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BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

「ジェイソン・ボーン」(2016)。前作までのシリーズとかみてなくても別にかまわない。

スーサイド・スクワッド」以来、スクリーンでは映画をみてなかったが
きょう「ジェイソン・ボーン」をみてきた。

bourne.jp

これはすごくおもしろかった。
あとで インターネット上の各種レビューをみてみたところ、
「これまでのシリーズをみていないとだめ。理解できない。」
といった意見が多かったが、
わたしはそうはおもわなかった。
シンプルでわかりやすかった。

なにをかくそうわたしは
ボーン・レガシー」しかみていない!

movie.walkerplus.com

ボーン・レガシーはボーン・シリーズに入らないと
いう人だって いるって聞くからなあ。
主演がマット・デイモンじゃないしね。
でもわたしはジェレミー・レナーが恋しい。
また彼に会いたいよ。

それはいいとして、
ともかく「ボーン・レガシー」しかみていないわたしがみても
すごくおもしろかったし、内容がちゃんと理解できたと自信をもっていえるので
べつにこれまでのシリーズをみずにいきなり本作をみても
まったく問題ないとおもうよ。
逆に葛藤が少なくてすんだし、目の前のできごとに集中できたんじゃないかな。
そもそも、それほど難解かつ遠大な物語というわけではないようだったし。
でも、この物語が、実際の米国のCIAや情報社会の暗部に
警鐘をならす意味でつくられたのだとしたら、
まったくあちらさんときたら、ウンザリってかんじだね。
そういうことはあんまり考えすぎずに
エンターテイメントとして楽しんだほうがいい気がする。

なんにせよすごくよかった。

わたしは俳優マット・デイモンをあまりよくはしらないのだけれど、
第一作のときよりだいぶやっぱり老けたんだな、ということは感じたものの
(回想シーンが随所にはさまれるので、物語が始まったころ、
彼がどんな風貌だったか、見ることができた。)
それでもすごく生き生きとして見えたし、アクションシーンも光ってたとおもう。
いわゆるはまり役なんじゃないかね、このジェイソン・ボーンが。

トミー・リー・ジョーンズヴァンサン・カッセルも超かっこよかった。
ヴァンサン・カッセルの、だれかに対して積年の強い恨みをかかえていて
もはや「恨み」そのものと化してしまったかのような
ジメっとして いかにもいらいらしている雰囲気が
たまらなくよかった。
「裏切者、それがおまえだ」。

ギリシャの市民デモのさわぎを利用して
ジェイソンと彼の元同僚が落ち合おうとするシーンがあったが、
CIAが彼らの動向をつかんでいて、
なんとかしてジェイソンをつかまえようとしており
ジェイソンがバイクで逃げまくるところに、
頭上からいろんな建材とか火炎瓶とかおっこちてくるのだが
そのシーンが、障害物をよけながらゴールをめざせ!みたいな
ゲームのようでおもしろかった。
ラスベガスの全面協力によるものだったろう
街中つかってのカーチェイスシーンや
地下通路のヴァンサンとマット・デイモンのバトルシーンは
かなり興奮した。
ただ、もろもろのバトルシーンおよびアクションシーンは
もっともっと「そこまでやるの!?」感があってもよかった。

ラストシーンは秀逸だったとおもう。
野心的な若きCIAの詰めの甘さを、ジェイソンはみのがしていなかった。
アリシア・ヴィキャンデルにああいう役やってほしくなかった気もしたけど・・・。
ジェイソンかっこいい!
ただ、彼は今後、どんなふうに生きていくんだろうな、とおもった。
続編があるような報道をどこかで見たような覚えがあるので、
今後もしほんとに続編が発表されたらぜひみたいとおもう。



ところで、さいしょの方の話に戻るんだけど、
わたしは、シリーズものの映画で、前作を1本もみていない人が、
最新作をみてもまったくかまわないとおもうし、
そもそも、シリーズちゃんとみてないと みる意味がないような
最新作なんて、存在しないはずだよ。
あるとしたら、それは駄作であり作る方の怠慢ではないかなとおもう。
でも駄作なのにシリーズ化するほど人気が出るなんてそんなことありえないしな。
だからやっぱり「シリーズぜんぶみてないとみる意味がない最新作」は、ないよ。

わたしはそういうような話をきくときだいたいよくおもうんだけど、
たとえばこれまでの人生でただの一回たりとも
ドラえもん」をみたことがないどこかの外国の子に、
「体が青くて、鼻が赤く、腹のなかが異次元とつながっていて、
そこからこの世のものとはおもえないようないろんな便利な道具とか出す」
というヒントだけをあたえて
ドラえもんを描いてごらん」と画用紙・クレヨンをわたしたら
その子は、なにかものすごい、いわゆるドラえもんとは似てもにつかぬ
びっくりどっきりメカ的なキングギドラ的なものを
紙からはみ出さんばかりに描いてくるとおもうんだよね。
それは、「ドラえもん」ではないんだろうけれども、
でも、考えようによっては
ドラえもんを知っている人には決して描けないドラえもんなんだよ。
その子がドラえもんを知ってしまったら、もうそのキングギドラドラえもん
二度と描けなくなってしまうとおもうんだよね。
まあ、ドラえもんを知っている子が上手にドラえもんを描くとか
知らない子がキングギドラドラえもんを描いてこれがドラえもんであると言うか
それのどっちがどうなんだ、なんてことは
まったく、どうでもいいことなんだけれど、
つまり
「ボーンシリーズを全作みてから『ジェイソン・ボーン』をみるか」
「ボーン・シリーズなんてひとっつもみてないけど『ジェイソン・ボーン』を
みることが、バカの所業か否か」
なんてことは、まったく、宇宙全体からみたらチリひとつぶんにもならない
どうでもいいことなんだけれど、
でも、べつに、いいとおもうんだよね。
ドラえもんを知らない子が、ドラえもんという空想の世界に遊んでも。
ボーンシリーズを一作もみていない人がちょっとみてみたいとおもって
いきなり「ジェイソン・ボーン」をみたけれど おもしろかった!と
いう感想を抱いた、としても。
自分の心のなかで勝手に、わからない部分を補完して
咀嚼しながら最新作をみるのもたのしいとおもう。
わたし、じっさい、それができたしな。「ジェイソン・ボーン」という作品では。
それでもやっぱりわからない、もっと細かく知りたいねとおもったら
レンタルショップに前作のDVDをかりにいけばいいし、
そうして自分の想像のなかのボーン・シリーズと
ほんとうのボーン・シリーズのちがいを楽しめばいいのかなともおもう。

いいじゃないか。べつに。いきなり「ジェイソン・ボーン」をみても。
おもしろかったよ。