BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

Truth is stranger than fiction. 事実は小説よりも。

およそ1か月半前に 
不慮の事故に遭遇した。
その影響で
声をほぼ完全にうしなっていた。
が、あくまでも一時的なものであり、
幸運にも 回復しつつある。

事故直後は まわりのかたが呼んでくださった
救急車の人や 警察の人と問題なくしゃべってた。
翌日、朝起きるといったん まったく声がでなくなっている
ことに気が付いた。
その日の夜くらいになると、また話せるようになったので
なんだったのか・・・とおもいつつ 経過観察。
次の日から、出たりでなかったりかすれたり戻ったり
1日なんの問題もないかとおもえば翌日はささやき声ひとつだせない
そんな波状変化をくりかえし、くりかえししながら
1週間くらいかけて だんだんと
「出ない」方向に固まっていった。
約1週間で、完全に声をうしなった。

最初の段階で 医師には相談してた。
様子見を続け
「出ない」で確定したころ 治療が始まった。

現状としては
発声できる時間が徐々に延びてきた。
時間が経つと なぜだか かすれてきて、
声量もちいさくなってきて、そして出なくなってくるが
現在、3時間~4時間くらいは 
小声ながら ほぼ問題なく話せる。
まったく話せなかった期間が3週間以上もつづき
先週末くらいになって ごくごく短い時間
突如として発声が可能になり
今週に入って、
より厳密にいうと9月5日の夜になって
おどろくほど急激に改善されてきた。
なにがどうしてこうなったのか
改善方向にスイッチがきりかわったきっかけは
ぜんっぜん わからない。

というか 基本なにもわからない。
わかるのは 事故きっかけで声が出なくなりました
ということに尽きる。

この 声がでない、っていう状態についても
うまい説明がおもいうかばない。
発声の1秒前までは
声の出しかたを わかっている・・というか 
出せないなんて 夢にもおもっていないのに
いざ発声となると あれ、どうやるんだっけ。
とか 急に頭で考えてしまうようなかんじ・・・・
というのも あまり的確じゃないのだが・・。
まあそんなようなかんじが近い。かも。
口のなかから出ていく寸前で
言葉が急に消えるというのか・・
いな、言葉は消えてない。
筆談は可能なのだから。
うまくいえない。

うまい説明が思い浮かばないのは、
感覚を捕まえることが難しいからだとおもう。
こんなかんじだ、と説明できるようにするために
「声を出そうとするのに出ない」ときの
身体感覚や 気持ちの状態を
キャッチしようと身構えているのだが
じっさいには 困難だ。
捕まえられないし、忘れてしまう。
これまでまったく考えてなかったせいもあるかもしれない。
声を出すとはどういうことか・・・ とか考えないわ。

それに つくづく奇妙なことに
ときどき 
ほんとうに ごくまれにだが
ぽろっと
ふつうに口をついて声がでてくるのだ
ふいに話しかけられたときや、
まわりがさわがしく自分の声がまぎれて
聞こえないくらいのときなどに。
「あ、出た!」と思いきや
つぎの瞬間にはもう 出ない。

さらに、場面によって、また時間帯によっても
その 「たまに声出る」の
発生確率が異なる。
わりと職場で、わりと夜に、起こりやすい。
わたしが 声を失っていることを
把握してない同僚すら いるんじゃないかとおもう。
もともと 忙しいときは 朝から夜おそくまで
みんなパソコンにむかって 無言でひたすら仕事してるし
わたしは 社員のほとんどがいる部屋とはまた別の部屋に
いるから 距離もはなれており
数週間まったく顔をあわさない同僚とかもいるわけで。

もう こうなると わけがわからない。
場面によって変わるとか わけがわからない。
けっして、望んでそうしているわけではない。

おかしな話だ。
こんなことあるか????

でも事実だ。
このまるまる1か月の間。
なが!!!

診断は
心因性失声症とのこと。
そんなのあるんだね。
くだんの事故で階段から転落したときに 
首をぶつけ(死ななくてさいわいだった。)
声帯に軽い外傷をおったことも 
声が出ないことの原因ではないかと
さいしょは検討されたのだが、
それが治っても、声はもどらなかった。
そもそも 声帯の外傷はごく軽度だったようだ。

あんまりショックなことがあると
まれに こうなるんだそうだが
しかし・・・ 感覚的にはまったく
得心がいかない。
起こったことと それによって受けたダメージのバランスに
納得がいかない。

自分はあの事故を しかたのなかったこと、
おわったことと もう受け止めたつもりでいる。
夢にまでみたりしない。
べつにだれをうらんでもいない。
体の一部とか欠損したわけでもないし
(歯は1本折れたし 肋骨にヒビもはいったが。
しかし差し歯ってほんと高いんだね!!)
一生残るような傷を負ったわけでもない。
そんなに大きいできごとだったと 認識してない。
ちょっとばかり負傷はしたものの
昔から やたらとケガばっかりしている自分にしてみれば
正直、規模としては この程度、なれっこでもある。

なのに ショックで声がでなくなるとか
そんなマンガみたいな。初めてだ。
まさかこんなことになるとおもわなかった。
でも、まぎれもなく事実だ。
おこってしまったことはもうどうしようもない。

職場の近くの病院で 週1~2回
発声訓練やカウンセリングを受けている。
訓練を担当してくれる女性の先生が
とてもおもしろい 優秀な人だ。
なかよくしてくれる。
病院外で出会っていたら きっと友だちになれたろう。
わたしが音楽がすきであると把握すると
音楽を積極的に取り入れた訓練プログラムを組んでくれた。
じっさい彼女は音楽に造詣がふかく、電子ピアノで
わたしが好きなロックバンドの曲とか弾いて
いっしょに歌ってくれる。
しかも演奏も歌もじょうずだ。
いっしょに歌うといっても
自分はほぼ「口パク」だが
このかんじだと そのうちちゃんと歌えるんじゃないかとおもう。
曲を弾いてもらうと 
自然と歌いたいきもちがわいてくるんだよね。
(子どもみたいな反応ではずかしいんだけど。)

声がでないだけで ほかにはなんの異状もないため
(たとえば耳が聞こえないとか頭がはたらかないとか)
仕事もふつうにしている。
職場仲間や取引先との連絡は
もちろん精一杯 努めるが だめなときには
メールがある。 なんの問題もない。
わたしの職場はみんな コミュ障だからな。
声がでない程度では どうということもない。
みんな話せたって コミュニケーションが成立しない、
それがわたしの職場なのだから。
むしろ 書いて残すほうがいろいろ安心・確実だから
文字をもっと活用しまくろうと
改めて考えているところだ。

友人などもふくめ 周囲の人はみんな 
こんな状態でも こだわりなく
受け入れてくれて 心から感謝している。
たすかっているし、救われる。

でも 同時に このうえもなくつらい。
なによりも、
強烈に、いらいらする。
自由に話せないことにたいして。

心は毎日 たえまなく激しくゆれうごくが
やはり声を出して話したいという気持ちのほうへ
声を出して不自由なくしゃべりたいという気持ちのほうへ
欲求の針がおおきくふれる。
そんなかんたんなことがなぜできないのかと。

本音を言えば 
声を出して話せない自分と 周囲との関係
というのをめぐっては、
おもにふたつのことで
めちゃくちゃに葛藤した。
葛藤してる。

自分の世界が
望まないのに 変わることをまずおそれた。
話せないというただその一点によって、
今の自分の交友関係や
世界そのものを 手放すのは
たとえ一時的にであっても イヤだ。
手放さなくちゃいけないとか、
世界が変わるとかいうことを、
思いたくない。だから
むしろすすんで外にでて人と関わりたいと。
まわりに面倒をかけてでも。
しかし その一方で、
話さなくていいし説明も要求されない
たったひとりの環境で
ボケーっとセミの声でもききながら過ごしたり
近所をふらふら散歩したりなんてのが
じつをいうと 一番 
心の安定につながってることにも気づいてる。

そして医師は 
あせるな、リラックスしろという。
話せないことを気に病むと良くないという。
そのへんのことはすべて、なにもかも、
いわれなくても理解はしてる。よくわかってる。
それだからこそ めちゃくちゃに いらいらする。


これは自分にとってすごくふしぎな感覚だ。
わたしはこうなった当初
しゃべれないなら むしろ 面倒がなくていい
とか おもってた。
そのくらい 自分にとって
コミュニケーションツールとしての声は
大切ではないもの、
二次的なものってかんじだった。
自分には ほかのもっと使いやすいものがある、とおもってた。
はずだった。


でもそのへんのことについては
まだあんまり考えがまとまってない。
もっと 考える必要があるとおもう。


事故それ自体は 自力で回避できたものではないし
自分に責任のないできごとで
(正直言うと思い出したくもない というのもあるのだが)
おわったこととして片付けてしまった。
しかし、
声がでない というできごとは おおきかった。
決定的な影響を受けたとおもうし
まだいまも 向き合わざるをえない問題として残ってる。
ほんとにまったく話せなかった期間は
自分の今後のことをいろいろ考える期間にもなった。


正直つい先週あたりは ほぼ絶望してた。
感情が乱れに乱れて コントロールできないと感じ
なにもかも投げ出してしまいたいと
おもったことも 一度や二度ではなかった。

でもいまは 浮上してる。

完治がいつになるかはわからない。

が、もう ここに立ち止まるのはやめる。
動き出す。