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BRILLIANT CORNERS-2

観た映画・読んだ本など関心ごとへの感想メインの、なんということのなさすぎる身辺雑記帳です。 少しずつ、いろいろ更新してまいります。 お気が向いたらお読みいただければさいわいです(^O^) ブログのタイトルは、セロニアス・モンクのアルバムから。「すみずみまで光り輝く」というような意味だそうで、なんとなくいいなとおもうもんで。

盆踊り。人生案内。「コンテイジョン Contagion(2011)」。

今週もおつかれさんでした。
がんばった。

この週末はすこしゆっくりしたいけど
いろいろやりたいことも、やるべきこともあるから、難しい。
少なくとも、ちゃんと寝たい。






きょうは、道路をはさんで職場のむかいにある広場で、
盆踊り大会がもよおされていた。

おもうのだが、盆踊りの音楽は仕事のBGMには向かないね。

流れててもかまわんのだが、
なんか仕事をすることがアホくさく思えてくる、
ってところがよくないね(=_=)


この盆踊り大会は毎年この時期、18時半からひらかれており

営業さんもわたしたちもそのことをもうよく知っている。

かれこれ10年連続、これを聴きながらの残業という、
一種の苦行を、体験しているメンバーもいる。

せめて残業しなくていいように早く帰ればいいんだけど、
今年はみんな、だめだった。
だれもが営業から帰ってきた時点で18時半をまわっていたし、
内勤スタッフも忙しくて定刻では上がれなかった。

所長が帰ってきたとき
「あー・・、“ズンドコ節”始まっちゃったか・・」
とつぶやきながら入ってきたのが可笑しかった。

地域のおじさまおばさま主催の、なんのしゃれた趣向もない、
よくある盆踊り大会だ
でも毎年聴いてると
いつもおなじようでいて、実はセットリストに1曲か2曲、
去年かかってなかった曲がまじってる、
ってことに気づかされる。
その目新しい1、2曲が加わるかわりに、
もしかしたら去年かかってた他の1、2曲が消えているのかもしれないが、
それはちょっと判断できない。覚えてない。

ただ言えるのは
「相模原音頭」と「大東京音頭」だけは、がんこな油汚れのように
毎年ぜっっったいにかかる、ってことだ。










読売新聞の昨日かおとといの「人生案内」、おもしろかった。
考えさせられた。

相談者は、40前の男性。
いまは働いてるが 将来は大学院で大江健三郎を研究して、
ゆくゆくは作家になりたい、だが妻には反対されている。

というような相談。

回答者は、まえにもこの日記に書いたことがある
ズッコケ精神科医の野村氏。


この人なんかやっぱりヘンていうか・・・
ヘンな人だけど、・・・

でも、いいなあ。


相談者の男性が、おそらくいままでだれにも言ってもらったことがなかったであろうことを
この野村先生はサラッと言ってのけていた。

すなわち
「大学院に行くことと作家になること
両方とも夢なのはわかるが、現実とのすり合わせは必要だ
志望を整理したほうがよい

作家になるのにかならずしも大学院に行く必要はない

ところで文芸で身をたてたいわりには、
あなたの手紙の文章には、文法的誤りや誤字がやや目立つ

それを学び直すために大学院へというのなら、考え方はまちがっていないとおもうが
一度その大学院の先生などに自分が書いたものを読んでもらって
センスがあるかどうか意見をもらうことを
進路を考える手がかりにするのもいいのではないか。」


こんなかんじ。



わかる・・


野村師匠!



人生案内の回答者陣には
たしか眉村卓など、本職の作家さんもいるが
なぜ今回は作家でない人を回答者にしたか、
なんとなく、わかるような気もした。


この相談者の男性がこれからどうするか
ちょっと気になるな。


「書きたいわりには文がややまずい」

これは相当ショックであろうとおもう


でもそこで怖くなってやめてしまうのか?








きょうDVDで
コンテイジョン
(原題:Contagion スティーブン・ソダーバーグ監督、2011年、米)
という映画を観た。

movie.walkerplus.com



おもしろかった。
こんなおもしろい映画が、去年やってたってこと、全くしらなかった。


謎の病気が世界中で大流行。
みんなを救おうと奮闘する専門家たちと
恐慌におちいる世界中の人々の、群像劇。

この手の物語はけっこうある気がするが

なんか、しゃれててよかった。
人を喰ったような、軽めのシーンの羅列に、
むしろ震え上がるような恐怖を感じた。

なにごとも、人間に対応できる難易度やスピードで、
都合よく進むなんてことは、ないんだな。

それとおなじで、
ものすごく頑張ってもなんの成果も出せなかったところへ、
ある時あっけなく、たまたま突破口が見えたりするもんだともおもう。
努力を少しもしなかったとしても、突破口は見えるときもあるもんだ。

でもやったことがムダとか、そういうことじゃない。
そうじゃないのだ。


あまりお涙頂戴の雰囲気じゃなかったのがよかった。

多くの人たちが、我が身と、家族などの守りたい者たちを優先しようとして
他人をおしのけ、醜い行為に走っていた。

医師やWHO関係者、米国の医療委員会のえらい人などもそうだった。

でもことさらそれを「すごく醜くて悪いこと」のようには描いていなかった。

ドラマチックではないけど、
小さく、深く、鋭く、心に刻まれていくかんじがした。


ケイト・ウィンスレット
マリオン・コティヤールがすてきだった。
きれいには撮ってもらってなかった。
役柄上、ふたりともお化粧もあまりしてなかった。

でもよかった。

上着を隣の人に譲ろうとする場面には、さすがにすこし泣いた。


音楽も冷たい印象であまりドラマチックではなく、
映画の雰囲気に合っていてよかった。








じつはきょうコンテイジョンを観る前に
おとといとか昨日、先週も映画を観たが、



書くスピードがおいつかん。


まずい。忘れてしまう。
忘れるほどつまらなかったから、ということじゃなくて
どう 感想を書きたかったかを忘れてしまう


はやくしないと。