BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

多くのかたに読んでいただいてありがたい/なけなしの技能の発動条件

ブログ読んでくださるかたが 
ほんっとに 増えたなあ。
1年前くらいは1週間で10人とか来てくれれば
すごーい!! だったんだけど(^^)!!
ありがたいですわ。
偶然にせよ ちょっと一瞥なさったにせよ
ガッカリなさったにせよ なんにせよ
おいでくださり ほんと心から感謝申し上げます。
いーですねえ。
自分の存在が客観的に認められた感じしますね。
この感覚は 自分が確実に もとめてやまなかったものです。

といっても ほんと大したこと書いてないので
わるいなあ~とおもっています。
今後も大したこと書かないんでしょうが。
自分がほかのとこで書いたものとかもぜんぶ
ここに集約してしまおうかなあ。
そうすればもうすこし、
内容が多彩になりますから、
これだったら読んでやるか・・・と 人によっては
思っていただけるものも 増えようかと 
予想できますので。

いやあ それにしてもなんですけど、
利用する媒体によって なんか 
書きたいことって変わりますよね。
あー つまり そう・・ あれだ
使うペンによって 書く文字がかなり変わりませんか、
紙に書くのか パソコンで書くのかによっても
気分が大きく変わるし・・
わたし 変わるんですよ。相当。
そんなかんじそんなかんじ。
ブログだと こういうこと書けるけど
Facebookだとなんか書きたくない・・・みたいな
その逆バージョン、別パターンもまたしかり みたいな
微妙な 自分だけの利用媒体別ラインが生じるんですよね。

まあ どうでもいいか。

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あと、わたし、
自分の傾向に関して最近 
気づきと、確証 に近いものを得たのですわ。
どうも、
生活と健康状態をできるだけ
ダメな方向へダメな方向へと
落としていかないと、
まともなものが 書けないみたいなんですよ。
(まともっていっても たかがしれてはいますよ。)

仕事の情報あつめや 勉強のために
けっこうSNSを利用するのですが、
そんなとき 自分が過去に書いた記事とか
保存した記事とかを ひっくりかえして読み直す
場合があるわけなのです

自分が過去に書いたものなんてね、
9割9分がた、もう すぐにも削除したい。
どたんばたん のたうちまわりたくなるような
はずかしいのばっかり
おまえ これでよく編集者を名乗れるねみたいな
あったまわるい幼稚なことをね、 さも良いことかのように
まーーーー かっこつけて 平気で書いてて
最悪なんですけど

たまに、たまになんですが、
おどろきますね たまに。
え なに おまえ こんなちゃんとしたこと書けてたの!
こんなの書けるんなら なんで今書かないのみたいな
もう 今だと絶対にむしろ書けない みたいな
あるんですよそういうの。
(たまにね。)
3年とすこし前に Facebook
ラディゲの「肉体の悪魔」と 恋愛について
ずいぶん真剣に論じてるのを発見したんですけど
(なにやってんすかね・・・。)
それとか ちゃんとしてて びっくりしました。
覚えていないんです 書いたことを。
でも、たしかに読みました、当時、
肉体の悪魔。
書いたことの内容を確認すると
たしかにこれは かりものではなく 
人さまのものではなく
自分の思考だなと 理解もできます
自分が書いたものなのです。

あまり 推敲をしないもんですから、
まあ それなりにちょっとは これで通じるかなーとか
考えもするんですけど 基本 おもったことを
おもったままの言葉で書いて
直さない場合も多いので
あとで読み返すと なにいってんだかわかんねえな 
みたいな 読みにくいものが 非常に多いんですけど、
その記事は 異様に・・
なにこれ 自分が書いたの、マジで? みたいな。
まぎれもなく 書いたんですよ。 
自分でいうのもなんですが
断章にすぎないものの
なかなか筋の通ったおもしろいことを 
ひきしまった けっして悪くない文で書いているんです。

こんなちゃんとしたもん書けたんなら
さぞかし当時、生活が充実してて、
体も健康で、頭もそれなりにまわる、
よいコンディションだったのだろうと 
おもうじゃありませんか。
よっぽど調子いいときだったんだなと。
ラディゲなんてもの 読むひまがあったんですし。

ところが、
真逆なんです。
3年とすこし前っていいますと、
いまの仕事につく直前、
1年にもおよんだ失業・就職活動の 
終盤の終盤でした
わたし、そのころほんとに やばくて。
客観的にみて過労状態でしたし、病気。
即入院の診断をうけながら なんと 
いや休んでいられないんでと
バカをいいはって 病院をとびだし 
面接にバイトにと 動き回っていたのです。
たちどまることが怖かったのですね、死よりも。
とんでもない話です。
ダメなときでした。

当時の自分に言ってやりたいことは山ほどありますが
(そして さらに約1年後 このときに輪をかけた
最悪バージョン・改を体験することになるとは
当時の自分はまだしらない・・・)
しかし 書いたのです。
自分にしてはすこぶるマシな文章を。

だから やはり、あれだと 考えるのです。
まえにも似たようなことに
思い至った覚えがあるのですが、
やはりそうだと 確証をもつに至りました。
わたしは 環境・状況・心身の健康の状態が 
悪ければ悪いほど、
否、
状態を限界ギリギリまで悪いほうに
みずから もっていきでもしないかぎり、
まともなものが書けない。
ヤバい それ!! 
けどそうとしかおもえないんですよ。
いってみれば
堕ちるところまで堕ちたときにはじめて
いわゆるゾーンに入れる的な。

それ ヤなんですけど。
ゾーンとか 別にいいよ・・・。入らなくて。
でも そうだというのなら しょうがないのかなとも。
悪いものしか書けないよりは
いいほうがいいに決まっていますから。
だとすると わたしはもう 
ホームレスにでもなるべきなのかもしれない ということに。

この「こうでないとちゃんとしたもの書けない」というのの
発動条件を 変えることはできないものか・・・

自分で自分の傾向に気づいて
その よりにもよって?! な結論に
今かなり クサクサしています。

まあ でも あれですね。
ごたくは いーんだよ。
とりあえず書いとけ、って話です。
生きろ。