BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

あとさき考えない性格/中里学さん/映画の感想-「シン・ゴジラ」礼賛。

「(きみって)ガみたいだね」
といわれたことがある。
ガとは「蛾」だ。
ちょうちょの、一般的に
人に好かれないほうのやつ。
その人がわたしのどこを
ガみたいだといったかというと
人に好かれないところじゃなくて、
(それもあったのかもしんないけど)
「動かない」ところ。
いちど落ち着いて座って、
何かしら自分がするべき作業を
始めてしまうと
やめろといわれないかぎり、
時間的な制約でもないかぎり
何時間でも一日中でも 
ひとつところに座っていられる。
事務仕事とかに向いている
性格のはずだ。

冒険心や探究心、遊び心は
もちあわせた覚えがない。
どっちかといえば
変化することがすきではない。
さわいだりしたくない。
急ぎたくない。
あせりたくない。
怒りたくない。
落ち着いて、凪いだ気持ちで
いるときの自分こそが
われながらいちばん
好ましく感じる。

だから、そういう気持ちで
ずっといたいのに、
たまにわれながら 
おまえ頭 大丈夫かとおもうような
とっぴな行動をとって 
いろいろとまずい状況を
つくりだしてしまう。

どう考えても
話し合いが通用しなさそうな
犯罪方面のかんじの雰囲気の環境に 
ノコノコと丸腰でのりこむことがある。
たとえば
学生時代のことだが
電車内で勃発した 
屈強な男同士の
暴力ざたにもなりそうな
ケンカの場面に首をつっこみ
仲裁をこころみた結果、
頭をバチーンと殴られて
一瞬で失神したことがある
(マジでなにやってんだ)
学生時代にというか、
現在でも2年に1回は
似たようなことがある。

家の前の路上で 
露出狂のおじさまVS
うら若いお嬢さんの
遭遇の瞬間を目撃した。
おじさまが上着の前を
ぱっとひろげて 
御開帳あそばしたのを
わたしは家の2階の窓から
たまたま見たのだが
・・・もちろん至近距離で
それを見せられたお嬢さんは
キャーと絶叫してた・・・
なにをおもったのか 
わたしはおじさまの 
「中身」について
「美しくないですなあー」と 爆弾を投下。
おじさまは 
上からわたしがみていたことに
気づき いちもくさんに
逃走していったが
・・・
もし あのおじさまが
一筋縄でいかないタイプの
ヘンな人だったら
わたしは所在を
完全に知られてしまったわけで
のちのち報復とか逆恨みとかされる
おそれがあり
逃げ場がなかった。
でもそういうことを
そのときにはまったく考えずに
「美しくないですなあー」とか
言ってしまったのだ。
いや そもそも
美しくないってなんだよ(^^)!!

そういうことをたまにする。
あとさきかんがえないところがある。
波風立てたいなんて
まったくおもっていないのに
静かにしていたいのに
ヘンな行動をとってしまうのだ。
半端な「がんばっちゃおうかな」感を
非力な自分が たまさか
ふりかざしてみても
状況が変わることなどなく
自分が痛い目にあって
終了である。
そんなことはわかりきっている。
でも
気持ちがそっちにいってしまうと
もうあとさき考えず 
またおんなじことをしちゃう。
つまり
頭が残念なできばえの人間だ。

わたしはそんなバカは
家族で自分だけだとおもっていた。
でもそうじゃないのかも
しれないと 今朝おもった。

週1回の貴重な休日である
日曜日は
いつも日がかなり高くなるまで
ぐっすりなのだが
今朝は朝から暑かったからか 
早朝に1回目が覚めた。

母親の声が外からきこえた。
前半は自分のみていた
なにかの夢とミックスされて
現実のことかどうか
あやふやだったが
「やめなさい!」とか
言っているように聞こえた。
頭と耳がはっきりしてきて 
やはり「やめなさい」と
母が誰かに言っている
らしいことがわかった。
窓を開けて外を見てみる
家の前のちいさな公園に
朝から集結していた
ポケモントレーナーたちに
そんなことを朝からやっているなんて
ばかばかしいからやめなさい と
教え諭していたのだ、母が。

どうもうちの前の公園って
出るらしいんだよねポケモンが。

自分の親は
そっち系のキャラじゃないと
いままでおもっていたのだが。
ああ、あの人にも
そういうとこあるんだな・・・
と 初めて知った。

・・・


昼間、電車で4駅のところにある
商業施設の広場でおこなわれた
ライブイベントをきいてきた。
午前中から夕方までずっとやっていて
何人かのミュージシャンが
いれかわりたちかわり
30分くらいのパフォーマンスをする
というようなイベントだ。
ここに中里学さんが
出演したからいってきた。
中里学さんのライブを
今年の春先にきいたが
とてもすばらしかった。
いっしょにライブをききにいった友だちが
中里学さんは初期のころ
(ソロでなくユニットを組んでいたころ)も
とてもよかったんだと いっていたので
あとで 中里学さん本人に
連絡をとり 
初期のころのCDとかは
まだ残っていますかと
きいてみたところ
かろうじて何枚かあるとのこと。
次の機会に購入する約束をした。
その次の機会が 
またこれが わたしがクソ忙しくて
なかなかめぐってこなかった。
今日やっとその日がきた。
それでいってきた。

あいかわらず よい歌声だ。
しずかに でも 
たしかな重みをもって
心に押し入ってくるような 
よい歌声だ。
清潔感のある歌声だ。
聴くほうの心を
いつのまにか開かせてしまう声だ。
あれって たぐいまれだ。

演奏がおわってから 
ちょっと声をかけて
約束のCDを2枚買わせてもらった。
3枚もってきてくれていたが
内容がわからないから
いわゆるジャケ買い
彼が厚底ブーツとかはいてる
写真がおもしろいやつにした。
あした職場に持って行って
仕事しながらきこう。

・・・

そして帰りに 地元の映画館で
映画を観た。

シン・ゴジラ
庵野秀明 総監督
2016年、日本

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www.shin-godzilla.jp


これは傑作であった。
客席にもしも
自分しかいなかったなら
まよわず
スタンディングオベーションしてた。
「すごかった!」って
早く誰かに言わないと
言わないうちにもし自分が
交通事故にでもあって死んだら
絶対化けて出るなと
おもった。
早く誰かに教えなくちゃって。

わたしはこれまで 
日本映画もいっぱいみたはずだけど
まだまだそれでも 
日本映画のすべての面を
知っていたわけでは
なかったのだなとおもった。

というか まがりなりにも
いっぱいみてきたからこそ
こういう気持ちになったのかも。
たぶんそうだろう。

近年のわたしは、
映画にたいして
とにかく
「いままでどの映画でもみたことがない」
とおもわせてくれる
ストーリーや映像を
みせてほしいと 望んでいる。
ほんの1シーンでもいい。
たわいのないシーンでもいい。
ちょっとでもいいから
ほかのどの映画にもなかった 
どれとも似てないものを観たい。
それについで、内容よりも、
スカッとさせてくれるものや
ドカンと心になにか
物理的な衝撃を
与えてくれるものを みたいと
おもっている。
なにをいっているのかが
理解できないどころか
なにをやっているのかが
わからないような映画でも
ビジュアルがほんとに
ものすごかったら 
ぜんぜんOKみたいな
そういう種類の映画でもいい。
いつもそうってわけじゃないが。
なにがおこるかわからないような
映画をみたいのだ。
そうすると 
どうしても
アクション映画とかが増えていく。

こうした願いは基本的に
日本映画では叶わない。
日本映画って、
そういうのじゃないから。
ああ、そういう気持ちに
なることってあるよね、
そういう思いを持ってしまうと
人はどうなってしまうんだろうね、
・・・みたいな 
自分の心のなかのすでにあるものを
知っている言葉で、
知っている所作と
スピード感と世界観で
描き出してくれるもの、
それが日本映画だと理解してきた。
日本映画に
「なにがおこるかわからない」は
望むべくもない。
って、おもってた。

でも、
シン・ゴジラ」は、
かなえてくれた。
日本的な、どこまでも
日本的な映画でありながら、
「いままでみたこともないような映像」
をみせてくれたし、
同時に
日本映画が得意な 
日本人の心理描写を
たくみにこなしていた。

ただ歩いているだけ、
立っているだけのゴジラ
「哀愁」をみいだすのは
たぶん日本人だけなんだろうと
わたしはおもっている。

いままで、わたしもそれなりに 
いろんなアプローチのしかたで
たくさんの映画をみてきた。
ジェット・リーに会いたい」
「音楽とダンスのシーンをたのしみたい」
「アクションをみたい」
「映像美を堪能したい」
「だれそれの演技をみたい」
「ストーリーをたのしみたい」
とかいろいろ。
それで体験してきた映画のどれとも
まったくことなる観かたを
要求される映画だった。
要求されるといっても 
努力しなきゃいけないわけじゃなく
自然に 新たな 
観かたになっていったのだ。
こんなふうに映画を観たことって
いままでなかったな、と
あとで 気づかされて
うれしくなった、そんなかんじ。

そしておもった。 
これってきっと、
元祖ゴジラシリーズを
夢中になって観てた
昭和の時代の人たちの
視点の追体験てことなんじゃないかと。
そうだとしたら 
それがいま体験できちゃうって
すごいことだけどな。

日本映画にあまり
期待しなくなってしまった人
映画をたくさんみてきた人にこそ
すすめたい。
どれとも似てないものを
みられるはずだ。
似てないのに
なつかしさを覚えるはずだ。
いままでどんな映画をみても
感じたことがなかった気持ちを
みたあとに 感じられるはずだ。