BRILLIANT CORNERS-2

本や映画の感想。まれにやる気があるときは別のことも書いています。

映画の感想-『ヘルタースケルター』『THE GREY 凍える太陽』-120819。

映画を2本はしご。

どちらも良かった。
観たのはまちがいじゃなかったと思えた。


ヘルタースケルター
蜷川実花監督
2012年、日本

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観ることを決めたのは
その場の思いつきだった。
ちがうのを観るつもりだったけど、
こっちのほうがもうすぐ
終わってしまうらしかったし、
なんとなく、観ておこうと思った。

良かった。
執拗に、ただひとつのことを
言おうとして、闘っていた。

この「言おうとする」っていう姿勢が、
あまり感じられない作品が
けっこうある気がしていて
そういうのを観ると
とてもイヤな気持ちになる。
じゃあ一体なんのために
この映画作ったんだよ!って
作り手の胸ぐらをつかんで
問いただしたくなる。

何も感じられない映画や
感じられないわけじゃないが
力が脆弱な映画を
たとえば興行収入ランキングで
上位だからというだけで
5本も10本も観るよりは
たとえ語り口が独善的であろうと
強力な意思(意地)を
グイグイ押し付けてくる
本作のようなのを1本 観たい。

ただ 本作は
その「言わんとしてること」の内容が、
あまり個人的に
関心をもてることではなかったか、
なんだろう
切り口的に 自分がまだ
それを受け入れたり
共感したりできる
段階ではなかった、のかな
だからわたし個人の感覚として
おもしろかったかどうかでいえば、
おもしろくなかったと
言わざるをえない。

それでも最後まで集中して
観ることができたのは
沢尻エリカの支配力に
ひっぱられてのことだった。

全身整形で完璧な美貌を得て、
スターの地位を獲得したタレント、
という 主役「りりこ」を、
演じていたのが沢尻エリカだった。

女優としてのこの人を、
わたしはほとんどなんにも知らなかった。
だが、いま、
わたし、この女優、すきだ。
根性の人だ。
ここまで見せてくれる女優さんは、
あまりいないんじゃないだろうか。
若いのに感心だ!
この人よりも美しかったり、
うまい演技をする
女優はほかにもいるかもしれない、
でも、
「りりこ」は彼女でなければ、
だめだったと思った。
ぴったりだったんだろう。

ビルの屋上みたいなところで、
わんわん泣く場面。
あれを観られただけでも 
この映画を観た意味はあった。

カゴから外に飛び出した、
手乗りインコを見てるみたいだった。
生まれたときから人に飼われてきたので
外に出たはいいものの、
どうしていいかわからない。
野性をうまく解放できなくて、
キョトンと木の枝にとまってる。
鮮やかな羽色が
まわりの風景からすごく浮いてる。
カゴから出てしまうと
インコって小さく見える。
飼い主は、つかまえたいが、
無理に手を伸ばしたら
さらに遠くにいってしまいそうで
なすすべもなく
ただ見つめてしまう。
もう戻ってはこないだろうなと、
さびしく予感しながら。

アメリカン・ビューティー』(2000年)に出てきた、

movie.walkerplus.com

挑発的な女の子を思い出した。
蠱惑的な態度と美貌で、主人公を魅了する少女だ。
ところが、この子はほんとは、
同年代のふつうの女の子と
なにも違わない。
弱くて強がり、優しくて臆病、
自分はみんなと違うんだと
まわりに認めさせたくてしょうがない
ごくごくふつうのティーンなのだ。
この子の存在が、
アメリカン・ビューティー』においては
大きな救いになっていた。
というのはあの映画にでてくる人たちは、
みんななにか、ちょっと狂ってるからだ。

あの女の子が、素直になって
自分のほんとうの姿をみせたとき、
永遠かのように長かった夜が、
ついにしずかに明けていくようだった。
なにか、冷静さをとりもどさせてくれた。
映画を観ていたわたし自身にもだし
主役の男にもだし
映画そのものにも。

ヘルタースケルター』の、
あのビルの屋上みたいなところの場面には、
いろんなことを思わされた。
ただ『アメリカン・ビューティー』とはちがって
「りりこ」が泣いても
だれも冷静にはならない。
もとの場所に帰れば
苦悩が増すだけと知りながら、
りりこは自分の意思で帰ってくる。
まだまだ物語がつづくのだ。

沢尻エリカには、年を重ねたとき、
偉大な女優になっていてほしい。
観てみたかんじ、なんとなく、
あまり器用なほうでは
ないようだから
なんだかかわいそうなのだが、
できれば長く応援したい。

・・・


THE GREY 凍える太陽
原題:THE GREY 
ジョー・カーナハン監督
2012年、米

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www.youtube.com
主人公は
狙撃手オットウェイ(リーアム・ニーソン)。
石油採掘場で働く作業員が
オオカミなどに襲われないように、
守る仕事をしている。
オットウェイには愛した人を失った過去がある。
彼はずっと自殺願望をいだいている。
休暇で家に帰る労働者たちをのせた飛行機が、
アラスカの雪原に墜落する。
オットウェイほか数人が生き残ったが、
携帯不通、食べ物なし、
猛吹雪で救助も期待できない。
しかもそこは運悪く、
オオカミのなわばりのど真ん中なのだ。
やがて、オオカミたちがにおいをかぎつけて
生存者たちに襲い掛かるようになる。
オオカミのなわばりは非常に広大だ。
すこしばかり逃げて場所を移動しても、
狙われ続けることには変わりがない。
でも、だからといってこのまま同じ場所にいても、
凍えてか餓えてかオオカミに食われてか、
どの道 死を待つだけなのだ。
彼らはせめてオオカミに対抗できる森のなかまで
移動しようということになり、移動を開始。
アラスカの極寒、そして
オオカミたちとの死闘が始まる。

ココココここ怖い・・
そして、寒い・・
ふるえ上がった。

オオカミたちが怖すぎる。
CGのはずなのだが
観てるこっちもパニック状態で、
もう本物にしか見えない。
あの統率のとれまくった
群れの動きの、
美しさときたら どうだろう。
あんなのに、かなうわけがない。

現代においても人間は
環境しだいでいくらでも
原始時代みたいな死に方で死ぬんだね。
ついさっきまで
一緒にバカ話してた相手も
条件がそろえば ころっと死ぬ。
なんて脆いんだ。
便利な道具をいくら持っていても、
それが使えなければ、
一糸まとわぬ丸裸とおんなじ。
人間は分をわきまえて
おとなしく暮らしたほうがいい。

オットウェイは
愛した人を失って以来
死にたくて死にたくて
しょうがなかったはずだった。
しかし、そんな彼の目の前で
彼よりもずっと 生きたかったはずの
仲間たちがつぎつぎに命を落とし
自分は生き残ってしまう。

なぜこんなことになるのか、
天に神がいるなら
なんで何もしてくれないのか、
信心深い仲間だっていたのに
神よ、あんたは彼を死なせた!と
悲痛な叫びを空にぶつける。
その姿は、もう、かわいそうで、
見られたもんじゃなかった。
彼の天なるものへの不信はつのる。
邦題サブタイトルの
「凍える太陽」は
ちょっとダサいと思ってたのだが
「太陽」が、「神」ならば
凍える太陽は
天なるものの沈黙を・・・
遠藤周作もいっている
「神の沈黙」ということを
指しているのかもしれない
そう考え直した。

激しく苦悩するオットウェイだが
生存者のうち 自分だけが、
仕事柄、いくらか
オオカミの生態を理解しているという状況、
そして亡き父が残した一編の詩の文句、
これらが彼をささえ
少しずつ目覚めさせていくようだった。
死んで早く楽になりたいという考えと
本能の呼び声とのあいだで
葛藤するようすは相当よかった。
葛藤というか、
生存本能のほうが完全に勝ってたが。

でも、勝てなかった仲間もいた。
その男は、せっかく生き残ったのに
心が折れてしまった。
なにかとまわりに迷惑をかけ、
あんまり愉快なやつじゃなかったが
あの死にかたは無残だった。
人間らしい「弱さ」の部分が
ふつうよりも心の層の
浅いところにあったので、
それが早めに表に出てしまった。
だれでも彼のように
なりえるとおもった。

心が折れたこの男と、
オットウェイのファーストネーム
同じであるというところに
工夫を感じた。

リーアム・ニーソンは、
年を重ねてから
肉体派、アクション系の映画に
トライしはじめたなあとおもう。
『特攻野郎Aチーム』(2010年)とかもそうだけど。
え、これが
シンドラーのリスト』(1993年)の
あの人ですか。と思った。

 


オットウェイ役はもともと
ブラッドリー・クーパー
やるかもしれなかったらしい。
でも、結果的に
リーアム・ニーソンに決まった。
ブラッドリー・クーパーがもしやったら、
えらそうなこと言うようだが、
彼にとって、演技の幅をひろげる、
いい機会になったのかもしれない。
コメディや恋愛ものだけじゃないんだと、
みんなに認知してもらえる。
彼じゃダメだったとは別におもわない。
でも、リーアム・ニーソン
ほんとによかった。
作品のテーマを表現するのに
彼のいろんな意味での
大きさ、深さ、年季が、
必要だったとおもうのだ。