BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

「花戦さ」(2017)の感想。

「花戦さ(はないくさ)」(篠原哲雄監督、2017年)をみてきた。

movie.walkerplus.com

 

f:id:york8188:20170612013830j:plain



けっこうたのしかった。
原作は鬼塚忠の同名小説で、
古い伝説をもとにした時代劇であり、
トーリーはだいたいこのようなかんじだった。


ときは天正年間、舞台は織田信長から豊臣秀吉へと
治世がうつりかわるころの京都だ。
都に、頂法寺というお寺がある。
お坊さんがみんな、「池坊(いけのぼう)」という流派の華道をやる。
町の人たちにも気軽にお花を教えたりするので、とても慕われているお寺だ。
そこに、専好(野村萬斎)というお坊さんがいる。
天才的な華道家の彼は、ときの天下人であった織田信長にも目通りして
その才能をみとめられ、そのなかで出会った
茶道の大家・千利休佐藤浩市)と
親交をふかめていく。
しかし、信長が死に豊臣秀吉市川猿之助)の時代になると、
おだやかだった専好の身辺がさわがしくなってくる。
というのも、秀吉と利休の関係が悪化してきたのだ。
利休はやがて、自害を命じられて果てる。
利休が秀吉との関係に長年苦悩してきたことをしる専好は、
友の死に心をいためる。
秀吉は、利休と親しかった専好のことも気に食わない。
専好が民衆を扇動して自分に反抗しようとしてるんじゃないかなどと 
よしないことを考えはじめる。
しかも秀吉は、跡取り息子をうしなったことをきっかけに
心のバランスを崩し、いっそう酷薄な暴君と化していく。
自分を悪く言う歌が市井に貼りだされたと聞けば 町民をとらえて虐殺し、
自分を「猿」と からかったといっては、いとけない子どもまでも打ち首にする。
千利休の最期と町の人びとの苦しみをまのあたりにした専好は、
その心にしずかに怒りの炎を燃やしていき、
やがて秀吉を相手どり「華の道をもって上さまをおいさめする」、
「花戦さ」に挑むことを決意する・・・。


さっき古い伝説をもとにした・・・と書いたが、
その伝説は京都の池坊頂法寺につたわっているものだそうで、
頂法寺池坊専好(初代)も実在している。
初代専好は実際に信長と秀吉に会っており、
千利休とも生きた時代をおなじくしているらしい。
だからこの物語はまったくのフィクションてわけじゃない。


わたしはこの映画には 深みとか隠喩とか 
思考に値するものはぜんっぜんないなー、と感じた。
それに、エピソードの取捨選択とそれぞれの接続、
という点で、不親切なところがすくなくなかった。
昨今の時代劇映画の主流らしく、親切設計を旨としているかんじが
非常に強かっただけに、なんか、穴が気になった。
はっておいてほしい伏線をはらないというか、
「こんなこともあったよね!」とだいじなところに
初見のエピソードをいきなり持ち出すっていうのが散見された。
「そんなだいじな話あるんだったら前もっていっとけや!」
ってなるわけだ。
(そのへんハリウッド映画はほんとにうまいなあ。)
みなしごの蓮の話をいれなければ 
この映画でもそういうのは十分可能だったんじゃないかとおもうんだが。
でも、ひとつひとつのエピソードは、
とても誠実に描かれていたし、
どの話も わたしはとてもすきだった。


とくに、序盤も序盤だが、
専好と利休の、草庵の場面がよかった。
じつをいうとわたしは泣いた。
なんだかとても、ふたりのことがいとおしくかんじられて。
主人公の池坊専好は、ひとことでいって、変わってる。
心が純で、けっして悪い男じゃないが、
病的といっていいほど、人の顔と名前、そして約束ごとが覚えられない。
頭にいれたはずのことを数分後にはわすれ、
別のことに気をとられて、心がそっちに飛んでいく。
まわりに助けられてなんとかなってるが、彼ひとりでは、社会生活にも難儀する。
現代でも、身近にいられたら、正直かなり困るタイプだ。
それなのに、彼ははやくから、
寺をとりしきる役目なんかをまかされてしまう。
要人と会見してそつなく談笑・・といったような大人の実務が
壊滅的に苦手な彼にとっては、寺の顔役なんて役目はつらいだけだ。
専好はただ日々 仏さまを拝み、
町の人たちといっしょにお花をやっていたいだけなのに、
それがどうにもままならなくなったことに、悩んでいる。


千利休の草庵での場面が、そんな専好の悩みを晴らす
おおきな転機として描かれていて、とってもいいのだ。
専好は、利休がたててくれたお茶に深くいやされ、
吐き出すように悩みをかたりだす。
まともに会って話すのはこの日がはじめてなのに、
子どもみたいにおのれのダメさをさらけだし、
男泣きに泣く専好を、利休は
「もう一服飲んでくか。」と やさしく受けとめる。
利休は利休で、このころにはすでに 
秀吉の偏執的イビリに悩むようになってきていた。
相手が天下人なだけにさからうこともできず、
やりばのないストレスに苦しみ、
でもそれだからこそ人の心の痛みがよく理解できる利休という人物を 
佐藤浩市がうまく演じていたとおもう。
あの「目が笑ってない」かんじがとてもよかった。
わたしは佐藤浩市には人間的にメンタルがなんだかささくれてそう、
みたいなイメージをもっているので、佐藤浩市千利休!?と 
さいしょはおもったのだが、
メンタルささくれ感が、かえってよかったみたいだ。


専好を演じた野村萬斎は偉大だった。
専好があまりにもヤバいかんじの人物だったもんで、
みていてイライラさせられたほどだったが、
そんなふうに観る者に思わせる演技ができるなんて、すごい。
声の高低差やしゃべるスピード、視線などをコントロールすることで、
専好の性格やオン・オフのモード切り替えを
くっきりと表現していることがわかってきて、
まったくおそろしい役者さんだとおもわされた。


豊臣秀吉役の市川猿之助は、多面的で分裂ぎみな
秀吉の人物像をまじめに引き出そうとしていた。
たしかに、こういうかんじの男だったろうなという、納得感があった。
でも、欲をいえば、もうちょっとエキセントリックでいてほしかった。
信長の御前で平気で耳をほじったりする
「猿」なかんじを、えらくなってもまだひきずっててほしかった。
ただ、利休に対したときの、
キモチ悪~い「男のいじめ」の表現はすごくうまかった。
わたしは千利休と秀吉の関係の話については 
いろんな本で読んできて、知らないわけじゃないけど、
いまだに、いったいあれはなんだったのかねー、とおもう。
女よりも男のいじめのほうが、陰湿でたちがわるいとは聞くけど。


石田三成役の吉田栄作は、秀吉の腰巾着キャラをうまくこなしてた。
彼はかつてはもっとカッコイイ、イケメン俳優の部類だったとおもうが、
歳をかさねてやつれた顔を堂々と見せていて、尊敬した。


専好が秀吉にしかけた「花戦さ」が、
この映画のまさにクライマックスだった。
ちょっと冗長だったような気もするが、
専好が披露した大作が華やかでうつくしく、
場面は緊張感にあふれ、よかった。


それにしても、花の背後にかけられた絵は
いったいどこからもってきたのか・・・
秀吉が執着してコレクションしてたらしい
「むじんさい(無尽斎?)」の絵だ。
モデルは長谷川等伯の、あのおさるの絵だと考えて
まちがいないとおもうが。あのかわいいやつ。 
そうならば、前田利家かだれかにたのんで、
所蔵品をかしてもらったということなんだろうか。
でも利家の持ち物だとしたら、
秀吉にとられずに隠しておけたのもおかしいような気もするが。
秀吉はすごくこだわっていたから。あの絵師の作品に。
ああいう画題の絵だと知ったら
「だれがいるかこんなもん」とは言ったかもしれないが、
画題をしってたらしってたで今度は、怒って利家を殺さなかった
(または絵を棄てさせなかった)理由がわからない、
ということになる。
ネットでしらべたかぎり、長谷川等伯のおさるの絵は
前田利家の息子の持ち物だった」ってなってるから、
利家の所蔵品という設定なんだろうが。
どうせなら、蓮にあの絵を描かせた、
という設定にしてもよかったのに。
・・・ダメか(^^)。


それにしても「花戦さ」の場面は、
まあやっぱり、くさっても
秀吉が「良いものは良い」とちゃんと言えるだけの
大人の見識をもっててくれてたからよかった、
ということなのだ。
秀吉はときの最高権力者だ。
専好をその場で殺すことはできた。いつでも。
でもそれをしなかったところが秀吉なんであり、
あのときはそういうときだったのだと感じた。
わたしは専好のことはふつうに斬り殺して、
そのあと秀吉が号泣、でもよかったとおもうが。
・・・ダメか(^^)。


息子をなくして失意の底にあった秀吉に
「あやまちをおいさめする」なんて
一介の花坊主の趣向が通じるのか、ともおもったが、
心が激しくへこんでいるときだからこそ
かえって人のきびしい意見がすんなり耳にはいってくる、
ということもあるだろうから、
それを考えるとかえってアリなタイミングだったのかも。


本作は、
野村萬斎市川猿之助
つまり狂言と歌舞伎のトップスターの演技合戦がみてみたい人には 
それだけでもかなり 価値ある映画ではないだろうか。
ただ、
お茶やお花が「趣味」「たしなみ」でなく、
「人生」であり、「闘い」であったという
歴史的大前提をすこしでも理解してないと、
この映画はちょっと、わけわからんだろうという気がする。
だからそこだけは、
雰囲気だけでも把握しておくことをおすすめしたい。