という相談なんだけれども、
(それを相談したいこともたしかなんだけれども、)
ほかにもなにか・・・
というかむしろ そっちのほうが
(相談者本人にとって)重大、くらいの
困りごとがあるんだろう、といったような。

彼はわたしから、周辺事情をすこしずつ聞き出していき、
そもそもの発端である 11月末の昏倒の背景に
上司による連日の叱責からくる
「(いわゆる)ストレス」があったらしいこと、

つまり パワーハラスメントの存在を 
つきとめてしまった。

「どなったり、ものに当たったりするのは、
たった1回だってアウトなんですよ」。


スタッフさんが言うには、
・未払い賃金の請求にはタイムカードなどの証拠が必要
パワーハラスメントの証明にも 録音や、言われたことの
 メモなどの証拠があったほうがよい

とのこと。
まあそれは そうだろうな。

タイムカードのコピーは
ぜんぶは さすがに持っていない。
ただ、4か月か・・・6か月分くらいなら、持っている。
まえに職場の先輩が、
「いつか辞めるときぜったい残業代
 請求してやるんだもんねっ!」などといって、
自分のタイムカードを毎月コピーして 
とっておいていることを 明かしているのを聞いたのだ。
それで、いっとき、
「自分もそうしたほうがいいのかなあ」
などと考え、コピー&保管を試みていた時期があった。
短かったけど。
タイムカードの打刻機と 
コピーをするのに使う印刷機が、
どちらも 専務などの席の真後ろにあるものだから、
なかなか やりづらくて、やめてしまった。

※しかも このあとまもなく判明したことだが、
未払い賃金などの請求には
退職日からさかのぼって過去2年、という時効がある。
わたしがタイムカードのコピーを試みていたのは、
たしか入社してから1年経ったか経たないかくらいのころだ。
わたしは勤続4年になるところ。
とってあるタイムカードを証拠として
仮に請求をしたとしても、
これは無効となるのだった。※

また、
ずいぶん前のことだが、職場の先輩から
聞いたことがあった話を
窓口の人と話しつつ、
思い出していた。
昔 わが職場に在籍していた人が、
やはりわたしと同様
未払い賃金の請求を企図したものか、
退職後に、タイムカードの提出を会社に求めたようなのだ。
しかし、
会社はのらりくらりと 半年以上もかわしつづけて応じず、
けっきょくタイムカードは 出してもらえなかったという。
・・・

上司の叱責の 録音データなども 
わたし、とってないなあ。
業務日報とか日記的なものもとくに
つけていないし。
(忙しくて、そんなものを書いているひまがあるとはおもえなかった。)
わたしの頭にはもちろん、
言われたこと されたことが
忘れたくても忘れられないほどつよく
きざみこまれているけれども。

立証は、きびしいのかもしれない・・・。

ところで、
スタッフさんは 
月曜にひかえた 職場復帰についても
アドバイスをしてくれた。
自分は窓口であり 専任の相談員ではない
専任の相談員からいそぎ 追って連絡をさせるが
週明けの職場復帰までに それが間に合うかわからない。
できれば月曜は有給休暇を使って休み、
時間をかせいでほしい。
出社してもかまわないが、
退職について話をつめよう という流れになった場合、
「やはりちょっと迷っているのでいったん保留に」
とでもいって 先延ばしにしたほうがよい。
上司のパワーハラスメントについては、
今からでも、レコーダや録音ソフトなどを終日
回しておき、上司の発言を逐一録っておきなさい、と。

専任の相談員さんからの 連絡を待つことにして
電話相談をおえた。
さて・・・
まあ なんだか いろいろ
望み薄かな?というかんじはしたが・・・
話を聞いてもらえて気分がすこし すっきりしたようだ。

電話をおえて、
G夫妻の奥さんにその旨 報告。

上司のパワーハラスメントの証拠集めとして
録音を試みるようにいわれたことを 話したが・・・

「・・・でも、上司がとくに わたしをつるし上げた
直接的な原因となった仕事は、今週いっぱいくらいでもう
終了しているはずなんです。もともと、理由もなく怒る人
ではないから、もう、わたしのことをあれほど
怒鳴りまくることも ないんじゃないかなと」

と、
ここまでくると 
われながら 涙ぐましいほど楽観的。
そして結局
「・・・
 はい、月曜日は出社します。
 専任相談員の人と話すのが間に合わなかったとしても」。

いやいやいや・・・・。
おまえはいったい これまで だれからなんの
話を聞いてきたというんだ・・・
人さまの忠告が なにひとつ 耳にはいっていない!!

奥さんも さすがにあきらめたか
だーから、会社に行くのはやめておけってのに、
とは もう言わなかった。
「無理していないというあなたの言葉を信じる」。
しかし、
「出社するなら常時録音はしておこうね」と
やんわり 再度 忠告することは
わすれないでいてくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

翌12月3日 日曜日。
歩いて行ける距離のところに住んでいる
友人宅をたずねた。
たちのわるい酒飲みのうえにヘビースモーカーのくせして
味覚が鋭敏で 料理じょうずな彼女は、
病み上がりのわたしの退院祝いにと
あたたかい鍋料理をつくって 
ふるまってくれた。

この人・・・Nさんと わたしは同年齢だが
彼女は 広告代理店時代のわたしの直属の先輩にあたる。
わたしは のちに転職したのだが
彼女はずっとその会社で働き続け
いまや会社に欠かすことのできない
ベテラン社員となっているのだ。
わたしたちの友人関係は
一緒に働かなくなってからもずっと続いている。
むしろ 離れてからのほうが
おたがいになんでも話せるような 
どちらかが困ったときにはどちらかが支えるような 
固い信頼関係がめばえた感がある。

といっても ここまでの人生 9割9分がた
わたしのほうが困ってて 
わたしのほうが支えてもらっているんだが。

2017年11月27日、
倒れるまえ、
さいごに連絡をとった相手が彼女だった。
といっても メッセージのやりとりをしたことを
ほとんどわたしは覚えてないのだが・・・。

入院生活にはいり、
救急搬送のどさくさで
職場におきっぱなしになっていた携帯電話が
バイク便で 病院にとどけられると、
充電が切れる寸前の端末から
わたしはまず 彼女に 現状を報告した。
メッセージアプリに
搬送された日の昼間、彼女とやりとりをした履歴が
のこっているのを発見したからだ。

「倒れてしまった。」
「Nさんの言ったとおりになっちゃいました」

・・・

「はっきり言うけど、
いまの〇〇(わたし)には
なーーんにもできないのよ。」
「仕事のことはもう置いといて
とにかく休むんだね。仕事とかなんてのは
どうせ なるようにしかならない」

・・・

ごはんをいただきながら Nさんに
おそらく退職することになると話した。
Nさんは
「そりゃそうでしょ。」
わたしの顔を見にきてくれた 
後輩のOちゃんも
当然でしょう、死んでしまう。
むしろもっと前に決めてても、迷わず賛成した。
リミットがきただけのこと、と。

「また、失ってしまった。
ここでも、必要だと言ってもらえなかった。
自分の居場所ってどこにあるんだろーか。」

ヘヴィーななきごとをもらすわたしを 
ふたりは

「体が丈夫じゃないのはわかりきってる。
居場所とか 能力がなくて必要とされなかったとか 
そういうのじゃないよ。」
「また うちの職場に短期間でも もどってくるなりして
調子をとりもどしながら 考えればいい。」
と はげましてくれた。

※またうちの職場に・・・、というのは、
・・
わたしは 辞めたあとも 
かつての職場である この広告代理店の人びととの
つながりを 保持してきた。
転職活動中のすきま期間に Nさん経由で紹介をうけ
この会社にまいもどり バイトをさせてもらったことが
以前、あった。 
すくなくとも人間関係などの面では
なんの気まずいこともない 円満退職であったため
そんなことが可能だったのだと おもわれる。
おかしな話だとは思うが、
いわば この職場は・・・
この職場ではたらいていたときにきずいた人間関係は・・、
ほんとうの家族とのむすびつきが
どうにもよわい わたしにとって、
第二の故郷のようなものだ。

・・・・・・・・・・

退院後、
家族から見た自分は 
決定的に何がどう・・・というのではないが
でも何かが確実におかしい、何か安定感に欠け、
どこかふわふわとして、ほうっておけない、
というかんじだったらしい。
本人が いかにももう大丈夫、もう元気というかんじで
「いつもどおり」にふるまいたがるのが
どうもちぐはぐで、気味が悪いといったふうだったらしい。
しかもそれがなかなか改善されないため、

とくに兄にはかなり心配をかけていた。

ちょっと近所のコンビニに行く程度でも
家人に行き先と帰宅時間を告げてから出るようにと
もうしわたされ、
「携帯電話の常時携帯」も厳命された。
門限は22時に設定、遅れる場合は連絡を
いれるようにとも 約束させられるしまつだった。

わたし自身の当時の感覚としては、
ふわふわしている・・・というのは
ぴんとこない。
でも、
生活のあらゆる面において
パフォーマンスの低下が顕著であることは感じていた。
とにかく何もないところで転ぶし、
ぶつけるし、おっことすし、字を書き間違えるし、
いろいろなことをすぐに忘れる。
歯磨き粉で顔を洗うし、シャンプーで手を洗う。
からまったコードをほどくとか、
ボタンをとめるとか、そういう
こまかい作業がぜんぜんできなくて、
しかもできないことに 妙にいらいらする。
なにか奇妙にのどがかわく。
すぐ疲れる。
そのくせぜんぜん、夜、眠れない。
耳鳴りが気になって、人の話が理解できないことがある。
また、これはほんとうに当時 こまったのだが、
頭痛というか、左側頭部にラップがはりついたような 
違和感が 搬送直後から退院後にいたるまで
ずっとつづいていた。
この感覚は 生まれてはじめてではなかった。
自分の経験では、この違和感がだんだんと
眼の奥のほうなど 一か所に集約されていく感じをおぼえ、
やがて本格的かつ激しい頭痛が始まる・・
頭痛の前ぶれ、文字通り 頭痛の種としての
「頭にラップ巻いてる感」なのだ。
(ま、でも、鎮痛剤のんでちょっと横になれば
すぐ おさまるたぐい。)
でも今回に限っては、
違和感が何日も続くだけで、いくらびくびくして待っても
激しい頭痛には発展してこないものだから、
ヘンなかんじがしてはいた。
(長く続いたこの違和感は幸いにも 
のちに ゆるやかにひいていき
2018年2月のおわりごろには、すっかり消えた。)

まあ、率直に言って 
こりゃ 半病人だ。
これを元気とは、いわない。
でも、よくなっていってないはずがない、とおもっていた。
退院したんだし、もう元気な人として扱われるべきだと。
そうじゃなくちゃいけない とおもってた。
そして、翌4日 月曜日には
これでふつうに 職場復帰するつもりでいた、
退職にむけて動きだすつもりであったにしても。