BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

「オリエント急行殺人事件 Murder on the Orient Express(2017)」を観た。

※以下、原作小説のファンのかたには
かなり申しわけない内容なので
(映画がじゃなくて、このブログ自体が、の話です。) 
おイヤなかたは お読みにならずにおくことをおすすめします。


映画
オリエント急行殺人事件
(Murder on the Orient Express、ケネス・ブラナー監督・主演、2017年、米)

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movie.walkerplus.com



みた
74年ルメット版のほうが(先にみたせいか)
グッときたことは事実だが
これはこれですごくよかった。
原作を読んだことあるなしにかかわらず 一見の価値あり。

ケネス・ブラナーのポワロ、ツボだな。
いままでのどのポワロとも違うから 
受け入れられない人も多いかもしれないけど、
わたしはむしろ従来のポワロのルックスこそですね、
そりゃ原作によせてるんでしょうけど、
ちっとも好きじゃないんですわ(^^)
それもあってかわたしは ブラナー版ポワロ、好きだったな。
ポワロ一流の鼻につく尊大さも、
見た目がツボだからなのか 受け入れやすかったし(^^)、
彼がみせる心の迷いや、葛藤の表現も、納得できた気がする。
お国なまり満載の英語表現にも驚嘆させられた。
小説なら文字で「ポワロの英語は なまってます」と
説明すればいいだけだが 
じっさいにやるのはたいへんなはずだ。すごかった。
それよりなにより、あの 深い青色の瞳。ひきこまれた。

ウィレム・デフォーもいてくれてほんとによかった。
トム・ベイトマンは、すくすく育った健康的な体型といい、
ボンボン息子で、チャラ男で、
でも憎めなくて、頭も悪くない・・・っていう
アルスラーン戦記」のラジェンドラみたいな役をやらせたら 天下一品だ。
ジョニー・デップは、ざんねんだが 本気でやってなかった。
なんといっても ポワロのこっけいなほどの折り目正しさとの 
対比がきいてないと しょうがないのでは。
そこをジョニーがもっとマジメにやらないといけなかったのに。
ぜったいできる人なのに、どうしてやらなかったのか。 
あれなら、ジョニーでないほうがよかった。
トム・ハーディとかどうかな('_') 

女優さんで、わたしがおおきな拍手をおくりたいのは、
ミシェル・ファイファー
お歳相応の・・・つまり・・・お肌のかんじとかを、
迷わず、むしろ積極的に出していた。
というか、さらにいえば、
基本的には輝くばかりに華やかなマダムにみえるが、
ポワロ視点のときだけ妙に老け込んでみえる、というふうに
演出されていたようにおもう。であるならば
そう撮られることをミシェル・ファイファーが 
受け入れたということになるはずだ。
わかる人にはわかる積年の心のいたみを、しっかりと表現するには、
その手法が必要だったから。
いつまでも若くてきれいにみせたいのが本音だろうに、
一流だなとおもった。

なんといっても 古典ともいわれる小説が原作だ
実写版映画は、ストーリー、トリック、犯人さがしを
本気でたのしむためのものではないんだろう。
雰囲気を、アレンジを、華麗な美術を、
豪華俳優陣の演技を味わう、
それが実写版「オリエント急行の殺人」だ。
(数年前の、三谷幸喜監督・野村萬斎ポワロのドラマ版は 
果敢にもストーリーやトリックの表現まで凝ってて、
しかもうまくしあげてたかんじがするんだけど)。
そしてその点は まぎれもなくすばらしく成功してた。

エンディングまでゴリゴリに装飾的にしてなかったところが 
個人的にヒットだった。
そこまでやられてたらノーサンキュー、だったところだが、
単色濃紺の背景に、ポワロの瞳の色とおなじブルーのクレジットで、
スッキリしててよかったようにおもう。

なお、最終章(「犯人はおまえだ」のところ)は
わかってても すごく胸にせまるものがあった(^^)
やはり、俳優さんたちがよかったというのが 多分にあるとおもわれた。
脚色の妙もさることながら。 
実際にはそれほど詳細には描かれない、
各キャラクターのこれまでの人生の苦みや、心の痛み、
かなしみが、過不足なく推し量られて、泣けるのだった。

ちなみに
原作の小説にかんしてなのだが、

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www.hayakawa-online.co.jp


※いまは映画とのタイアップで 表紙がポスタービジュアルの
バージョンが販売されているようだ。※

現代文学史にのこる作品ということで、
わたしも、押さえたことはもちろんあり、
数年に1回 読みかえしさえするものの、
(こんなことをいうと世界中のファンに1回ずつ
心臓にナイフをつきたてられて殺されそうなのだが、)
正直言っておもしろいとか良いとか傑作とか感じたためしがない。

さきほど、数年に1回読みかえすことがあると述べたが、
そうする理由は、
「世界が認める古典的名作なのに 良いと感じないなんて、
自分がおかしいんじゃないか。良さがわかるステージに
自分がきてないだけなんじゃないか」、
今回こそは良いと思いたいと願うから、だ。
けれども 
今のところいつ読んでも ふしぎなほど これっぽっちも
おもしろくない(^^)

ミステリー小説は
だれがそれをやったか
どうやってそれをやったか
なぜそれをやったか
の どれかに主眼をおく物語に、ほぼ例外なく、なるものだ。
それはアガサ・クリスティー以前に確立されてた 
類型といってさしつかえないと思われる。
だから アガサ・クリスティーが物語の構成のしかたを
試行錯誤していたその中途段階にあった小説だった・・・、
とかいうことにはならないはずだ。
しかるに小説「オリエント急行・・」は、わたしが読むかぎり、
この3つすべてに 中途半端に力がいれられてる。
なかでも「なぜそれをやったか」に力点をおこうとしたことは
確実と考えられるが(でないとそもそも成立しない小説だ。)、
それが成功してるとはいえない。
わたしにしてみれば、どこもかしこもモヤっとしてて 
正直 響かない。
3つの要素の「おもしろみ」の希釈限界値を探るために書いた
実験小説(うまく言えてるかな・・)、なんじゃないかと
おもいたくなる そんな小説だ。

では 
シャーロック・ホームズ」シリーズが
いまとなってはヴィクトリア朝英国のかおりをつたえる
「雰囲気小説」の側面をもつものと なっているのと同様 
小説「オリエント急行・・」も 
もう昔の小説なんだし 雰囲気をたのしめばいいんじゃない、
という話かもしれない、が
これがまた 「オリエント急行・・」は 
文章表現が淡泊すぎて 雰囲気もへったくれもないんだわ! 
訳が自分に合わないのか知らないが
雰囲気あるなあ・・とかいうことで楽しめたためしがない。 
わたしのように映像をイメージする力が貧弱な読者には 
これでは 無理なのかもしれない。

逆に考えれば、作品発表当時の読者たちは 
なんと想像力がゆたかだったことだろう。 
乏しいところから自力で補完し、読みとる力の、
なんと鍛えられていたことか。

でも、
いましも 当のわたしが それっぽいことを申し上げたように
「それでも、なにも感じない とは言わせないよ。
だってほんとに駄作と感じるなら 
たとえ名作の呼び声高くとも 
数年に1回読み返すなんて絶対しないはず。」
という声がやっぱり どこからか 
聞こえてきて無視できない、
この作品をめぐっては・・。

それは この偉大なミステリー小説にガッカリしたくない 
というわたし自身の気持ちが 生む幻聴なのか、
それとも こういうおもしろさだって厳然と、
あるんです世の中には。という真実が 
わたしには見えないけどギラリとやっぱり光ってる、
ってことなのか。
わかんないが。

いずれにしたって やっぱり数年に1回
読み返してみることをやめる気には
とうぶんならないんだろう。