BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

「パーフェクト・ワールド A Perfect World(1993)」。

皆既月食という天体イベントがあるとのことで
始まって 40分くらいしたころ
いちおう部屋の窓をあけて 観測してみたけど
首が痛くなったからすぐやめた。
寒いし。
なにがそんなに 観る価値のあることなのか
正直 よくわからない(^^)!!

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映画「パーフェクト・ワールド」を観た。
(A Perfect World クリント・イーストウッド監督、93年、米)

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movie.walkerplus.com


※あ、三代目JSBの岩田剛典さんと杉咲花さんがでるらしい
同名の映画とは関係ないです。
あるらしいですね 同名の映画が。
でもここでお話しするのは
もっと昔の映画のことです。


小学校高学年か中学生のころ、
テレビの「なんとか洋画劇場」枠で初めて観たんだったかな。
その後 DVDとブルーレイを購入してときどき観返している。

この映画の結末は、ほんとうにせつない。
さすがに
小学生のときみたいに
テーブルにつっぷしてしくしく泣いたり
中学生の頃みたいに
泣きながら見入っていたせいで アイロンがけをしてた
制服のシャツを がっつり こがしてしまったり・・・
みたいなことは
もう 今はないが、
それでも わかっていても 原っぱの別れのシーンには
心がほんとに痛む。

こんなに むごい物語で、いったいどこが
「Perfect World」なんだ!! と、ずっと思ってきた。

けれど、今日 何度めかの鑑賞をおえたとき、
「Perfect World」のほんとうの意味を
理解したようにおもった。

そもそもなのだが
外国語のタイトルを自分で勝手にわかるかぎりで訳して
それで意味を理解した気になってると こういうことになる。
外国語には外国語の 奥深い なりたちや意味の積み重ねが
ちゃんとある
自分の勝手なイメージで ものをいってはいけない。

英語の「Perfect」は、もともと
完全に・徹底的に みたいな意味のラテン語「per」と
つくる、を意味する同じくラテン語facere」から
できた言葉みたいだ。
このとき気になるのは 「つくる」の要素で、
じゃあ「誰が」つくるのか。
それはやはり、ラテン語、英語が
ギリシャユダヤキリスト教文化圏と
切っても切れない関係にある言葉であることを考えると
「神さまが」ということになるはずなのだ。

となると 「Perfect World」は
「神がつくりたもうたままの(あるがままの)世界」
神の国」とでもいったニュアンスをふくむだろう。

わたしが まず直訳しイメージするところの
「完璧な世界」、
ここではないどこか、 
かなしみも苦しみもないしあわせな場所 
とかいうことでは かならずしもないと 思われる。
人からすれば 
かなしみや苦しみがなくひたすら愉しいだけの世界が
そりゃ理想だけれども、
神さまがおつくりになったままの姿の 世界こそが
唯一絶対の「Perfect World」なので、
神さまの世界は 人間にとって「都合がいい」ことばかりとは
かぎらないというのが 筋なのだとおもう
(これをあんまりほりさげると話がややこしくなるからやめよう)

では、神がつくりたもうた、その意味でただしい世界とは
具体的には どういうものなのだろうという話にも
つながるんだけれど・・、
わたしはそれは、お互いの立場や権利を
尊重しあい、やさしくしあう 素朴で純粋な人間関係、
ではないかと 考える。

本作のタイトルの
「Perfect World」は
脱獄囚のブッチや 
彼と行動をともにした男の子フィリップが
行こうとして、ついにたどりつけなかった場所、ではない。
おそらく 彼らがその手でつくりあげたものなのであり、
つかのまではあったけれども ふたりのあいだでだけ、
たしかに実感されたものだった。

どういうことかというと、
自分が一度も体験できなかった 
のびのびとしていられる普通の子どもとしての時間を
フィリップに与えてやろうとしたブッチと
片親家庭で やや狂信的な宗教者である母親のもと
孤独な日々をおくるフィリップとは
そのさびしさを、互いにいたわりあうことで埋めようとした。

このふたりにしか わからない性質のものであり
はたからみるとあまりに危険であったため、
関係は断たれ、旅は終わってしまったのだったが、
そこには思いやりにみちたやさしい関係が確実に生まれてた。
このふたりの心のつながりこそ
けっきょくのところ
神のつくりたもうた、に通じる純粋な
「Perfect World」だったのではないかとおもうのだ。

脱獄囚と その逃避行につきあわされる人質という
本来 構築されてはいけない特殊な人間関係なのだが、
ふたりのあいだにはかくも たしかにあった。
お互いをせいいっぱい大切にし、幸せを願い合う
素朴な心のつながりが。

ブッチと父の いわば約束の地である
アラスカは、「Perfect World」ではない。
ブッチは 約束の地はほんとはないんだということを
わかっていた。
(父はほんとうはまじりっけなしのクズ野郎であり
子ども時代の自分は父にひたすら虐待されてきたんだけれど
それを自分が認めたくないだけなんだ、と 
ちゃんと自覚してたふしがあった)
だからこそ、
将来のあるフィリップに 自分の願いを託したのだから。

ふたりの関係に終焉がおとずれたことは、
たしかにかなしい。
でも、ふたりは目的地に行けなかったからかなしかったね、
そんなすてきな場所は結局どこにもないんだよね・・・
というお話では ないと思われるのだ。
彼らはその心のつながりにおいて「Perfect World」を
つくりあげていた。
ブッチがフィリップの母にとりつけたささやかな約束
(フィリップを遊園地に連れて行ってやれ、
ハロウィンの仮装をやらせてやれ)は、
実現されることによって、
いまや失われた 彼らの世界の、
存在証明になるんだろう。