BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

読書感想-阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男-伝説とその世界』-170522。

阿部謹也
ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』
(ちくま文庫)

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www.chikumashobo.co.jp


おもしろかった。
グリム童話などでしられている
ハーメルンの笛吹き男の物語は、
西暦1200年代後半ごろに
じっさいに起こった事件が
もとになっている。

本書は、その事件がいかにして
ハーメルンの笛吹き男」の物語に
なっていったのか、また、
どうしてこれほど長きにわたって
人びとに語り継がれる必要が
あったのか、について論じていた。

同種の研究は 
じつは欧米で500年くらいまえから
いろんな学者さんがしてきたそうで、
著者は既存の研究をひとつひとつ
かなりていねいに紹介しつつ
するどくその矛盾点を突き、
自分にしかできない切り口から
結論をだしていた。

以下のような
考えかたは
昔の学者さんはまだ
できなかったのかもしれない。
もちろん、時代に関係なく
著者にしかできなかったのかもしれない。

「伝説とは本来庶民にとって
自分たちの歴史そのものであり、
その限りで事実から出発する。
その点でメルヘンとは質を異にしており、
『伝説は本来農民の歴史叙述である』
(ゲオルク・グラーバー)
といわれるゆえんである。
そのはじめ単なる歴史的事実にすぎなかった
出来事はいつか伝説に転化してゆく。
そして伝説に転化した時、
はじめの事実はそれを伝説として伝える
庶民の思考世界の枠のなかに
しっかりととらえられ、位置づけられてゆく。
この過程で初発の伝説は
ひとつの型(パターン)のなかに
鋳込まれてゆく。
その過程こそが問題なのであって、
こうして変貌に変貌を重ねてゆく
伝説の、その時その時の型を
それぞれの時代における庶民の
思考世界の次元をくぐり抜けて辿ってゆき、
最初の事実に遭遇したとき、
その伝説は解明されたことになるかもしれない。
しかしそれはなかなか難しい。
解明しえたと思ったとき、
気がついてみればわれわれが
われわれの時代環境のなかで、
伝説の新しい型を
『学問』という形で形成していることに
なるかもしれないからである。
伝説も庶民が世界と関係する
その絆なのであるし、
学問もわれわれが世界とかかわる
関係の表現であって、
そこには本質的な違いは
ないからである。」
(『ハーメルンの笛吹き男-伝説とその世界』117ページ)

つまりまあ
こういうことじゃないだろうか。
↓ 
人びとが語り継いでいる「伝説」がある。
それはなんらかの歴史的事件、
歴史的事実に
基づいている可能性が高い。
そのおおもとについて考えるとき、
つぎのことに気を付けなくっちゃいけない。
すなわちそのおおもとの事実とは
おおまかにいって2種類のヴェールを 
何枚も何枚もかぶった状態で
いま、ここにある。
昔のものであればあるほど
ヴェールの枚数が多いのだが、
それをぜんぶ、ていねいに
はがさなくちゃいけない。
まず1種類めのヴェール、
当時の人びとの
くらしのありかた、社会の姿、
ものの感じかた考えかた。
そして2種類め。
そんな当時の人びとが
事件を語り継いでいくうえで
よりわかりやすく
より受け入れられやすく語りやすく
「お話」としての定型に
自然とはめて語っていったと
思われるのだが
その「定型」、これが2種類めのヴェールだ。
これらをぜんぶわきまえたうえで
1枚1枚確実にはがしていく。
それでなければ
歴史的事実は事実でも、
ほんとのところとは全然ちがう
場所にたどりついてしまうかもしれない。
「なんとかお姫様の物語」は、
本当はAという実際に起こった事件が
元になった話なのに、
ヴェールを雑にはがして一部破れたり
2枚も3枚もいっぺんに
はがしちゃったりすると
A事件じゃなくてD事件がもとでした、
そんな 誤った結論を
出してしまうおそれがある。
でもこの作業は難しい。
考察にあたる新しい時代の人間は
いろいろなことを知って
頭がよくなってきている。
「昔の人のものの考え方」
「昔の人が構築したお話の定型」
これらの古いヴェールのうえにまた
こんどは「学問」というヴェールを
新たにかぶせてしまっているかもしれない。
それが「この伝説の元になった事件」
を考えるにあたり
さまたげになってしまうのかも。

・・・・


本屋で立ち読みしたときは、
ブリューゲルボッシュ
挿絵としていっぱい
載っているのを見て、
もっと見たいとおもって
買ってみただけだったが、
内容的にすごくおもしろかったし、
その考察の緻密さと真摯さに
感銘さえうけた。

わたしなんかには
すごく高度に感じたが
文庫になっているということは
一般向けに易しく書かれたものなんだろう。
阿部謹也さんの本気のやつに
トライしてみたい気がする。