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BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

仕事で昇格したことについて

編集者である。
ついこのまえまでは、戦力外通告一歩手前になったくらいの
まったく使えない系であった。
ひどいもんだったぜ。
すこしくわしくいうと、試用期間中に一人前になれると
判断されなかった場合は、さようならするのがきまりなのだが
わたしはその試用期間を、例外的にのばされた。
そしてそこをなんとかがんばって、首の皮一枚でここまできた。

1冊の本を作る過程を自分でぜんぶやれて昇格、一人前だ。
1冊の本を作る過程を自分でぜんぶやる係を 
わたしの職場では「進行」と呼ぶ。
去年、戦力外リストからようやくはずれて
ちゃんと正社員に登用された。
でも、その当時、わたしは病み上がりの状態にあった。
なんとか仕事を続けたくて飛ばし続けた結果、内臓の病気にかかり、
それが寛解したばかりであったのだ。
会社としては、病人なので、
正社員登用はするがまだ進行まではできねえだろうなという判断で、
わたし自身も「いま、これ以上仕事をしたら死ぬな」とおもっていたから
「しばらく、進行はやらない」ということになった。
進行をやらない人(一人前にはなれないと判断された人)を正社員にする、
というやりかたは
その会社ではいままで一度もやったことがなかったらしい。
(たとえ一時的にとはいえ)進行をやる能力がないと判断された人は
さっきも書いたように試用期間があけたらさようならするのがきまり。
「たぶんだいじょうぶ」とか「あと数か月待てば伸びるかも」みたいな
ことを考えているときりがないので、そのときだめならもうだめなのだ。

でも自分はほんとにそのへんがまさにスレっスレの
「帯に短し、たすきに長し」キャラであったようで
たまたまそうならなかった。
こんなイレギュラー対応をしたのは会社にとってはじめてのことで
あったから、
さぞかし とまどったんじゃないかなあとおもう。
一度「こいつは使えない」と判断されると、
その評価が改まる雰囲気が、客観的に見てもまったくない職場だ。
「使えない」と、まちがいなく判断されたのに、
なんでまたその判断が 改まったのかは不明。
まあいろいろと、キープしとこうかなとおもった事情は
あるのかもしれないが・・・ わからない。
わたしが使えるようになるのを待つよりは
新しい、できる人を、入れたほうがいいんだろうなともおもえた。
わたしをなんとかしようとして面倒をみてくれる
教育係の先輩もたいへんであったはずだが
わたしもすごくたいへんであった。

ただ、わたしのほうは 
まだこの仕事を続けたかったから、
まわりになんとおもわれようが、結果的に評価が改まることがなかろうが
さしあたりどうでもよく、
雇い続けようとおもってもらえるまでがんばろうとしか考えてなかった。
もっというならそんなことを考える余裕もあまりなかった。
体調管理と激務とのバランスとりに必死であった。

でも、今月、無事に昇格し、
もともとの話にあったように、進行もまかされるようになった。

病気がおちつき、
飲む薬が1種類にまで減り
数か月に一度の通院でよくなったことにくわえ、
じつは、この背景には、
先輩がひとり、事実上のドロップアウトをしたという事情がある。
先輩はいまも問題なく会社にきてはたらいてるが、
神経がちょっとまいってしまったのだ。

取引先があまりに理不尽な要求をしてくることにくわえ、
うちの職場は、職場環境という意味で、問題がかなりおおい。
「みんなでおなじ仕事をしているんだから仲間。味方。」という
きもちが、一部、希薄。
平気で人のせいにする、口汚く罵倒する、弱い者いじめをする、
新人さんいびりをする、辞める人いびりをする、
不条理なことでどなりちらかす、
回答に困るような意地悪な質問形式のイヤミをぶつける、
いらいらすると人やものに当たる、
さらに人間関係の地雷(あの人とこの人は表面上はみせないが
じつは犬猿の仲、みたいなそういうこと。)が無数に、
それこそ無数に存在し、
それらを踏まないように細心の注意を払いつつ、それでいて仕事は
とどこおりなく進めないといけない、なーんていう
ほとんどミッションインポッシブル的なかんじのあれだ。
性格が繊細であればあるほど、人を気遣うよき人であればあるほど
うちの職場では、無傷で歩ける道を見いだしにくくなるといえる。

ま、上にかいたようなことをするのはほんとうに一部の人であるのだが。
けっしておおきくない会社であるが 経営陣がそういうのを
調整することはいっさいない。
経営陣はそういうのではたよりにならない。
そういうのでは、というか
基本どういう意味においてもたよりにはあんまりならない(^^)
われわれはみんな信じられないくらい忙しいが、
個人レベルでお互いに助け合えたら助け合う、というかんじで生きている。

そんなこんなで先輩の神経はちょっとまいってしまった。
「外にも内にも自分の味方はいない。どうせ悪いのはいつだって
自分だけ。けっ」というきもちになってしまったわけだ。

その傾向は去年の夏ごろからすこしずつ見えてきていた。
そのときは先輩もがんばってふみとどまったが
今回はもう、ちょっとむりかな、というところまできてしまった。
先輩はプロジェクトの進行役をおりた。
かわりをさがしたところ、
まあ、べつにだれでもいいけど
・・・ こいつでいっか。
的なかんじで、わたしになった。

という経緯である。
いやはや。笑えねえ。

不安でしかたがなかった。
環境に対する不安もあるが、
なんといっても自分自身の適性ということで。
わたしはリーダーとかまとめ役というやつが
大の苦手なのだ。
とくに大人になってからは、さけてきた。そういう役回りを。
それにわたしが大人になってから所属した組織や集団は
どこも決してわたしにそういう役をさせようとはしなかった。
わかる人にはわかるもんなのだ。

もちろん、さきに書いたように、この職場においては
進行役ができて一人前である。
だから働き続けるならばわたしもいつかはやらなくてはならない。
なので 本心をいえばやるのは怖いけどそこはもちろんやることにした。

今月の進行としての仕事は来週末に終わる。
やってみてまずの印象は、
「外」からのプレッシャーは、事前の印象よりよほど軽い。
というか、こういうたぐいのやつであれば、
まえに働いていたことがある会社でこの400倍くらいのを
毎日感じてた。400倍というのは、おおげさとか適当ではなく、
自分が進行をまかされる案件(取引先)は毎月1から多くて2件なのだが
まえに働いていたことがある会社では400件あまりあり、
それを来る日も来る日も電話でFAXでメールで相手取り、
交渉に次ぐ交渉、折衝につぐ折衝、説得につぐ説得をしていたのだから。
そしてそれを3年間続けたが、わたしの精神は無事であった。

「内」からのプレッシャーは、どうかわからない。
わたしはもともと職場において
「ついこのまえまで使えなかったやつ」である。
まあ、みんなにゴキブリみたいに嫌われているとまではおもわないし
かげで悪口とか言われているとかもおもってはいないが 
使えないやつという烙印をおされていることは間違いない。
つまり元来が何もかもろくなもんじゃないので
不当な扱いを受けていてもいまさらそれをどうともおもわないというか・・・
あと、さっき書いたような 
職場の環境をぐずぐずにしている一部の人たちのことも、
わたしはずいぶんまえにそっくり受け入れてしまった。
この人たちを変えることなんてだれにもできないし 
わたしの役目でもないと知った。
そもそも、すでに書いた「前に働いていたことがある会社」において
もっと すっげー超いやなやつと わたしはパートナーシップを
くまされて 3年間一緒に働いていた。
わたしとここ数年間でも実際的なつきあいがある人なら、
そのあたりの事情をわたしから聞かされて、知っているとおもうが。
あのときにくらべたら・・といったらなんだが、
やっぱり、あれを知っているからな・・・ 
あれを知っているほうとしては、
ああいう人と3年間一緒にいても狂うことができなかった自分というのを
知っているわたしとしては、
まあ、いまの職場でも、すくなくともむこう3年は、大丈夫なんじゃね?
と考えてしまうのだ。
わからないけど。

いちばん自分が苦しむのは、
さきにも書いた適性の問題だ。
つまりほんとはこういうのが向いていないのにやることについての
自分自身の心の痛み的なやつがすごくある。
たとえば人にものを任せたりお願いしたりすることが
破滅的に苦手であり、
そういうのができないやつには、中型~大型船の船頭はむずかしいのだ。
できない自分には苦しんでる。すごくいらいらさせられる。
胸の奥や胃に、こげつくような痛みを感じる。
できないのにやるときに生じる激しい違和感と苦痛に悶絶してる。
でも、そんなとき、自分のプロジェクトに今月参加してくれた先輩が
「進行やるとき、そんなまわりに気回さなくていいですよ」と
いってくれて、「そうします!あざっす!」と
わたしも笑うことができたから
なんか、その拍子に あ、大丈夫かも。と思うことはできた。

まあ、いい機会だとおもうからがんばる。なんといってもまだ
1回めだからな。
まいってしまった先輩はこれをすくなくとも2年間がんばって
それでちょっと疲れてしまった、ということなのだから
わたしもすくなくとも2年はがんばる必要があるだろう。