BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想をおもに記録しています。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-「ジェイソン・ボーン JASON BOURNE(2016)」-161106。

スーサイド・スクワッド」以来、
ひさしぶりにスクリーンで映画をみた。

ジェイソン・ボーン
(原題:JASON BOURNE
ポール・グリーングラス監督、2016年、米)

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これはすごくおもしろかった。
あとで インターネット上の
各種レビューをみたところ、
「これまでのシリーズを
みていない理解できない。」
といった意見が多かったが、
わたしはそうはおもわなかった。
シンプルでわかりやすかった。

なにをかくそうわたしは
ボーン・レガシー」しかみていない!

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ボーン・レガシー
ボーン・シリーズに入らないと
いう人だって いるって聞くからなあ。
主演がマット・デイモンじゃないし。
わたしはジェレミー・レナーが恋しい。
また彼に会いたいよ。

それはいいとして、
ともかく「ボーン・レガシー」しか
みていないわたしがみても
すごくおもしろかったし、
内容が理解できたと
自信をもっていえるので
べつにこれまでのシリーズをみずに
本作をみても
問題ないとおもう。
逆に葛藤が少なくてすむし、
目の前でおこるできごとに
集中できるともいえる。
そもそも、それほど難解かつ
遠大な物語というわけではないようだ。

なんにせよすごくよかった。

俳優マット・デイモン
あまりよくはしらないのだが、
第一作のときより
だいぶやっぱり老けたんだな、
ということは感じつつも
(回想シーンが随所にはさまれるので、
物語が始まったころの彼の姿を、
見ることができた。)
それでもすごく生き生きとしていたし、
アクションも光ってた。

トミー・リー・ジョーンズ
ヴァンサン・カッセルもかっこいい。
ヴァンサンの、
積年の強い恨みをかかえているがゆえに
もはや人間ではなく
「恨み」そのものと化したかのような
陰気くさく 自分の感情にまみれて
饐えたようなにおいをはなっている雰囲気が
たまらなくよかった。
「裏切者、それがおまえだ」。

ギリシャの市民デモのさわぎを利用して
元同僚と落ち合おうとしたジェイソンが
CIAに見つかってバイクで逃げまくるところ
頭上から建材とか火炎瓶とか
いろんなものがおっこちてくるのだが
そのシーンが、
障害物をよけながらゴールをめざせ!みたいな
ゲームのようでおもしろかった。

ラスベガスの全面協力によったと思われる
街中つかってのカーチェイス
地下通路のバトルはかなり興奮した。
もっともっと
ハードでもよかった。

ラストシーンは秀逸。
野心的な若きCIAの詰めの甘さを、
ジェイソンはみのがしていなかった。
個人的には アリシア・ヴィキャンデル
ああいう役をやってほしくなかったけど・・・。

ジェイソンかっこいい!
ただ、彼は今後、
どんなふうに生きていくんだろう。
続編があるような報道を
どこかで見た覚えがあるので、
今後もしほんとうに続編が
発表されたらぜひみたい。

ところで、
さいしょの話に戻るんだけど、
わたしは、シリーズものの映画で、
前作を1本もみていない人が、
最新作をみてもまったくかまわないとおもうし、
そもそも、前作までをちゃんとみてないと 
みる意味がないようなシリーズ最新作なんて、
ないはずだと考えている。
あるとしたら、それは駄作であり
作る方の怠慢ではないか。
でも、駄作であるにもかかわらず
シリーズ化するほど人気が出るなんて 
そんなことが起こるともおもえない。
逆に みんなが駄作だといっても
わたしは傑作と信じていて
シリーズ化を心待ちにしている
(そして実現しない)
映画はいくつかあるが。
(『エアベンダー』とか)
だからやっぱり
「前作をみてないとみる意味がないシリーズ最新作」
は、ないとおもうのだ。

たとえばこれまでの人生で
ただの一回たりとも
ドラえもん」をみたことがない
どこかの外国の子に、
「全身まっさおで、鼻だけ血のように赤く
腹のなかが異次元とつながっていて、
そこからこの世のものとはおもえない
いろんな不思議な道具を突然取り出す。
その名もドラえもん
というヒントだけをあたえて
ドラえもんを描いてごらん」と
画用紙・クレヨンをわたしたら
その子は、なにかものすごい、
びっくりどっきりメカ的な
キングギドラ的なものを
紙からはみ出さんばかりに
描くとおもうんだよね。
それは、たしかに
ドラえもん」ではないのだが、
ドラえもんを知っている人には
決して描けないドラえもん」なんだよ。
「本当のドラえもん」を知ったら、
もうその子は
キングギドラドラえもんは二度と描けない。
まあ、ドラえもんを知っている子が
上手にドラえもんを描くとか
知らない子がキングギドラドラえもんを描いて
これがドラえもんであると訴えるか
それのどっちがどうなんだ、なんてことは
まったく、どうでもいいことなんだけれど、
・・・
つまり
「ボーンシリーズを全作みてから
ジェイソン・ボーン』をみるか」
「ボーン・シリーズをひとつも観てないのに
ジェイソン・ボーン』をみることが、
バカの所業か否か」
などということは、
宇宙全体からみたら
チリひとつぶんにもならない
どうでもいいことなんだけれど、
でも、べつに、いいはずだ。
ドラえもんを知らない子が、
ドラえもんという空想の世界に遊んでも
だれもそれをとがめはしないように、
ボーンシリーズを一作もみていない人が
いきなり「ジェイソン・ボーン」をみて 
おもしろかったよ!という感想を抱いても
かまわないはずなのだ。
買ったばかりの洗濯機を
マニュアルを読まずに使いこなす人を見て 
けなす人は まさかいないだろう。
マニュアルなしでも使いこなせる
ユーザーフレンドリーな洗濯機を作った、
メーカーのお手柄にほかならない。

わからない部分を
自分の心のなかで補完して
咀嚼しながら最新作をみるのもたのしいものだ。
わたし、じっさい、それができたしな。
ジェイソン・ボーン」という作品では。
それでもやっぱりわからない、
もっと細かく知りたいとおもったら
レンタルショップ
前作のDVDをかりにいけばいいし、
それで想像のなかのボーン・シリーズと
ほんとうのボーン・シリーズの
ちがいを楽しめばいい。